九州旅行の始まり
「揺れない地面に感謝したいぜ……」
……乗った飛行機がファーストクラスで良かったと心から思う。結論から言ってしまえば、無事九州は福岡の空港に着くことができた。機内では卜部姉妹、特に日葵がずっと応援してくれていたのだが。
『ガンバレイックン。負けるなイックン。大丈夫だよ。私がついているよ!』
『だ、大丈夫。は、恥ずかしいから、普通でいいから』
『え、声が震えててよく聞こえないよ。怖いんだねイックン。もっかいギュってしたげるよっ!』
『ムギュ……い、息が…』
『あの……ドリンクのメニューです。……仲がよろしいのですね』
否定したいというか、普通にしたいのに怖くてうまく声が出ず、ひたすら日葵に甘やかされ、それをCAさんに見られるという羞恥地獄だった。運よく、この日のファーストクラスに他の人がほとんどいなかったからよかった(というか貸し切りだった)ものの。もし、エコノミーだったらどうなっていたことか……日葵は周囲の反応に疎い所があるんだよな。乗客の離陸や、着地時だけ怖かったが後は比較的普通に過ごせたし、帰りは普通に過ごせるように努力しよう。
「久しぶりの九州でっす。ほらイックン、サッキー、手荷物を取りに行こうよ」
「なんでそんな元気なんだ?」
「お、お姉ちゃん。日焼け止めちゃんと塗った?」
「車で塗るでっす!」
「あらあら、日葵ったら樹君がいるからって、はしゃいじゃって」
「ううむ、樹君がいることは複雑だが、娘達の良い笑顔、カメラの準備をしなくちゃな」
よくわからないままに、ファーストクラス専用の受付で手荷物を渡してもらい、空港から一歩外に出ると、夏の日差しが一気に照り付けてくる。心なしか九州の日差しは強い気がするな。
空の旅で少し疲れたが、ワクワクしてきたぞ。何気に人生初の九州だし。
「イックン。そっちじゃないよ」
「おっと、悪い」
タクシーやバスが集中している場所に行くのかと思ったら、どうやら違うらしい。ちなみに晴彦さんも同じ方向に行こうとしていた。
「前にも話したと思うけど、葉香さん達は何度か来ているけど、僕は初めてだからね」
「タクシーかなんかを使うと思っていました」
「それでもいいけど、お父さんが迎えを寄こしているのよ」
駐車場へは向かわず、一度冷房の効いた建物内へ戻り、迷いのない足取りで別の出口へ向かう。
……明らかに一般ではない場所から外へ出ると一台のハイエースが止まっていた。アロハシャツにオールバックの髪型。にこやかに笑みを浮かべる初老の男性が礼をした。
「お待ちしていました。葉香お嬢様」
「いやねぇ、私はもう二児の母よ。お嬢様って年じゃないわ。久しぶり森重さん」
「こんにちは。シゲさん。お疲れ様でっす」
「お久しぶりです」
「おぉ、日葵様、咲月様、なんと立派になられて。見違えました。もう立派な淑女ですな」
葉香さん、日葵、咲月ちゃんと挨拶をする。見知った相手のようだ。
俺も挨拶しとくか。
「こんにちは。日葵、紹介してくれるか?」
「うん。この人は、お爺ちゃんの秘書をしている森重さんだよ」
「ハハハ、秘書は今年でもう引退いたしました。今は運転手をさせていただいております。貴方が日下部 樹様ですね。晴彦様もお久しぶりです初めまして、龍造寺会長より皆様の送迎を仰せつかりました。森重 徳三と申します」
「日下部 樹です。よろしくお願います」
「…………」
横を見ると、晴彦さんがダラダラと冷や汗を掻いて無言である。どうしたんだ?
「積る話もありますが、冷房の効いた車内の方が楽でしょう。どうぞお乗りください」
言葉こそ固いがアロハシャツだし、とても柔和で、親しみやすい印象を受ける人だ。ハイエースってのも緊張せずにすむ。
これがリムジンとかだったら、萎縮しちゃってたぞ。
中に乗ると、それなりに改造されているようでシートはふかふかだし、冷蔵庫とかも置かれていて快適空間となっていた。乗り込むと、静かに車が動きだす。
「森重さん。まずは荷物を降ろしたいから、別邸に向かってちょうだい」
「はい、そのつもりでした。会長はお仕事が忙しいようで今日は会うことは難しいようです。後任の秘書達が抜け出そうとする会長を抑えるのに苦労しておりましたな」
「お爺ちゃんは相変わらずだなー」
「会えるのが楽しみだね。お姉ちゃん」
カラカラと笑いある姉妹。そして森重さんが現れてからまったく元気のない晴彦さん。
小声で尋ねてみる。
「どうしたんですか? なんか様子が変ですけど?」
「葉香さんと駆け落ちする時に、色々あったんだよ。ああ見えて、あの人怒ると怖いからね。仕事も腕っぷしも超一流なんだよ。樹君も気を付けた方がいいぞ」
「人のよさそうな方ですけどね」
映画とかでよくあるけど、執事兼ボディーガード見たいな感じなのだろうか?
というか、晴彦さん。過去に駆け落ちをしたって言っていたけど、それ以外にも色々ありそうだな。
「今日は観光できるよ。私が案内をするからよろしくねイックン」
どのような話の流れがあったのか知らないが、こちらに振り向いて日葵が笑顔で宣言した。
「あぁ、頼む。楽しみだ」
何はともあれ、こうして俺達の九州旅行が始まったのだった。
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