エプロンとポニーテール
会議の後片付けをする為に、玲次と日葵が学生会室に集まる。錬は夏休み中の体育館の利用の為に別の会議に参加するようだ。
手際良く、荷物を片付ける日葵を憔悴した様子で玲次は見ていた。
「青柳君? 顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」
誰のせいだ、思わずそう言いそうになる。
「大丈夫だ。少し疲れた、そっちこそ、あの女生徒をあのままにしておけば、いつか仕返しをされるぞ」
「別にいいでっすよ。昔の私なら、怖くて逃げていましたけど……今は、応援してくれる人がいるから。エヘヘ」
誰にだ、と返しそうになるが連日の心労がたたったのか、眩暈がひどくなる。本当に体調が悪いようだ。
ソファーに持たれてため息をつく玲次を日葵が心配そうに見つめる。
「大丈夫でっすか? 本当に調子が悪そうです。明日は終業式なので、今日は休めばいいと思います」
「……そうしようか」
「それがいいでっす。タクシー呼びますか? お水いる?」
うろちょろとしている日葵は本気で玲次を心配しているようだ。先程の会議では、ずいぶんキツイ視線を投げてきたものだが、まるで別人だ。
「フッ、ことが終わればノーサイドか。器が違うのかもな」
色々考えていた自分が馬鹿らしくて、情けなくて少し泣きそうだ。どうやら自分はこのちびっ子には勝てないらしい。そう思うと、勝手にも肩に入った力が少し抜けた。
「いや、別にいい。自分で帰れる。……今日は、急がしくて昼を抜いていたからな、腹でも減ったのだろう」
日葵をハメようとした罪悪感から、らしくもない軽口を叩く。玲次にとっては冗談みたいなものだったが、日葵はニパッと笑顔になる。
「なら、ちょっと待ってください。となりの休憩室にはキッチンがありましたよね。パパッと作ってきまっす」
「えっいや、待て、別に食べたいわけじゃ……」
そう言い終わる前に、日葵は部屋を走って出ていき、十数分後に汗を掻きながら戻ってくる。
「料理部の友達から、ちょっとだけ食材をもらってきたよっ。仕込みはしたから後はちょっと茹でるだけだよ」
「……あ、ああ」
「戻ったぜー。女子が多くて大変……何してんだ?」
「おかえりなさい。赤井君、青柳君がお腹減ったっていうから小腹に入れる程度に何か作ろうと思ったの。片付けは明日の終業式後に回そうよ」
「お、おお……」
ちょうど鞄からエプロンを取り出して、髪の毛を結い直おす途中だった日葵の仕草に赤井は頬を染める。腰の紐を結ぶと、日葵の大きな胸が強調されて、ますます直視できなくなる。
会議の一件で意識した相手の普段と違う衣装はそれだけで、少年の心を揺さぶるには十分だった。
三人で休憩室に入って、備え付けの小さなキッチンで手早く料理する日葵の姿を男子二人は何もせず見つめていた。冷房の風でポニーテールとスカートが揺らめき、良い匂いが部屋を満たす。
ほどなくして紙の器を持って日葵が向き直った。
「青柳君が体調悪そうだったから、素麺にしたよ。あまり冷やしすぎないようにね。あっ、ショウガ大丈夫? 赤井君は一杯食べるよね。こっちのおツユをどうぞっ!」
「嫌いなものはねぇよ。ズズゥ、うまっ!?」
特に奇をてらわない素麺という料理。先に手を付けたのは錬だった。ただの素麺と侮っていると、奇襲をくらってしまう。たとえ出来あいといっても料理が得意と自称する日葵に妥協はない。
しっかりとかつお節から出汁をとり醤油とミリンで味を決めている。単純だからこそ経験が生きる。
錬に渡した方のつけ汁には氷を入れてしっかりと冷やしたうえに、ごま油やショウガを中心に薬味を加え食欲をそそるできだった。
「汁を散らすな。……僕のは温かいのか」
「調子が悪いときは、お腹を冷やさない方がいいからね」
体調が悪そうな青柳には反対に刺激の少ない基本のつけ汁を温めた状態で渡しており、どちらかというとにゅう麺に近い。抵抗なく麺をすすることができ、後味にかろうじてショウガの風味がある程度だった。手を掛けないことで気を使っているという一見すると矛盾するような料理だった。
「あたたかいな」
玲次の言葉は何を指しているのか、鼻をツンと刺すのはショウガだけではないだろう。
「スゲェ上手い。そこらの懐石の店よりも上だと思うぜ」
そっけない玲次とは反対に錬は大げさに日葵を褒める。実際、今の彼にとって想いを寄せる女子の料理が予想以上のクオリティだったのだ、食べなれた高級料理よりも感動は大きいのかもしれない。
「大げさでっす。じゃあ私は片付けをしてくるね」
「卜部は食べないのか?」
錬の問いかけに日葵はエプロンを締め直しながら、笑顔で振り向く。
「この後約束があるのでっす。エヘヘ」
「……」「……」
その真っすぐな笑顔に二人の王子は黙り込む。
そして、流し台に戻って鍋を洗う日葵の後ろ姿を見ながら、石化が解けたように二人は顔を見合わせた。
「やっぱ、俺がアイツを手に入れて見せる」
「ほざけ、龍造寺のコネは譲らん」
「それだけかよ。眼鏡が曇ってんぞ」
「お前こそ、手が止まっているじゃないか、いつもの食い気はどうした」
「フン」
「ハッ」
二人の王子は鼻で笑いながら、お互いを戦友と認め、普段食べることはない庶民の料理である素麺をすする。
一方日葵は。
「今日は、頑張ったからなぁ。イックンに褒めてもらおうっと。エヘヘ。そうだ、ゲーセンで、プ、プリクラに入っちゃうとか、アワワ……大人でっす。ドキドキ」
そんな二人のことなんて気づきもせず、樹との放課後デートに思いを馳せるていたのだった。
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