変態親父と屈するおせっかい
「お姉ちゃん。お肉の準備できました」
「ありがとー。ちょっと、合わせ醤油のお味をみてみて」
「んっ……うん、美味しいです。これで良いでしょう」
「じゃあ、キチンと並べて、よっし、焼いてくよー」
エプロンを着た姉妹がパタパタと動きながら料理をしている。
卜部家は家が大きいので当然キッチンも大きい、姉妹で息を合わせてテキパキと調理を進めているようだ。二人は部屋着に着替えてエプロンをしているが、日葵は眼帯と猫帽子はつけたままだ。
多分僕が褒めたからです。単純な奴、嬉しすぎて直視できない。母親の葉香さんは、居間の片付けとコスプレ衣装の整理をするために、離れと本宅を行ったり来たりしている。手伝いを申し出たが、
「乙女の秘密もあるからダメよ、ウフフ」
と断られてしまった。というわけで、姉妹をのんびりと眺めることしかないなー。
「……ところで、樹君」
「すみません。ちょっと、忙しいので」
やることないなー。晴彦さんからの呼びかけてくるけど、絶対ろくな事ではないので無視だ無視。
早く料理できないかな。
「君、ひどくないか。仮にも付き合っている彼女の父親にする態度じゃないだろう? これ以上無視するなら、葉香さんに縋りつくからな。いい年こいたおじさんが、妻に泣きつく様子なんて見たくないだろう。結構大きな声だしますよおじさんは」
眼鏡をかけ直しながら、どや顔で何言ってんだこのおっさん。顎鬚を取ると、実年齢よりもずっと若く見える。童顔というか雰囲気が若いのだ。
「止めてください……なんですか?」
なんつう脅し方だ。しかし、この人は確実にやる、やると言ったらやってしまうのだ。
ある意味、日葵にも通ずるが、この家の人間は葉香さんも含めて現実感がないというか、浮世離れしている。
「やっと、反応してくれたね。いやぁ、娘の彼氏とちょっと話をするだけじゃないか」
「前回、僕が来たときは、『娘は渡さん』とか言って、玄関でパイ投げしてきませんでしたっけ?」
「ハハハ、いつの時のことを行っているのやら」
「4か月ほど前です」
「過去に囚われてはいけないよ」
「デートにカメラ持って尾行してたりとか……」
あれは本当に辛かった。後ろでお巡りさんに話しかけられている人がいるなぁと思ったら晴彦さんで、日葵が「お父さん、偶然ここにいたの? なら一緒に遊ぼうよ」とか言って、なぜか父親同伴デートになったのだ。
「ま、まぁ、ほら話を変えようじゃないか。時に樹、海は好きかい?」
「海ですか? まぁ、嫌いじゃないですね」
「へぇ、それは良かった。実は夏休みに家族旅行をすることになってね」
「そうですか」
「君も来ればいいと思ってね。夏休み旅行なんて素敵じゃないか」
ニコリとほほ笑む晴彦さん。……怪しい。
「いえ、折角の家族旅行ですから、家族で楽しんでください」
「ハハ、遠慮は無用だよ。最近は咲月も君のことを気に入っているようだしね。妬ましくてキレそうだけど、僕も大人だ娘たちの意向は聞かないとね」
「少なくとも日葵は僕が今日ここに来ることすら知らなかったですよ」
「父親とは娘の気持ちがわかるものだよ」
「……」
「……」
男二人の間を独特の沈黙が流れる。キッチンでは姉妹が「お姉ちゃん、お野菜のソースはどうしますか?」「私が作ったやつが冷蔵庫にあるよ」「わかりました。いい匂いですね、ハーブですか?」「いたりあん風でっす。大人でしょ」とか、平和な会話が続いている。改めて、晴彦さんに向き直る。よくよく見てみると冷や汗書いているっぽいし、隠し事があるのは間違いない。
「何が狙いです?」
「いやいや、僕は父親として――」
「そういうのいいですから」
「むぐぅ……」
晴彦さんはしばらく体を左右に揺すった後、ため息をついて口を開いた。
「……実は、旅行の行き先というのは九州なんだ。葉香さんの実家でね。毎年はぐらかしていたんだけど、ついに行かざるを得なくなってねぇ」
「実家ですか。つまり日葵のおじいちゃんってことですね。まぁ夏休みくらい帰省しても良いのでは?」
ごく普通のことだろう。というか、孫の顔が見たいという祖父祖母の気持ちの方が納得できる。
「ハハハ、普通はそうなんだけどね。ほら、僕、葉香さんと駆け落ちしちゃってるからさ……」
「うわぁ」
それは行きにくい、呼ばれているってことは和解なりなんなりしているのだろうけど。
「葉香さんとはコスプレのイベントで出会ってね。彼女は当時かなり有名なレイヤーで大規模のイベントに出ていて、僕はどこにでもいるカメコだった。何度もコスプレのイベントで顔を合わせるうちに、奇跡的に付き合うことになってね。だけど彼女の家には反対されてしまってね。結果的に駆け落ちと言う形で、二人で逃げ出したんだよ」
