問:天然少女とクールシスター 答え:『 』
「私の部屋はお二階なんだよっ」
咲月ちゃんからの、過剰なもてなしを得た後に日葵の部屋で宿題をすることになった。
……いや、一階のリビングでしてもよかったんだが。葉香さんが、これから料理をするから集中できなくなると、日葵が言ったのだ。日葵の部屋に入るのは初めてだ。当然今日は晴彦さんは不在である。
「どうぞっイックン」
我が家とは比べ物にならないほどに広い二階部分の一室。ドアに『ヒヨちゃんの部屋』と札がかけられている。日葵が部屋を開ける。
広い部屋だった。12畳以上はあるだろう。黄色を基調としたインテリアでまとめてあり、ベッドにはぬいぐるみが置かれている。オーディオスピーカー付きの大きなテレビと、本棚と一体になったテレビ台があり。三人が物を広げても余裕のある机が部屋の中心に置かれていた。さらにデスクとノートパソコンまであるや。
「……」
「どしたのイックン。あっ、どこか汚れとかあった?」
「いや、いい部屋だな」
財力の差を感じてしまった。現実離れしたってほどではないが、一高校生の部屋としては破格だろう。
赤井や青柳なんかはもっとデカい部屋に住んでいるのだろうか。
自分との差を感じるが、不思議と圧迫感を感じないのは日葵っぽいというか、過ごしやすい雰囲気があるからだろうか。日葵の匂いがするっていったら変態扱いされてしまうのだろうか? でもなんか甘い匂いがする。
「そう、エヘヘ。ありがとイックン。一応お掃除をしたのでっす。ささ、こっち座ってよ。サッキーもこっちおいで」
「うん、あっ、お茶持ってきますね」
「手伝おうか?」
「いえ、すぐそこなので大丈夫です」
どうやら、二階にも冷蔵庫があるらしい。
というわけで、咲月ちゃんに麦茶を準備してもらい。日葵の部屋で宿題が始まった。
「イックンは宿題をするときにこだわりとかあるの?」
「いや、特にないぞ」
「それなら、私が作ったこれをどうぞでっす」
手書きで、マーカーとかシールで装飾された『ヒヨちゃん先生の宿題進行表』を渡された。
「これ通りに進めたら、一週間で宿題が終わるよ」
「いつ作ったんだ?」
「昨日の夜に作ったんだよ。一緒に宿題するのが楽しみだったの。よっし、今日は数学のワークからやって、疲れたら漢字の書き取りを始めるよ」
「別にいいけど、なんで数学からなんだ?」
「最初は頭を使う教科から初めて、次にあんまり考えなくても済む暗記物をすると、効率的なんだよ。もちろん課題のテストに対応できるように、宿題をしながら自分でまとめもする。宿題は一週間で終わるけど、お勉強は夏休み中も何度かするでしょ?」
「……えっ、早く終わったらあとは全部遊べばいいんじゃないのか?」
「アハハ、イックンそんなわけないじゃん。課題をもとに勉強をすすめるんだよ。ねぇサッキー?」
「えっ、うん。そうだね、それが効率いいと思う」
「帰っていいか?」
「ダメっ」
なんだろう。彼女ができて初めての夏休みなのに、人生で一番勉強できそう。
彼女がナチュラルに真面目で心が折れそうです。
「今年は一杯遊ぶつもりだから、効率的にしないとね。よっし、七難八苦だよ」
その宣言を合図に、宿題が始まった。
カリカリ、カリカリ、オーディオから落ち着く音楽を流しながら、課題を進めていく。
というか、自分で恐ろしい速度ではかどるな。なんせ、学年ぶっちぎり一位の日葵にわからんところ聞けるわけだし、一応俺も20位ほどには入っているので、そんなにわからないってわけでもなし。
ワークの1/3ほどが終わった辺りで、ストレッチをすると、日葵が進み具合を見て頷いた。
「イックンも結構すすんだね。これなら、今日中には数学のワークを終われそうだね」
「まぁな、自分でもびっくりするほど集中できたからな
そんな話をする俺達の横で咲月ちゃんがため息をつく。
「二人共流石ですね。私は、ちょっとわからない所があって……」
「ほほう、どれどれ、お姉ちゃんが教えてあげるよ」
日葵が咲月ちゃんの横に座ろうとすると、ドアが開き葉香さんが覗き込んできた。
「お勉強中ごめんね~。調味料が切れてて、少し手が離せないからお使いを頼めないかしら」
「はーい。私が行きまっす」
「じゃあ、一緒に行くか」
切りもいいしな。ちょっと体を動かしたいところだ。しかし、日葵は首を横に振る。
「ううん、私だけでいいよ。イックンは自分のワークをしつつ、サッキーの宿題も見て欲しいな」
「うん? 別にいいけど、日葵は大丈夫なのか?」
「私はワーク全部終わったから大丈夫なのでっす。エッヘン」
「マジかよ」
単純に俺の三倍の速度で解いたのか……大分先のページをしているとは思ったが、終わっているとは。
「わかった。気をつけろよ」
「はーい。サッキー、わからない所はイックンに教えてもらってね」
「わかりました。お願いしますね樹さん」
「お手柔らかにね」
これで、わからなかったら恥ずかしいな。
日葵がお使いに出かけ、葉香さんが一階に戻ったので咲月ちゃんと課題を再開した。
30分ほど問題を解いていると、咲月ちゃんが話しかけてきた。
「あの、樹さん。よろしいでしょうか?」
「あぁ、うん。大丈夫」
「小テストの採点をしていただけませんか? 自分でやると甘く採点しそうですから」
