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第三部 3章 有限である事…… 002



 学長は目を剥いて、今起こっている現実を正しく把握しようと努める。

 その胸の内が驚愕の嵐だとしても、冷静に物事を捉えようとする研究者の(さが)で、脳みそを必死に動かした。


 加速の世界に到達したはずの我が子が、何処ぞの馬の骨とも知れない子供など、瞬く間に抹殺するはずだったのだ。

 が、何故いまだに涼しい顔をして立っているのか。

 鱗に覆われた自身の皮膚を掻きむしり、頭を回転させて今一度。

 深く回想する。

 ……

 …


 学長自らで奇跡の肉と呼称した、魔力さえ供給すれば無尽蔵に再生し続ける肉片。それを、ある筋から入手したのが数ヶ月前の事だ。

 自身の加速研究に関する、懐疑的な声を一片に吹き飛ばせる。そう思えるほどの、最高の素材だった。

 原理の解明には至らなかったが、その肉片自体が何かしらの意思を持っている様で、時折凄まじい反応を示す。

 そして数日前、これまでに無い程の活性化を見せたのだ。

 その時に偶然が重なり、加速する世界の一端を垣間見て、どれほどの歓喜を覚えた事か。

 貪る様に、学術魔法や錬金術やその他、色々な事柄を学び、長年研究して今に至るが。

 その全てが、無駄ではなかったのだと分かった時。その感動は、言葉では言い表せない。

 悲願の成就。それが間近に感じられるだけで、涙が溢れた。

 

 だが、次の日に現れた少年。その少年が持ってきた手紙を読んで、それまでの喜びが全て霧散する。

 ようやく、実現できるかと思われた矢先のアクシデントに、またかと呟いた。

 誰しもが、自身の夢を阻む悪魔なのだ。


 手紙には、学長宛でこうあった。

 ◆

  フレッドネア・イーベンゲェル現学長殿


  貴殿の研究の危険性を考慮した結果

  連邦法が定める所の

  連邦内の秩序を乱す可能性を認め

  それを行使する 

  よって速やかに家名と現在の地位を

  早急に破棄し

  イヤウア・ダート共和国の連邦本部まで

  速やかに出頭する事を伝える


  尚、これは命令である

  従わない場合は連邦法が定める所の

  武力行使を厭わない事とする


  追伸

  やあ、学長殿。何年振りかな。

  いよいよ、貴方の忌まわしき研究を潰せる日が来たよ。

  よくも長年に渡り、無辜の民を傷付け。

  隠れて人体実験を続けられたものだ。

  吐き気がするよ。

  僕は貴方が、昔から嫌いだったんだ。

  実行部隊に入れないのは至極残念だけれど。

  無駄な抵抗をする事なく、出頭してくれる事を切に願う。


  サイ・ダート国立魔法剣術学院、百二十一期卒業

  現・連邦監査部所属、一等上席

  封印指定預かり、準一級図書士

  ナーサ・ミ=ショーオ

    貴方の不出来な元生徒より



 学長は、読み終わった瞬間に手紙(ソレ)を破り捨てた。

 すぐに捕まえに来ない所を見ると、もはや外堀は埋められていると推測する。

 じわじわと悟られない様に、時間を掛けて計画された事なのだと。

 それで学長は、一気に追い詰められてしまう。


 だがしかし、その焦りがあり得ない思考に到達してしまった。

 まるで天啓のように、学長に降り注ぐ。


 ナーサも連邦も知り得ないだろう、奇跡の肉。そして、自身の破滅。血の結合。娘達。お家の取り潰し。もう、後は無い。夢。

 その全てが渦巻いて、加速していく。


 これは、小さな英雄のバッドステータスの影響だった。

 ーー因果改変:不利益。望むと望まざるとに関わらず、英雄にはどうしても降りかかる。何かしらの因果が、絡みもつれ合うのだ。


 奇跡の肉は、アルルとルビーが共闘して倒した破壊神。その、吹き飛んで細切れて消滅したはずの肉片だったし。

 肉片(ソレ)は、アルルを近くに感じれば、憎悪を力にして、頑張って活性化した。

 連邦内部の裏切り者によって、それは密かに学長に渡ったし。かの教団の後ろ盾が、そもそもフレッドネア・イーベンゲェル、その人でもあった。


 色々な因子が複雑に絡みあって、事態を悪い方向へと()()させて行く。

 どうしようもなく……

 

 学長は今一度、眼前の人間を見遣り言葉を吐く。

「貴様らは……なん、なのだ……」

 本来であれば、人間に知覚出来ない程の素早い高速移動が『超加速(ハイ・アクセル)』という、加速術なのだ。

 したがって、その術に対抗できる術は、『超加速(ハイ・アクセル)』しか無いはずなのである。

 が、そんな事とは露知らず。アルルは、結構早いな程度の気持ちで躱すのだ。

 学長にとっては、たまったものではない。


「やれっ! フレイにフレア! 全力だっ! 全力でそのガキを、今すぐ殺せっーー!」

 そう叫ばれた二つ頭は、再度力ある言葉を発して加速の世界に突入する。


 アルル目掛けた、炎の一撃。

 それを瞬間で躱すアルル。

 隣のルビーは、霧になって距離をとった。

 この加速の世界に、アルル達は難なくついて行く。

 身体能力のみで。


 ()()()()加速術を使えない学長は、それを見ている事しか出来ない。

 が、何かの動作が終わる度に、躱したと思しき少年と赤髪を確認して目を見開いた。

 驚愕と瞠目を繰り返し、その度に恐怖が増していく。


 二度、三度。

 常人では、知覚する事が出来ない攻防が切り返される。

 その度に、学長は黒い鱗に覆われた腕を振り上げ。

「やれっ! そこっ! 殺せっ! 殺せっーー!」

 と、叫ぶばかり。

 もはや、頭を使い分析する事を諦め。芽生えた恐怖を、ふるい落とす為に一生懸命に腕を振る。

 


