天然少女とアイスの味
ナンパ男達と咲月ちゃんの間に入る所まではよかったのだが、意外と彼らはしつこかった。
結果として、咲月ちゃんと二人でその場を離れることでナンパ男は諦めたようだが、日葵のことが心配だ。申し訳なさそうに咲月ちゃんが頭を下げる。
「すみません。樹さん、私のせいで……」
「いや、警戒してなかった俺が悪い。悪いけど、日葵に連絡して集合場所を変更するように伝えてくれるか?」
「わかりました」
ここは、一階のフードコートから少し離れた自動販売機のコーナーだ。フードコートに戻ってさっきの奴らと鉢合わせるのはごめんだ。ため息をついてベンチに腰を下ろす。
「あっ、お姉ちゃん? うん、実は――」
咲月ちゃんの様子を見るに、日葵とは無事に連絡がとれたようだ。咲月ちゃんのようになってないか不安だったが、日葵は小さいし、俺にとっては魅力的だけど、咲月ちゃんの様にわかりやすく美人ってわけでもない……と思う。心配しすぎたようだ。
今日の日葵が可愛すぎて冷静ではなかったようだ。彼氏としてのひいき目だったりするのだろうか? ちょっと恥ずかしくなって頬を掻いていると、通話が終わったのか咲月ちゃんもベンチに座る。
「アイスを買ったらこちらへ来るそうです」
「わかった。ジュースでも買って待っていよう」
「はい、でも……羊羹は残念でした」
「駅前にも和菓子やあったし、帰りに日葵とより道すればいいさ」
「あっ、そうですね」
※※※※※
時間は咲月の電話から少しだけ遡る。しばらく硬直していた錬だったが、なんとか再起動し、ぎこちなく日葵の傍に移動した、ちなみに視線は直視できないのか斜め上を向いている。
「き、奇遇だな。終業式以来か?」
「そうだね。あっ、横入りはダメでっす。アイスが欲しいなら後ろだよ」
「別に買わねぇよ。なんだこの匂い? ほんとにアイスなのか? せっかく会ったんだしちょっと話をしたいだけだ。というか、その、今日はどうしたんだ?」
「どうしたって?」
錬を見る日葵。薄い化粧は、普段子供っぽい彼女を少しだけ大人にしている。
それでいて、仕草はいつもの元気いっぱいの天然少女で、そのギャップに赤井はますます頬を染めた。
「いや、メイクしてるじゃん。あっ、普段はそんな感じなのか?」
「今日は特別なんだよっ。さっき水着を買った時にお化粧してもらったの」
「ゲフッ……ゴホッ、み、水着か」
「なんで咽たの?……今日の赤井君。なんか変でっす。お腹痛いの?」
「いや、急に水着なんて言うから……列、進んでるぞ」
「わわ、ほんとでっす。エヘヘ、やっと順番だよ」
ちなみに、日葵はアイスに夢中かつ無自覚であり、錬は日葵しか見えていない為気づいていないが、周囲の人間の注意は二人に向いており、一見すると子供だがよく見ると美少女で出るところも出ている日葵と、明らかに一般人とは違うオーラを出している錬に周囲からはちょっと距離が置かれているようだ。
「えっ、あの二人ちょっとやばいぞ」「イベントなんかで来たモデルとか?」「あの小さい子、よく見るとすごく可愛くない? 誰だろ?」「あの男の子、もしかして赤い王子様?」「えっ、ガチじゃん」
などと、噂をされている。中には高校生もおり、錬のことを知っている者もいるようだ。
そんな周囲の喧噪などよりも、アイスに心を奪われている日葵が目をキラキラさせながらレジ前に立つと店員が申し訳なさそうに告げる。
「すみません。『虹色アイス、謎の味フレーバー』は、通常サイズのカップで残り二つとなっております」
「……ガーン。あっ、いいこと考えた。二つください」
「二つだとっ!? 卜部、お前もしかして誰かと来てたりするのか?」
アイスを二つ買った日葵に錬が尋ねるが、そのタイミングで日葵のスマフォが鳴った。
「わわ、サッキーからだ。どしたんだろ? はい、私だよ」
器用に肩でスマフォを挟みながら、アイスの乗ったトレーを受け取る。