「そういうのは甘く採点することを前提に作られてるんだよ。ま、咲月ちゃんが言うならやるけどさ」
「お願いします。来年は二人の高校を受験しようと思っているので、先輩として指導してください」
「咲月ちゃんが後輩か……色々話題になりそうだ」
一年にめっちゃ美人の子がいるとか、噂になるだろうな。答えも用意されているみたいので、サラサラと採点するが……。
「お願いされた所悪いんだけど……」
「何か、間違いがありましたか? すぐに復習します」
「その逆、ほぼ満点だ。というかこれ、課題というか受験対策用の問題か」
咲月ちゃんが解いていたのは、テスト形式の問題集だった。
「ほぼですか……どこが間違いでしょう」
「問2だけど。これって、解かせる気ないっていうか、捨て問題だと思うぞ」
この手のテストには頭抜けて難しい問題がある。試験としては、解けないことを察して次に切り替えるのが正しい。
「お姉ちゃんなら、解くと思いますから。教えてください」
少しだけ、語気を強めて咲月ちゃんは俺を見た。それを見て少し心配になる。
「俺もちょっと、解答みながらじゃないとわからないな。日葵は色々特殊だから、比較対象にしない方がいいぞ」
日葵の一面ばかり見ていると、長谷川のように自分を見失ってしまう人もいる。かつての俺も似たようなもんだったし。
「……樹さんはすごいですよね」
「唐突になんだ?」
俯いて咲月ちゃんはそう言った。その手はスカートを握っている。
「私にとって、お姉ちゃんはいつも凄い人で、なんでもできて。ほんとにヒーローみたいで、物心ついた頃には私の憧れでした」
問題集を閉じて座り直して咲月ちゃんに向き直る。一階の縁側に付けられていた風鈴の音がかすかに聞こえる。
「うん。わかるよ」
「お姉ちゃんは心配事なんてなくて、苦しいことなんてなくて、いつも笑顔で、可愛くて……私はいつもお姉ちゃんに助けられて、支えてもらっています。お姉ちゃんを助けることなんてないって思っていました。でも、そうじゃなかった。去年お姉ちゃんが辛いときに、助けが必要だった時に、私はびっくりして、何もできなくて、そうしたら樹さんがお姉ちゃんを助けてくれて。私、その時に思ったんです。私も、お姉ちゃんを助けれるような人になりたいって、だから、樹さん……」
顔を上げた咲月ちゃんはどこまで真っすぐで、本人は気づいていないんだろうけど日葵のようだ。この姉妹は本当に眩しい。
「私、もっと頑張りたいんです。こんな不出来な私でもお姉ちゃんの助けになりたいんです。貴方のようになりたいんです」
「わかった。頑張れ、君ならできる」
あんまり、まっすぐに言うものだから、つい応援してしまった。
「はい。ありがとうございますっ!」
その笑みは柔らかくて、やっぱり誰かに似ている。あと、問題集にはなかった間違いを一つ訂正しておこう。
「じゃあ、一つ、間違いを正さなくちゃな」
「あっ、はい。どのページですか?」
咲月ちゃんが、閉じた問題集を開く。
「そこには答えは無いよ。そろそろ、帰って来るころかな?」
俺の言葉の意味が分からず首を傾げる咲月ちゃん。そして、どたどたと足音が響いた。
「ただいまー。お使いの内容からお昼ご飯を推理したヒヨちゃんでっす」
「おかえり」
「おかえりなさい。お姉ちゃん」
帰っていた日葵は机の上を見る。
「二人共休憩中なの? アイス買ってきたから食べようよ」
ニヤリと笑みを浮かべて、咲月ちゃんを見た後に日葵を見る。
「……あぁ、休憩中なんだ。咲月ちゃんと話をしていてな」
「あっ、樹さん。今の話は内密にっ」
ワタワタと咲月ちゃんが手を動かして、俺を止めようとする。その様子をみた日葵も詰め寄って来る。
「ムムム、何話していたの? 気になりまっす」
「あぁ、咲月ちゃんから『普段どれだけ日葵を助けているか』の話を聞いていたんだ」
姉妹が、顔を見合わせる。
「樹さん。私がお姉ちゃんを助けていることなんて何も――」
その言葉が言い終わる前に、日葵がグルグル目で咲月ちゃんにしがみついた。
「ふぇえええええ。さ、サッキー何を言ったの? だ、ダメだよ。シークレットだよ。高い所の物をとってもらっていること? 夜怖いときに一緒に寝てもらっていること? 昔、苦いお野菜をこっそり食べてもらったこと? いつも助けてもらっているから、たくさんありすぎてわっかんないよっ! ま、まさかあんなことや、こんなことまでイックンに喋っちゃったの……」
「え、えと、あの」
灯台下暗しとでも言えばいいのか、日葵が咲月ちゃんのことを話す様子を見ていればすぐにわかることなのに、まさか本人が気づいていないとは。日葵の為にすることが生活の一部になっているんだろうな。
「日葵は、助けてもらっていることが多すぎて困っているらしいぞ。俺なんかよりも、咲月ちゃんの方がよっぽど支えになってるさ。うっし、アイス休憩に行こうぜ」
「うぁわああああん。サッキー、何を話したか教えてよっ」
混乱している日葵を咲月ちゃんが抱きしめる。
「……お姉ちゃん、私、もっと頑張るね」
「な、なにを、どれのことか教えてよ~!」
問いすら起きないほどに、明瞭な答えがあるわけで。
答え:『卜部家の姉妹はとても仲が良いのである。』
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