 アルルは、抑えていないと胃液が逆流するのを我慢しつつ。二つ頭の攻撃を、避けていた。

 心が締め付けられる。

 ーーこれが……これが、親のする事かよ。


 もはや、トカゲと言った方が正しい相貌の赤と青の剣を持った異形の何か。

 しかし、髪型や目元が人であった時の面影そのままに、一つの胴に二つくっ付いている。


 アルルは特別な術を用いなくとも、身体能力のみで加速の世界に難なく馴染んでしまう。

 しかしそんな事など、分かりはしない小さな英雄。

 激しい攻防の最中でも、自身を責めてしまう。

 ーーこれも……オレのせいなのか? なんで……なんでだ!?

「くっ……」

 右に左に繰り出される、二刀の斬撃を躱す。

 攻撃が当たったわけでも無いのに、アルルは自然と呻いてしまう。


 ルビーは霧になったり、また人に戻ったり。どうしていいのか、答えを探せど一向に見つからない。

 アルル同様、苦々しい表情だ。


 構図としては、二対一。しかし、攻めるのは二つ頭一辺倒で、アルルは避けるのみ。

 今の所、一切の反撃をしていない。

 一瞬で決着が決まるはずの加速の世界に於いて、皮肉にも数分が経過しようとしている。


 とそこで、二つ頭が二対の剣を振りかぶった。

 加速中のほんの刹那。

「クッーー!」

 ルビーが人型に戻り、右手を斧に変化。

 二つ頭の左腕二本を、下から薙いで切断した。


「ゾンビっ!?」

 アルルは驚き、ルビーを見遣るが。

 ルビーは立て続けに、左手を大きな鉤爪にし、そのまま二つ頭の胴体を掴んで奥の校舎に突進する。

 大きな音と共に、二つ頭はルビーに胴を掴まれたまま、校舎にめり込んだ。

「ぎゃわぁぁぁああ“あ“」

 雄叫びを上げる二つ頭。


 すぐさまアルルは追い付く。

「お、おいゾンビ……」

「アルルさん……見てヨ」

 ルビーに促されて、視線の先の切り落とされた腕を見ると。二つ頭の腕は、すでに再生しかかっていた。


「なっ!? これは……」

 アルルは、再生(ソレ)に破壊神との戦闘を重ねる。

 心臓が急激に跳ね上がり、ずきんと痛い。


 ルビーは、霧になって避けるのと同時に、少しばかりの攻撃を試みていたのだった。

 そこがすぐに再生するのを見て、どの位の範囲なのか調べる為に。二つ頭の左腕二本を、思い切って切断した様だ。


「フレイちゃんに、フレアちゃんは……もう、無理かも」

 ルビーは暴れ出した二つ頭を、両腕でそのまま校舎に(はりつけ)にしながら言った。

「な、なんだよ……無理って」

 アルルも二つ頭を押さえにかかる。せめて、暴れて傷つかない様に。

 二人によって押さえられている二つ頭は、少しも身じろぐ事が出来なくなっていた。

「コレを見て下さイ……」

 ルビーは押さえ付けている手で、二つ頭の胴体を力任せに剥がす。

 文字通り、肉体の肉の部分を剥がしたのだ。


 アルルは、それを目の当たりにして、また胃から何かが逆流してくるのを感じた。

 剥がされた肉の内部は、骨やら内臓やらが剥き出しに。

 二つ頭は、声にならない悲痛な何かを絞り出して、絶叫する。


「お前……やめろ、やめろって! おいっ」

「アルルさん……ひっぺ返しても、二人はいないんです。着ぐるみを着てるとか……じゃ、無いんですヨ」

 剥がした所は、やがて再生した。

「え……?」

「モウ……これは。合成獣(キメラ)……です。二人は、助からない」

 アルルは、ルビーと視線が交差する。

 こんなに悲しそうな表情を、ルビーがするとは思ってもいなかったので、小さな英雄は息を呑む。


「ーーっ……」

 すると、押さえ付けている二つ頭から、かすかな。本当に(かす)かで、小さい声が聞こえてきたのだ。

「ぁ、ぁあ、ア・ル・ル……」

 幽かだが、まるで双子が同時に喋ってでもいるかの様に、輪唱している。


「え……?」

「フレイちゃん? フレアちゃん?」

 アルルにルビーは、その声を必死に捉える為に耳を澄ませる。


「ぉこ、……こ、殺・し・て……お、おねっ……が、イ」

 それはあの双子の。

 人間で無くなってしまった、あの双子の。

 自身の自我が完全に無くなってしまう前の、最後の断末魔だった。

 

 

 

 

  

 

 

 

  

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