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第四部 1章 猫とエルフのはぐれブルース 001



 プロローグ


 空は、雲のない蒼天。日差しが燦々(さんさん)と降り注ぎ、落ちる影は黒く濃い。

 長い夏場の、真ん中の暦だ。

 シルクロードとも呼ばれる大きな街道沿いには、見渡す限りで田んぼが広がり。

 四大の一つ、生命(いのち)わき出ずる元型・ウンディーヌの加護を受けた穀物が、一層瑞々(みずみず)しく背筋を伸ばす。

 実りの時期を待ち侘びて、青く輝いていた。


 そんなシルクロードを走る馬車が一台、道の小石を弾きながら進んでいる。

 車輪はがらがらと音を立てて、連邦の東を目指す。

 風は優しく……吹いている。




 1章 猫とエルフのはぐれブルース



「え、ちょっとちょっとカツ君、見てみてアレ〜!」

 馬車の後部より、身を乗り出してミカ・イトゥヌは声を張り上げた。

「お、おいミカー。そんなに乗り出したら危ないってぇ」

 はしゃぐ自身の妻に、夫のカツサム・イトゥヌは注意喚起を促す。


「アハー、まぁ落ちてもすぐ拾ってあげますヨー」

 赤髪の吸血姫ゾンビのルビーは、いつもの調子で戯けて笑う。

 そして、それらを無言で眺める少年が一人。


 少年とは言うが、歳は十五。背が低く、声変わりもしていない為に、多くの者には少年(十四歳未満)として見られてしまう。

 体に見合わない長剣(ロングソード)を、脇に差し。どこか遠くを見る様に、馬車内の隅っこで体育座りをしている。

 アルル=エルセフォイ。小さな英雄だ。


 アルルは、手に持つ脅迫文に目を移す。

「アイーニャ……」

 ぽつりと呟き、くしゃりとその手紙を握り潰す。

 その様子に、はしゃぐミカは座り直し。カツサムは、咳払いを一つ。ルビーはアハーと嘆息し、頬を掻いた。


 静まり返る馬車の中……

 アルルとルビーの同行者だった、淡いグリーンの髪のエルフの少女。

 アイーニャ・レレア=フィーエル。

 そのエルフの少女が、拉致監禁の憂き目に遭っていると分かって、今日で三日目である。


 拙い字で書かれた、その脅迫文。そこに指定された場所に、一行は向かっているのであった。

 連邦国内で東南に位置する、イヤウア・ダート共和国。そのはずれの古い教会に。


「古い教会……」

 アルルはまた、ぽつりと呟く。

 教会という言葉から連想してしまうのだ。

 元の世界の最後の記憶。彼女(あのこ)との婚姻を交わした、小さな教会を。

 日に日に擦り減っていく、記憶の残滓を集めて。


「古いつっても、あそこはもはや廃墟同然なんだけどな……」

 呟きを聞いていたカツサムは、それを補足する。

「そうなんですね。カツさんは行った事あるんですか?」

 取り敢えず指定された場所に行くのが優先かと、アルルは視線をカツサムに移して、手紙を胸のポケットに入れた。


「ああ、何年か前に一度な」

「え、ちょっとカツ君。ミカはそんなの聞いてない」

 唐突に、横合いから口を挟むミカ。

「え? あれ、そうだっけ? 言ってなかったか……はは、そうかぁ」

 手を側頭部に当てて、思い出すかの様に目を泳がせるカツサム。

「え、ちょっと。カツ君なんだか怪しいんだけど。女? え、女と行ったの!?」

 カツサムとミカの定番。夫婦喧嘩が、始まろうとしていた。


「えぇ、ミカ? ばっ、何を言ってんだ! そんな訳ないだろう、仕事だよ。仕事っ!」

「えっ、怪しいんだけど。え、待って待って、超怪しいんだけどカツ君」

「おい、ミカー! そ、そんな事よりだな。今はアイーがさらわれて、そっちのがだな。なっ? アルル、そうだよな」

 あからさまに動揺をしているカツサムは、アルルに話を振っていく。


「え? あぁ、そうですね。廃墟かぁ……うーん。そこら一帯って、やっぱり治安は悪いんですか?」

 もはや幾度となく見た、カツミカの夫婦喧嘩には慣れたもので。アルルは委細を流して、話を戻す。


 ミカは頬を膨らませて、後で詳しく聞くからと言って一応の落ち着きを見せる。

 助かったぁみたいな顔をして、カツサムは額の汗を拭って続けた。

「治安……というか、魔獣やら獣やら。いるにはいるし、確かに野盗の類もいる。その国の首都から、離れれば離れる程にな」

「そうですか……」

 アルルは思案する。そこでルビーに向き直り、気になっていた事を口にした。


「なぁ、ゾンビ。エリスって誰だ?」

 脅迫文の締めには、エリス・エリリスと記名があったのだ。

「モウ! ルビーって呼んでヨ、アルルさーん」

