二人の王子と爆弾投下
「フンフ~フ~ン」
上機嫌に鼻歌を流しながら、日葵はパソコンを叩き先日の会議で書記が纏めてくれた内容を議事録として整えていた。ちなみに、書類作業中は日葵は眼鏡をかけている。
その様子を見るのは、本日の終業式での堂々とした様子はどこへやら、そわそわと落ち着きのない錬と、コーヒーを入れている玲次だった。
「どうした卜部、戻ってから嬉しそうじゃないか」
怪訝な表情で玲次が問いかけると、日葵はしまりのない笑みを浮かべる。
「うん。いいことがあったのでっす! エヘヘ、ささっとお仕事を片付けるよ。今日のヒヨちゃんは三割増しのマシマシでっす」
「……えと、俺はなんかすることあるか?」
遠慮がちに錬が尋ねるが、日葵は首を振る。
「ないよっ! 赤井君は、今日の終業式お疲れ様でっした。お片づけは終わったし、他には書類を仕上げて、次回の会議に向けて様式を整理するだけだからね」
ニヤニヤと締まりのない顔をしているが、日葵の手は高速で動いており本当に三割増しで作業を進めている様子だった。
「用事が欲しいなら、休憩室の掃除をしてこい。あそこは用務員も入らないようになっているからな」
「お前に言ってねぇよ。そっちこそ、さっきからコーヒー飲んでるだけじゃねぇか」
「僕は学生会の報告書をすでに提出している。お前と違ってやることをやっているんだよ」
「俺も、報告書ならだしているっつうの。卜部はそれを含めてやることがないって言ってんだよ。玲次は昨日体調悪そうだったし、もう帰っていいぞ」
「断る。むしろ昨日は迷惑をかけたな、ここは僕に任せて帰っていいぞ」
「誰が帰るかよ」
二人が額を合わせるように言い争いをしていると、パソコンに向かっていた日葵が眼鏡を外して万歳をした。
「終わったでっす! これで学生会のお手伝いは終わりだね」
手を組んで伸びをするとタユンと胸が揺れる。そのまま、日葵は椅子から勢いをつけて立ち上がった。
「短い時間だったけど、楽しかったよ。二人共ありがとうございましたっ」
ペコリと礼をするとポニーテールが揺れる。錬も玲次もこの少女に対する感情は、数日で大きく変わっていた。特に錬は形式上の別れの言葉を聞くだけでも、鈍く心が痛む。玲次もどこか、大事な何かが手の内から出て行ってしまうような奇妙な焦りを感じていた。
「ちょ、ちょっと待て。ほら、朝話したろ? 大事な話があるんだよ」
「僕からもだ。悪い話じゃない」
「えと、何でっすか? 私、この後用事があるのです」
首を傾げる日葵を見て、二人の王子は顔を見合わせる。
「ああもう、まどろっこしいのは得意じゃねぇ。つまりさ、正式に学生会に入らないか。俺の補佐になって欲しい。気に入ったんだよ、お前のこと。夏休みも学生会があるし、手伝ってくれ」
「待て、僕からも提案だ。文化部の補佐になれ、内申点も大きくプラスになるし、次のイベントは文化祭だ。君の力が必要になるだろう。文化祭に向けて夏休みもたまに学生会に来てもらえないか?」
二人が手を伸ばす。日葵は差し出された手を見て、一拍間を置いて、深く頭を下げた。
「ゴメンなさいっ。夏休みは、やることいっぱいあるんです」
これが、普通の委員会なら当たり前の反応だろう。せっかくの夏休みにどうして学生会などをしなければならないのか。しかし、女子ならば誰もが喜んで首を縦に振るであろう二人からの誘いである。実際、二人は自分達が断られることを想定していなかった。例え、卜部にその気が無くとも、手伝いくらいはしてくれるだろうと、どこか高を括っていた。
「うっ、まぁ、怠いのはわかる。でも、あれだ、他県とかに学校の金でいけるぞ」
「個人的に金銭を支払ってもいい。もちろん、迷惑はかけない。そうだ、別荘などに連れて行ってもいいぞ」
女子に誘いを断れるという経験をしたことがない二人である。引き留め方は下手くそで、年相応の少年のようだ。その様子を見て、日葵は申し訳なさそうにするばかり。
この場では説得のしようが無いと悟った二人は、とっさに作戦を変えた。
「ま、それなら。しょうがねぇか。でも、この後の慰労会には参加するだろ。俺らの家から金だしてさ、駅前のホテルのフロアを貸し切ってんだ。遠くからも料理人を呼んでんだぜ」
「あぁ、味は保証しよう。うちでも何度も利用しているところに頼んでいる。明日から休みだしゆっくり楽しめばいい。土産もある、ブランド品を用意した。今回の功労者である卜部には特別なお礼もしたい」
高級な料理とブランド品のお礼、自身の魅力が通用しなければ、次に二人が頼ったのは財力だった。
しかし、それでも少女は首を横に振る。
「ごめんなさい。今日は大事な用事があるのでっす」
「どんな用事があるなら、僕の誘いを断るというんだ?」
たまらずイライラとした調子で玲次が問いかける。すると、少女はニパッと笑った。
「ゲーセンに行く約束をしたのっ」
「「は?……」」
二人は唖然とする。自分たちの手を取らず、高級料理や土産を振り切っていくのがゲームセンターだという。しかも満面の笑みだ。
「バスケのゲームとか、レースゲームとかするのでっす。あっ、もう時間だから行くね。夏休みはお手伝いは難しいけど、また何かあったら連絡してね」
両手をブンブンと振って、少女は走りだす。
「待てよ。ゲーセンなんか、いつでも行けるだろ!?」
錬が引き止めるが、日葵は扉を開けて、幸せを抑えられないといった様子で振り返った。
「これから、デートなのでっす!」
バタンと閉められる扉。最後に見せた笑顔はとても嬉しそうで、可愛くて、二人の王子はただの男子のように見惚れて、その意味を理解して二人で顔を見合わせた。
「「……デート?」」
想像もしないことだった。自分の周りにいる女子達は全員自分に特別な好意を抱いている。
考えることもしなかった。まさかの事態だった。
卜部 日葵には『特別な相手』がいる。
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