第三部 3章 有限である事…… 006
崩れ瓦礫と化す校舎。校庭は、衝撃の余波で至る所に亀裂が走り、めくれ上がって 無惨といって差し支えない。
そんな様相だ。
小さな英雄は一息をつき、荒れた校庭の真ん中に座り込む。
「あの子達の、墓標……にはならないか。汚いしな……」
アルルは、瓦礫の学院をぼんやり見ながら呟く。
「アハー、まぁそうですネー。でもまぁ、いいんじゃないですカー? 手向の花としては、盛大で。どっちみち、残るワタシ達の勝手な感傷ですヨ」
ルビーは、アルルの背後に近き。背中合わせに、地面に腰を落とした。
片羽同士の蝶が、お互いの足りない部分を補う様に、互いに体重を重ねる。
「そう……だな。確かに、勝手な感傷だ」
「アハー、勢いで壊しちゃいましたけど。どう考えても、犯罪ですよネー、アハハー」
「うん、それは……そうだろうな。でも、覚悟もしてるから……そもそも人殺しだし、さ」
「アルルさん……それはワタシも」
「うん……」
小さな英雄と赤髪の吸血姫ゾンビは、口を閉じてしばらくの沈黙も共有する。
夜風が、歪な二人を優しく撫でた……
……
…
「あれ〜! なんで、お前ら」
と、その沈黙を破って、聞き馴染みのある声が飛んでくる。
「えっえっ、ちょっとヤダっ! アルルにルビー!? うっそぉ〜」
カツサムとミカの、イトゥヌ夫妻だ。
「え、カツさん……と、ミカさん? なんで?」
「アハー、いよー御両人! なんか、ヒサビサー。奇遇だネー、アハハー」
アルルとルビーは背中合わせに座ったまま、声がする方に顔だけを向ける。
「おいー、奇遇じゃないって二人共! 伝達で何かが起こってるってさ、緊急で貰って。調べにきたんだけどさ……まさか、お前らがいるとは」
カツサムは寝起きなのだろう、ぼさぼさの髪でそう言った。
「え、ちょっと〜。えぇ〜、あっ! カツ君カツ君ーー!」
「な、なんだよミカー、ちょっ! うるさいって、真夜中だぞ?」
「なんか、いい雰囲気じゃね? あの二人……」
ミカはアルルとルビーを指差し、カツサムにだけの耳打ちのつもりなのだろうが、概ね聞こえる。
「えぇ、あ……確かに。お前ら……、そういう事? って、いやっそういう事じゃない、そういう事じゃない! 今はそこじゃないだろミカー。そうゆうとこだぞ? ミカー」
「ええ〜、ヤダった〜……そんなに強く言う事なくない? ミカは思っただけなんだから、そんなに言う? ねぇ、カツ君。そんな強く言う?」
ジト目で腕を組むミカに、ちょっとたじろぐカツサム。
懐かしくもあるし、殺伐とした所から離してくれている様で、アルルは自然と口元が緩む。
「アハー、カツミカは面白いナー」
ルビーも同意見の様だ。
「いや、ミカ……取り敢えず落ち着け。なっ? 仕事で来てるんだから、なっ? えー、ごほんっ」
カツサムは、一旦仕切り直しとばかりに、神妙な面持ちで続ける。
「えぇ、で。その……お前ら、関わってるのか? もしそうなら、事情を聞かなければいけないんだが……」
「はい、カツさん。それは……覚悟してます」
「アハー、見たままをワタシ達は話すヨー」
「そうか……」
少し安心した様に息をつき、カツサムは安堵の表情になる。
そこから、アルルとルビーは重要参考人として、連邦捜査官預かりの事情聴取へと移行していく。
後から、ぞろぞろとカツサムの仲間らしき人々が、事件現場の見聞と保全を目的に、十数人の規模で現れる。
長い夜であった。
場所を移動したり、何やらばたばたと形式ばった書類を書いたり読まれたり。
そのまま、寝れずにアルルとルビーは朝を迎える。
どういった事態になっているのか、アルルには分からなかったが。しかし、自身の見た物事を正直に話すだけではあったので、そこまでの苦にはならなかった。
水上都市カラット、大統領府に近い宿舎。その一室の扉が開かれ、カツサムが入ってくる。
「アルル……ごめんな。こんなに長く拘束して。一応、これで終わり。本当にごめん! ありがとう、助かったよ……色々と」
そうカツサムが言ってきたのは、もう昼になるという時間だ。
「えっ? その、お咎めとか……は?」
アルルは、驚いた様に目を見開く。
「お咎め? なんで? お前らは、サイ・ダート。ひいては、この連邦の為に良い事をしたんだぞ?」
「いえ、でも……人を、殺しました」
「アルル……お前」
カツサムは、アルルの両肩を揉むように、両の手を乗っけた。
「アルル、それはいいんだ。学長のフレッドネアは、連邦全土の転覆を画策している一味の末端。少なからず、あいつは連邦法によって、死刑は免れんだろう。だから……な。お前には、またまた感謝しかないんだ、俺達は」
いくらかは、慮ってくれているのだろう。しかしアルルは、何処に気持ちを置いて良いかの整理はつかない。
「アハー、カツがそう言ってるんですヨー、アルルさん。ね? 一旦帰りましょう、ウシロロへ」
カツサムに変わり、今度はルビーがアルルを後ろから抱きしめる。
「へぇ……やっぱりなんか、お前ら。へぇー」
カツサムは何を邪推したのか、ニヤリと笑う。
「へッへー」
ルビーは舌を出して、口角を上げた。
「あ、で。そうそう……ウシロロまでの馬車の手配は、こっちで済ましておいた。それに乗ってくれ」
「カツさん……」
アルルは何をか言おうと、カツサムの顔を見上げるが。
「いいって、いいって。乗ってくれ。俺らは、まだちょっとこっちに後処理が残ってるから、しばらく居ないとなんだ」
「アハー、ありがとカツー」
「おう! そうゆうのは、まかせろ。じゃな! また」
快活に手を挙げて、部屋から出ていくカツサム。
「アルルさん……帰りましょう、ネ?」
ルビーはそう促す。
「……あ、ああ。そう……だな」
アルルは歯切れ悪く、そう返すので精一杯であった。
帰りの馬車には小さな英雄と、赤髪の吸血姫ゾンビの二人。
何処かに行ってしまった、エルフの少女と猫は勿論いない。
空は晴れ上がり、夏雲は遠近感を微妙に狂わせつつも、その存在感を示し。太陽は、そこらの木々に濃い影を落とす。
人数が減ってしまった馬車内は、静かにゆっくりと時が流れた。
時々にお互いの目が合うが、それだけだ。
小さな英雄は、特に何を思うという訳では無い。吸血姫も、流れる風景を見つめているだけで、言葉は特に発さない。
しかし、それはそれで嫌な感じと思う事はなかった。
無限ではない、有限の時がただ流れる。
「あっ、宿屋の窓……割れたままにしてたな……」
「……アハッ」
からからと、馬車の車輪の音がする。