一方、その電話の相手がもう一つのアイスの相手だと察する錬は気が気でない、その電話の先に自分の恋敵がいるかもしれないのだ。九州での催しのことで頭から押し出していたが、日葵には特別な相手がいるかもしれないのだ。かといって通話を盗み聞きすることもできない。悶々としていると、日葵がこっちを向いた。その表情はアニメでいう所のグルグル目であり、見るからに混乱している様子。
「どうした卜部、何かあったのか?」
「サッキーが、妹が、怖い目にあったらしいのでっす! 急いで行かなきゃ、じゃあね、赤井君」
『妹』という単語に安堵する錬だったが、日葵はそう言って、危なっかしく走っていく。追おうとするがレジから離れた瞬間に女性が間に入ってしまう。
「あの、赤井 錬様ですよね。この前のバスケの試合見ましたっ!」「えっ、アイドルじゃないの?」「顔ちっちゃ、筋肉すごっ」「この後時間あります?」
「ぐっ、悪いけど、用事があるんだ。って卜部のやつどこ行った?」
小柄な日葵は一度見失うと、中々見つけることができない。しかも周囲には苦手とする女性達が迫ってきてる。錬は歯噛みしながら、その場所を後にするしかなかった。
※※※※※
咲月ちゃんが電話してしばらくすると、すごい勢いで日葵がやってきた。
「サッキー、大丈夫だった? お姉ちゃんが来たからにはもう安心でっす。悪い人は成敗するよっ!」
トレーを持ちながら咲月ちゃんに突撃する日葵を受け止める。とりあえずトレーを置かないと、アイスを落とすぞ。
「大丈夫だよお姉ちゃん。ちょっと怖かったけど、樹さんが助けてくれたから」
「わーん。イッグン” ありがどー」
半泣きで抱き着いてくる日葵の頭をポンポンと撫でる。
咲月ちゃんと二人でしばらくあやすことで、どうにか落ち着いてくれたようだ。咲月ちゃんのこととなると暴走してしまうんだな。まぁ、咲月ちゃんも日葵のことで暴走する節があるし、仲が良いのはいいことだ。
「ほら、お姉ちゃん。鼻かんで」
「チーン……何事も無くてよかったよ。そうだ、アイス食べようよ」
少し解けたアイスを日葵が差し出してくる。カップは二つだけだが?
「売り切れで虹色アイスは二つだけだったんだよ。なので、イックンわけっこしよっ」
「悪いよお姉ちゃん。樹さん、私のアイスあげます」
「チッチッチ、おこちゃまだなサッキーは。大人な恋人は『しぇあ』をするから問題ないのでっす」
「さっきまで鼻水出していた人が言うセリフじゃないな」
「むー。イックンのいじわる。ほら、あーん」
反射的に差し出されたアイスを口に入れる。
こ、これは!?
「芋?」
「芋ですね。黄色はサツマイモです。白色は……山芋?」
咲月ちゃんも首を捻る。ほのかな甘みが上品と言えなくも無いが、このカラフルな色彩から芋とは、意表を突かれた。
「面白い、私も食べたいでっす。次はイックンの番だよ」
スプーンを差し出されて、日葵があーんと口を開ける。水着といい恥ずかしくないのか?
まぁ、ここは人通りもわりと少ないし、食べさせ合いをしている人も一定数見かけているし……などと自分を納得させて、日葵にアイスを食べさせる。……なんかドキドキするな。いけないことをしているみたいだ。
「もぐもぐ、これは!? コンニャクだよっ。すごーい」
「今日の味は外れみたいだな」
芋統一七色アイスとかどこに需要があるんだ……。
「そんなことないよっ。サッキーがいて、イックンとわけっこするアイスはサイコーでっす」
「味、関係ないじゃん。でも……そうだな、日葵の言う通りだ」
満面の笑みの日葵を見ると、このアイスも旨い気がしてくるから不思議だ。
「フフ、そうだね皆で食べるアイスは美味しいです。そうだお姉ちゃん、帰りには和菓子を見ましょう。家でお茶を入れます」
「賛成っ。イックンは今日ご飯食べて帰るでしょ?」
「そのつもりだった。宿題も終わったし、やっと遊べるな」
「じゃあ、ゲームしようよ。レースのやつ」
なんて、他愛のない会話しながら帰路に着くのだった。
ブックマークと評価ありがとうございます。
感想も嬉しいです。