「いいから、いいから」

 ルビーのいつもの懇願虚しく、アルルにすげなく続きを促される。


「アハー、なんと言えばいいのか。話せば長いんですヨー」

「いや、いいよ聞くよ。時間はまだ、たくさんあるだろうし」

 目的地までは残り四時間程だろうと、ついさっき御者からの案内があった。

「アハー……」

 ルビーは、どう説明するかを頭に巡らせているのか、顎に指を掛けて唸る。

 しかし、まとまらなかったのか。まぁいいかと言って喋り出す。


「アハー、エリス・エリリスっていうのはですネー。猫のマーコなんでスー」

 エヘッ、と舌を出すルビー。


「「えぇっーー!?」」

 アルルの戸惑いの「え……?」は、カツサムとミカの驚きにかき消される。

 話せば長いという、前振りは覆す前提のフリであった。

「全然長くねぇし……え? マーコ? ゾンビ……全く話が入ってこないって。どういう事?」


「猫はエリス、エリスはマーコ、マーコはエリスで、アイーを攫うYoー!」

 手の指を変な感じに形作り、躍動感を持ってルビーは言った。

「いや、なんだそのラップ調の別物。まじで話が入ってこないから、まじで! え、ふざけてんの?」

 アルルは、久方ぶりに赤髪の友人に青筋を立てる。


「「らっぷぅ?」」

 カツサムとミカは、同時に首を傾げた。

「いやっ、カツさんミカさん、それはいいんです。考えないで下さい、余計に話がややこしくなる」

 手で夫妻を制して、アルルはルビーに非難の視線を送る。

「ア、アハハー……伝わらない?」

「伝わるかー」


 導入として、敢えておちょけた雰囲気を作ったと言い張るルビー。そこから、一応の説明をしていくのだった。


 拾った猫は、実は高位妖魔である事。

 名をエリス・エリリスと名乗った事。

 何かしらの目的があって、夜中にアルルの生体エネルギーを吸っていた事。

 それを許せないアイーニャと、寄った旅籠で戦闘になった事。

 ケモミミを、もふもふさせる代わりに自由にして良いとルビーが言った事。

 それらを、馬車に揺られて話ていったのだ。


「おい、ゾンビ……なんで今まで黙ってたんだ?」

 アルルは少年のあどけなさの残る声を、最大限に低くしてルビーの頬をむんずと掴む。


「アハー、アルルさんが全く気付いてないからですヨー」

 頬を伸ばされながらも、反論をするルビー。

「気付いてないって……いや、でも」

 ここでアルルは手を離して、今までを振り返る。

 マーコが、ある時から人間の様に喋っていたのは、気のせいではなかったのではないか。と、いう事。


 ーーアイーニャ……もしかして寝不足だったのは、オレを守ってくれてたのか?

 生体エネルギーの吸収がどういったものなのかは、アルルには分からない。だが、そんな事をされても目覚めなかったのだ。爆睡していたのだ。

 突き付けられた現実に、自分が形容された過去の色々な言葉が浮かんでくる。


 ーー唐変木、ボンクラ、鈍感……あぁ、ほんとそうだなぁ。

 額に手を当て、反省を試みる小さな英雄。

 しかし、アルルには分からない所なのだが、レベル差からくる問題で吸収(ドレイン)は成功しても微々たるもの。気付ける範囲にない。


 そして身体的強者ゆえに、そもそもの危機察知能力の欠如が、隠れたバットステータスにもなっている。

 積み重ねる強さ(経験)を知れない強者。それが、アルル=エルセフォイという英雄の(ごう)でもあるのだった。


「まぁまぁアルル……過ぎた事だし、な? これからを考えようぜ」

 カツサムは笑って、親指を立てる。

「カツさん……ありがとう御座います。そうですね……」

「あ、で話変わるんだが。ちょっとイヤウアまでの道程で、後輩を拾わなくちゃいけないんだ」


「後輩……ですか。カツさんの?」

「そうそう、上司からの命令でな。そいつを拾って、イヤウアの連邦本部まで連れてきてくれってな。実はそれに便乗して、この馬車を手配して貰ったというのもあってな。すまんが」

「あ、いえ。全然構いませんよ」

 アルルはルビーと目を合わせる。赤髪の吸血姫ゾンビは、肩をすくめ同意を示した。


「多分、もうすぐその場所を通過する筈なんだが……」

 カツサムが、御者の方に視線を移す。

 街道沿いの広大な田園のその中で、背丈が明らかに大きな人物が手を振っていた。

 否、手に案山子(かかし)を持って振っているのだ。

 

 それを目印に、その人物の前で馬車は止まる。



 

 


 

 

 




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