赤い王子と夏の予定
樹と日葵が、夏休みの課題を処理をしている頃。
学園が誇る二大王子は文字通り忙殺されている様子であった。学生室ではバスケ部のユニフォームを着た錬と、スーツを着た玲次がパソコンに向かっている。
「だぁあああ。忙しいっ!」
「黙れ。気が散る。手を動かせ、僕は午後は家に戻るからな」
「俺だって午後は部活だよ。ふざけんなっての」
赤井家に青柳家、将来的に経営者になる二人にとっては高校二年の夏は他の学生とは違う。
玲次はこの夏、経営の経験を学ぶため青柳グループ傘下の、中小企業の運営を一部任されている。その為、他の用事と合わせて余裕のない生活を送っていた。
錬は玲次ほど過密スケジュールというわけではないが、将来の為のコネクション作りに、赤井家と関わりのある催しにはことあるごとに参加を余儀なくされており、さらに追加でバスケの部活がある。自分が好きでしていることだけに、無理をしてでもスケジュールを開ける必要があり彼もまた余裕の無い生活であった。
学生会としては夏休み中の他学校との交流会等のイベントもある。流石にこの行事はほぼ、学校側が手配することになっているが、玲次や錬と個人的に関わりのある相手へはメールのやり取りは代表として彼らが行うことになる。その為に、スケジュールの一瞬の間をついて二人は学生会室へ訪れたのだ。同じタイミングに二人が学生会室に揃ったのはまったくの偶然である。
二人共、忙しさで目の前のことで精一杯だった。心のどこかでは日葵のことが気になっているが、学生会という接点が無くなった今、関わりを作るには時間が無さ過ぎた。
「……僕の方は終わった。帰るぞ」
「へいへい、俺はもうちょいかかるな」
「この忙しい時期に部活動なんてするからそうなる」
「バーカ、今しかできねぇからやるんだよ。それに俺は割と自由に動けるしな。お前こそ、見てて痛々しいんだよ」
目線はパソコンに向いたままで錬はスーツ姿の玲次の背中に言葉を投げる。それはどこか彼を案じるような響きがあった。
「……減らず口を叩く暇があれば、さっさとメールの返信を終わらせるんだな」
部屋を出る玲次にため息をついて、錬はスマフォを取り出す。アプリで整理されているスケジュールにはバスケ部の試合と、その日の晩に開かれるパーティーが書かれていた。添付されている資料には関わりを持った方がよい人物が主に女性メインで乗っている。赤井家としては彼の将来の為にしていることだろうが、女性恐怖症である錬にとって、この手のイベントはストレスでしかない。
女性からの評判が抜群に良い錬は、この手のイベントでは引っ張りだこであり、赤井家としても都合が良いと催しに集まる人物を調べてリストまで錬に渡す徹底ぶりだった。
「高校生におばさんの接待なんかさせんなっての。あー、しんどいぜ。たまには女のことなんて忘れて遊びたい……樹を誘ってもなんか忙しいらしいし、玲次はあんな調子だし……卜部は何してんだろうなぁ。彼氏とデートとか…してんのかなぁ」
日葵が座っていた席を見る。騒がしい彼女がいない学生会室は、エアコンの音が大きく感じるほどに静かで、無性にあの笑顔が見たくなった。
「まっ、今日は部活だなっ。夏の試合が落ち着きゃ、合う時間も作れるしな」
数時間後。部活動が終わり、女子のファンを適当にあしらいながら送迎の車に乗った錬は運転手より渡された資料を読んでいた。
そこには、ある大企業が九州で開催するパーティーに必ず参加するようにと父親からのメッセージが添えられている。
「またかよ。しかも、泊りがけっ!? 信じらんねぇ。今から予定開けろってか? 親父も無理言うぜ。いったいどこが主催だよ」
うんざりした表情で、資料をめくるがそこに書かれていた『龍造寺』の名前が目に留まる。
「龍造寺……確か卜部の……おいおい、まさかっ!」
パーティーについて赤井家が調べた資料をめくっていくと、参加者のリストにたどり着く。
名前を探すと、そこには『卜部 日葵』の名前が書かれていた。
都合の良いことに、関係を作っておくべき女性の名前一覧にも日葵の名前がある。
「『龍造寺家の御大の孫娘、関係性を築くために優先して親交を深める必要あり』ってか。今回ばかりは感謝するぜ。つーか、これって運命だよな。おっと、部長に連絡しとくか」
浮きたつ心を抑えながら、バスケ部の部長に休みの連絡をする錬の頭の中には、九州で日葵と運命的な出会いをする場面が思い浮かんでいた。そこに、日葵の彼氏の存在はまったく考えられておらず、降って湧いた幸運にただ感謝するばかりであった。
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