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第四部 1章 猫とエルフのはぐれブルース 002



 案山子(かかし)を両手に、馬車に近づいてきた小柄な女性は、カツサムに向けて快活に笑う。


「ども、カツ先輩。すいませんっス〜、わざわざ」

 蓮っ葉な物言いをして、にかっと歯を見せる。

 赤毛の短い髪を揺らして、案山子を脇に置いた。


「おお、ノイ。すまんな、ちょっと遅れたか?」

「あぁ全然、大丈夫っス」

「ノイ〜、久しぶり〜。元気だった〜?」

「私はいつも元気っすよミカさん、そちらもお変わりなく〜」

 三者で挨拶を交わす。

 ノイと呼ばれた女性は、そこでアルルとルビーに目線を移した。


「あぁ、ノイ。紹介するわ、こちらアルルにルビー。ウシロロで……あ、知ってるか? 報告書読んだか?」

「ああ、はい。なるほど、この方達がアルルさんにルビーさんなんすね。私は、ノイ・ジーって言う者っス。よろしくっス〜」

 至極軽いノリで、ノイ・ジーはアルル達に再びにかっと歯を見せ笑う。


「あ、いえ。こちらこそ。アルル=エルセフォイです」

「アハハー、ノイちゃんよろしクー。ルビーでいいヨー」

 ノイは颯爽と馬車に乗り込み、五人となった車内。御者の手綱が振るわれ、馬の(いななき)を伴って発進する。

「ん? あれ、ノイさん。あの案山子はいいんですか?」

 アルルは気になり、聞いてしまう。道に、そのまま放置された案山子の行方を。


「あ、全然大丈夫っス。私のじゃないんで」

「え?」

 戸惑うアルル。カツサムがノイの頭を軽く小突き、案山子を戻すように言った。


「あ、そうか。はい、先輩〜」

 そう言ったが早い。ノイは走り出した馬車からさっと降りて、案山子を拾う。

 馬車は止まらずそのままだ。

 ノイは案山子をひょいと持ち上げて、田んぼの真ん中あたりに投擲。さくっと地面に刺さる。

 そこから踵を返して、走っている馬車に悠々と追い付いて、再び乗り込む。


「オオー、早いねノイちゃん。アハハー」

 ルビーは手を叩いて、ノイを褒める。

「いや〜、それほどでもないっすよ〜」

「こら、調子こくなよノイ。お前の素早さには目を見張るものがある。が、どうにも人としての常識がさ。頼むよ、ほんと」

 カツサムは腕を組んで、ふぅと溜め息まじりに小言を発する。

「あは〜、分かりましたカツ先輩。すいませんっス〜」

 さして悪びれる事なく、あははと笑いノイは車内に座った。


 一行が目指すのはイヤウア・ダートの首都、ハーヴェ。そこにノイ・ジーを送り届けた後に、外れの古びた教会へ行くという算段だ。


「いや〜、久々だなノイ。いつぶりだっけかな」

「そうっすね、いつぶりでしょう。まぁ、そんな事より」

「そんな事って、おい。俺、先輩……」

「ミカさん、なんか痩せたっすか〜?」

「え、うそ!? 分かる〜? そうなのよ〜、カツ君なんか全然気が付かないのよ〜。ひどくない〜?」

「アハー、それはワタシも思ってましたよミカー。なんか、頬がほっそりしましたネー」

「え、やっぱり!? ルビーありがと。ほらカツ君、分かる人には分かるんだから」


「いや、そんなどうせちょっとだろ? 分かるかよ。なぁ、アルル?」

「え……いや。その……うーん」

「アハー、アルルさんに聞いても無駄ですヨー。ワタシの髪型が変わった事も気付かない、唐変木ですかラー」


「「え、そうなの!?」」

 同時に驚く、アルルとカツサム。

「アハー、嘘でスー」

「「なんだよっ!」」

 ミカは大きく笑った。その雰囲気に混じって、ノイも口角を上げる。

 馬車は蒼天の続く街道を、一定の速度で走っていく。

 ……

 …



 ◆首都ハーヴェより、さらに東南に外れた古い教会◆

 

