天然姉妹に飛行機が怖いとバレたなら
夏休みが始まって二週間目の日差しの強い夏の日、大き目のリュックを担いでバス停で降りる。
バスで1時間半ほど揺られてようやく空港に到着した。途方もない重さの鉄の塊が空を飛ぶという恐ろしい場所である。日葵の祖父が開催するというパーティーに参加する為にここに来たというわけだ。
……卜部一家との待ち合わせまでまだ一時間ほどもある。別に、理由があって早く来たというわけでは無い……別に、ちょっと、覚悟の時間が必要とかそんなんじゃない。
「ありがとねぇ」
「暇だったんで、大丈夫っす」
バスで乗り合わせたおばあちゃんの重量オーバーの荷物を運んだ後は、適当に空港をブラブラする。
初めて来たけど、売店とか結構変な物が売っているので面白い。日葵がいたらきっと、喜ぶだろうな。
「これなんか、日葵が好きそうだな」
バナナと猫が合体したキメラの人形を手に取ってみる。いったいこれ何のキャラクターなんだ。
「ほほー。流石イックン。わかってるねっ」
「うおっ!」
聞きなれた声に思わず飛び跳ねる。振り開けると、笑顔満開の日葵が立っていた。
「待ち合わせまで、まだ大分あるだろ!? ってかなんだその恰好」
ノースリーブのシャツにスカートなのは、夏らしくて良いのだが、すでに浮き輪を装備しており。
なんならシュノーケルを頭に付けている。恥ずかしいのでやめてください。
「待ちきれなくて早く来たんだよ。そして恰好は気分だよっ。今年は一杯泳ぐつもりでっす」
「今から、浮き輪を膨らませてどうするんだ。持ち込めないし、しまうの大変だろ」
「この浮き輪は、NA〇Aが開発した最新の浮き輪で、一瞬で膨らむし、縮むんだよっ! とっても丈夫で、全然破れないスーパーな浮き輪でっす」
いそいそと脱いだ浮き輪はみるみるうちに縮んでポケットに収まるサイズになった。何そのハイテクな装備。
「こんにちは樹さん。早いのですね」
「こんにちは咲月ちゃん。……ちょっと、空港を見て回ろうと思ってね」
咲月ちゃんはデニムのショートパンツと落ち着いた水色のブラウスにカーディガンを羽織っていた。
彼女の雰囲気にマッチしており、いかにもお嬢様という感じだ。日葵も見習ってほしいもんだ。せめてシュノーケルを装備するのは止めさせよう。
「えー。それなら一緒に回ればいいじゃん。水臭いぞイックン。私はよくここを利用するからバッチリ案内できるよ。おすすめは展望デッキかな? おっきな飛行機がいっぱい見れるのでワクワクするよ」
「……ま、まぁそこよりも、空港の中を見たいかな。そういえば晴彦さんと葉香さんは?」
「お父さんとお母さんなら、空港のエラい人とお話しているよ」
「えと、お爺ちゃんがすでに色々手配しているようで……」
困ったように笑みを浮かべて咲月ちゃんが、手のひらで示した先には、魂の抜けた顔の晴彦さんと穏やかにほほ笑む葉香さんの姿があった。
ほどなくして、二人がやって来る。
「こんにちはイックン。飛行機の準備はできているらしいわ。お父さんが勝手に手配したみたい。一応ファーストクラスよ。ほら晴彦さんしっかりして」
「……ハハハ、コンニチハ。樹君、予定より大分早いじゃないか? ずいぶん余裕だね」
負のオーラが凄い。カットソーにパンツといった格好の葉香さんに対し、短パンにシャツといった格好の晴彦さんは口から魂でも出ているんじゃないかという具合だった。
「なんで、晴彦さんはそんなダメージを受けているんですか?」
「いやね。昨日、昇進して、急に役職持ちになったのさ」
「めでたいじゃないですか」
「そうだね。ちなみに僕は知らなかったけど、どうやらうちの会社が買われたようでね。買った相手は九州のエネルギー関係の企業なんだってさ!」
「……まさかそれって……」
「絶対にお義父さんの仕業なんだぁああああああ。今朝、社長から『昇給祝いで当分休んでも問題ない』って謎のメールが来たんだよ」
「晴彦さんが、仕事の都合で予定よりも早く帰ることになるかもしれないとか、適当な逃げ道を作るからよ。お父さん、日葵と咲月を一日でも長く九州に引き留めるためなら、それくらいしちゃうんだから」
うわぁ……。えっ、マジ? 孫を引き止めたいが為に、会社買ったの?
底知れぬ日葵の祖父に呆然としていると、晴彦さんに肩を叩かれる。
「今回はガチなようだ。お互い頑張ろうじゃないか、主に君が生贄になってくれ」
「やだなぁ、僕は九州を観光するだけなんで。日葵のお爺ちゃんの相手は晴彦さんがバッチリこなしてくれますよね」
「そんなわけないだろう。何のために君を連れて行くと思っているんだ?」
「あぁ”?」
「おぉん”?」
手四つに組んで、今後の責任を押し付け合っていたが、埒が明かないので一旦離れる。
「じゃあ、とりあえず。準備をして飛行機へ行きましょうか」
「やったー。イックン、窓際は私だよ」
「……」
だらだらと冷や汗がでる。青くなった俺の顔を見て日葵が寄ってきた。
「あれ、イックン?」
「樹さん?」
「ははあ、樹君。その顔どうやら君、飛行機が怖いんだな! ワハハハハハ、高校生にもなって情けないぞっ!」
「アナタも離陸時はいつも私に抱き着くじゃない……」
「それは言わない約束だよ葉香さん」
「……あんな重たい物体が空を飛ぶことに疑問を持っているだけです」
くっそ、大人げない晴彦さんのせいで、飛行機が怖いなんてことが日葵にバレてしまった。
せっかく、早めに来て覚悟を固めようとしたのに……おそるおそる日葵を見ると、プルプルと震えている。いい年して飛行機が怖いというのは絶好のネタだ。まぁ、多少からかわれるくらいはいいか。
諦めて開き直っていると、日葵はガバっと顔を上げて僕の手をとって、抱きしめてくる。沈み込む柔らかさに一瞬思考がフリーズする。
「大丈夫だよイックン。私がついているから怖くなんかないよっ! そうだ、お母さんがお父さんにしているみたいにずっと抱きしめてあげるよ」
「そうですよ樹さん。手をつないで乗り場まで行きましょうか? あっ、アイマスクとかイヤホンも買ってきます!」
「お水もだよ。飴とか舐めて怖いのを誤魔化すのもいいよ。ほら、イックン。いいこ、いいこしてあげるよ」
「……へっ? いや待って、大丈夫だから、ちょっと怖かっただけだからっ!」
天然姉妹のよくわからんスイッチが入ってしまったようです。からかわれた方がましだったんじゃないか!?
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