「凄いですね。すみません、失礼ですけど、正直に言って晴彦さんがそんなことをするタイプには見えませんでした」
葉香さんは今見てもめちゃくちゃ美人だ。初見だとどぎまぎする程度には。そんな人と、家に反対されながらも駆け落ちするとは、晴彦さん男じゃないか。
「なるようになるかなーって見切り発車で、暴走気味の葉香さんと一緒に無茶したもんだよ。懐かしいなぁ。その後は日葵が生まれて、実家とも和解したんだけどね。僕を抜いて三人で帰省なら何度もしているしね」
「なるほど、そういう経緯があるんですね。それなら、今年も三人で行けばいいのでは?」
「……それがさぁ、聞いてよ。今年はお義父さんの会社のパーティーがあるとかでさあ、僕も来ないとダメだって言われちゃってねぇ」
急に不穏な単語が出てきたぞ。椅子に突っ伏してネガティブなオーラを纏う晴彦さんを起こして質問する。
「お義父さん『の』会社のパーティーって何ですか?」
「えっ、日葵から聞いてなかったのかい? 葉香さんの実家はとても金持ちでね、会社をいくつも経営しているんだよ」
「えっ、マジっすか。知らなかったです」
「マジマジ、ぶっちゃけこの家とかさ、最初はもっとこじんまりとするはずだったのに、いつの間にすごい資本が入ってこんな家になってるしね。地下室とかあるからこの家。家のデザインとか勝手に変わっているし」
「あっ、あの土間とか縁側ってお爺さんの趣味なんですか」
「うん。僕が注文した家は跡形もない。なんか、予定より大きいなーとか思っていたらこんなことになっていたからね。びっくりしたよ」
びっくりというかホラーである。説明されてしまえば、葉香さんや日葵のどこか浮世離れした雰囲気も納得ではあるが……。
「スケールが大きくてついていけない話ですね」
「ついて来てくれないと困るよ。葉香さんからも相談されていてね、実家に帰って会社のパーティーにでると、結婚しているのに男たちに言い寄られるらしい。今までは日葵達を理由に断っていたけど、今年は規模も大きいから断りづらいらしくってね。日葵もパーティーに参加させるそうなんだよ。つまり君にも日葵や咲月を金持ちのボンボンから守るために来て欲しいわけさ」
「それだけですか?」
「お義父さんの怒りが、日葵の彼氏の君に向けばいいと思っている」
すごい良い笑顔でいいきりやがった。
「絶対行きたくないです! それが本音だろうが!」
「だってあの人、親バカで孫バカなんだよ。僕だけなら集中攻撃されるけど、樹君がいれば君が睨まれること間違いなし! そして僕は葉香さんを君は日葵を守ることもできる。僕はウィンだ!」
「それを言うなら、WINーWINでしょ、俺がルーザーじゃないですかっ!」
「わかった。仕方ない、こちらも身を切ろう」
「……なんですか」
急に晴彦さんが顔を寄せてくる。
「僕が秘蔵している。日葵のアルバムのうちの一冊をわたそうじゃないか」
「いや、別に俺はそんなの……」
「葉香さんがコスプレさせている、写真だぞ。自慢じゃないがほぼプロ並みの腕を持つ僕が撮った珠玉の一品だ。損はさせない。本来ならば絶対に渡さない代物だ」
「む、娘を売って恥ずかしくないんじゃないんですか!?」
「君ならばと見込んでいる。正直、君は日葵にべた惚れだろう。裏切る可能性は低いと信用しているんだ」
「そりゃ、まぁ、そうですけど……。例えばサンプルとかあります?」
こちらも顔を寄せて姉妹にバレないように、交渉してみる。
「フフフ、君ならそう言うと思っていたよ。その内の一枚だ」
どこからともなく、差し出された写真は、先程のア〇カコスをする日葵のもの、だがっ、だがっ、
エッッッッッ。
ジャージを着てないそれは、胸もお尻もパッツンパッツンで、本人は無自覚なのかニパーと満面の笑みを浮かべている。そのギャップの背徳感たるや、宇宙(?)といっても過言ではない。離れのスタジオで撮ったのか光とか角度とかも雑誌の表紙並みの出来栄えだ。
自分の好きな彼女のこんな写真欲しくないわけがない。なんていい仕事するんだこの変態親父。
「このクオリティのものを保証しよう」
「……引き受けましょう」
屈しました。そりゃ屈する。我が人生に一片の悔いなし。
そうして、机の下で僕らは固く握手をしたのだった。
つい筆が乗って、文字数が増えてしまった。
ブックマークと評価ありがとうございます。
感想も嬉しいです。