 そこはもう、大分と昔に放棄された教会である。

 生命(いのち)わき出づる元型・ウンディーヌを祀る、由緒ある教会だったのだが。今はただの廃墟として、長い事打ち捨てられ忘れられた場所なのだ。

 切り立った崖を思わせる程の、急勾配の丘の上で。下には、大きな河川が流れている。

 連邦内でも屈指の一級河川だ。


 教会内には割れたガラスが飛散し、埃を被った椅子や机が散乱していた。

 そんな中に、縄でぐるぐる巻きに縛られて、天井から吊るされている女が一名。それを真下で眺める女が一名、何かを言い合っている。


「おい、くそエルフ。いい加減にして、大人しくするにゃら縄を解いてやるがどうにゃ?」

 そう言った女の頭からは、猫耳が生えていて。尾骨あたりからは、長い尻尾が感情を表す様にぴんと立っている。


 獣人と呼んで差し支えのないその女の名前は、エリス・エリリスという高位妖魔(ハイ・リリン)である。

 猫に擬態していた時に、勝手に呼ばれていた名はマーコという。


「お、おとなしく……? 冗談じゃない、わ。マーコがもう、アルル様に関わらないか、死ぬか。どっちかを選ぶまで……」

 天井から吊るされている方の女は、若干弱々しくも強気な発言をした。

 淡いグリーンの髪と瞳をした、エルフの少女。アイーニャ・レレア=フィーエルである。


「くそエルフ、マーコと呼ぶなと言ってるにゃろ。どっちかを選ぶ? ふんっ、小賢しくもアタシに楯突いて、結局こんな結果になっているのに、にゃにを言ってる。少しばかり戦闘能力に目覚めた程度で、調子乗って……バカにゃ奴、ふんっ」

 猫目の三白眼が、冷徹にアイーニャを見据える。

「うる、さい……バカマーコ。アルル様に、近づくな……」

 それでも気丈に、アイーニャは睨み返す。


「お前は、アルル達を誘き出すダシにゃんだ。お前にはもう、どうする事もできにゃいね。ふんっ、精々そこでアルルやばかゾンビが、どういう目に合うか焼き付けてから、お前は殺してやるにゃ……」

「やめろっ、ばか! バカマーコ! やめろぉ、それなら今殺せっ」

 アイーニャはぎしぎしと縄を唸らせて、必死の抵抗をする。

 グリーンの瞳は、涙を溜めて今にも溢れそうだ。


「はっ、うるさいぞエルフ。そんなに、アルルの事が好きなのか? ふっ、にゃはははー。迷惑を掛けない様に、せめて殺せ? にゃはっ、エルフも所詮女か。笑わせるよ、くそエルフ。暗い穴倉で一生を過ごせば良いものを、全く……」

「違う……そんなん、じゃ……ない。くそ、ばかっ」

「何が違うと? お前の恋慕が、結局アタシとの決闘に繋がり、今まさにこうやって囚われて、アルルを誘き出す餌になっているじゃにゃいか。にゃはっ」

 エリスは、高く笑う。

 妖しい魔性を帯びたその笑い声に、アイーニャは唇を噛んで瞳を尖らせる。


「お前には分からない、バカマーコ。お前には……」

「にゃはっ、何が分からにゃいと? くそエルフぅ」

「そんなのじゃ足りない。私のこの気持ちは……お前みたいな妖魔になんて、分からない。分かるものかっ!」

 アイーニャは身じろぎ、意思の籠ったまっすぐな瞳で、エリスを見遣る。


「私は……私達、エルフは。吹き(すさ)ぶ風を、幾星霜もの間。お前の言う、暗い穴倉に閉じ込めてのうのうと生きてきた」

「にゃにを言って……」

 アイーニャの射抜くような視線に、エリスは戸惑う。エルフの少女の胆力に、一瞬怯んだのだ。


「自由な風をその場に留まらせて、ゆっくりと腐らせていく。不自由で腐ったゴミの国。それに縋るしかない、弱いくそエルフ達。全てがくそだった。私もふくめて。でも……でも、あの人が来て全てが変わった。あの人は、風を解き放ってくれた。愛しい風の導き手……」

「う、うるさい! 黙れよエルフ!」

 エリスの言葉は届かない。

 溢れる感情が怒涛の様に押し寄せて、アイーニャは止まらないのだ。


「本当は……ついて行くなんて、思っても見なかった。迷惑を掛けるのなんて、分かってたから。あの森を抜けて……それで、さようならをするはずだった。でも……その時、私の背中を押してくれた。ーー風が、私の背中を押してくれたのっ!」

 淡いグリーンの瞳からは、すでに大粒の涙が溢れていて。ぼろぼろと、頬を伝って教会の朽ちかけの板張りに落ちる。


「もう、自然と足は踏み出してた。私は、誇らしい風になる。あの人の(かたわ)らで、優しく吹き(すさ)ぶ風になるの。いつも悲しそうな、あの人の為に。生まれて初めて見つけた、私の自由()だから。お前なんかには、絶対に止める事なんてできないんだ……バカマーコ」

 アイーニャはそう締めくくると、流れる涙をそのままに。無理矢理に笑顔を作って、ベロを出した。

 エリスを最大限侮辱する様に、頑張ってベロを出したのだ。


「このっ、くそエルフ!」

 きつく細めた目つきで、エリスは一足飛び。

 アイーニャの腹を、その肉球がついた手で殴った。

「ぐっぅ!? ば……バカ、マァ……コ」

 アイーニャは、最後までエリスを罵倒して。そして、気を失う。


「くそエルフが……にゃんだってんだ。くそっ」

 一瞬でも気圧された事実を、苦々しく呟くエリス。近くの古びた長椅子に、自慢の爪を突き立てた。




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