第三部 3章 有限である事…… 001
投げ込まれた手紙の通りに、深夜のサイ・ダート国立魔法剣術学院に訪れる、アルルとルビー。同じ場所という指定から、学院の正門前に立つ。
しかし、人の影は見当たらない。
アルルは、一応の準備で軽鎧を着用したが、長剣は置いてくる。
深夜という時間帯でも、帯刀するのは憚れたからだ。
アルルの感じる何かしらの嫌な予感が、武器を持つ事で現実になってしまうのではないか。そんな思いも、あるにはあった。
ルビーは、特にいつもと変わらない真紅のローブを羽織ったのみである。
「同じ時間、同じ場所って書いてあったけど……ここでいいんだよね?」
アルルは、隣のルビーに話を振る。
「アハー、そうだと思うんですけどネー。なんの気配もしませんネー」
ルビーは、手を額に当て庇を作る仕草で、周りを見渡す。
やはり、何の気配も感じ取れなかった。
「アハー……それとも、校舎内に誘い出したいのかナー?」
「え、そうなの? 何で?」
「アヤー、うーん……あのゴミ親父が絡んでるかも。って思っただけなんで、特に何でかは無いんですけどネー、アハハー」
「ゴミって……まぁ、その。一応、人の親だし、そんなに言うなって」
「アハー、アルルさんは優しいネー」
と、そこで正門から遠くの校舎付近に、きらりと光が反射するのを二人は見る。
「なんか、一瞬光った?」
「エエ、光りましたネー。アハハ」
二人は見合って、逡巡した。が、程なくアルルは、諦めにも似た溜息を零し。
「行ってみるか、あそこに」
そう言って、頷くルビーといつかの如く、正門を超えて校庭へと入って行く。
校庭は、何処となく湿っぽい雰囲気を感じさせた。
風は吹いてはいるが、べっとりと纏わりつく様な、居心地の悪さをアルルに与える。
空には雲がかかって、月明かりは無い。
闇がそこら中に溢れている。
「あの双子の子達は……大丈夫、なのかな」
ぽつりとアルルが呟く。先程のルビーのゴミ親父発言で、二回程の邂逅しかないアルルでも、あの男と双子のこれまでの生き方を、何となく考えてしまう。
「フレイちゃんに、フレアちゃん……でスカ。あの親父ですからネー、色々と……大変でしょうよ。子は親を選べませんからネー」
「うん……そうだね。でも、結局は親なんだもんな……情はきっと、あるんだろうな」
最後の別れ際、父親に寄り添う双子が脳裏に浮かぶアルル。
「アハー、そりゃあね。あるでしょうよ……どうしようも無く、血で繋がってるんだから……」
アルルは、ふとルビーの顔を覗く。何処か寂しそうに半笑いだった。
「まぁ……ね」
何かを言おうとしたが、何も思い浮かばない。小さな英雄は、静かに口を紡ぐ。
しばらく無言で、二人は校舎の前まで来た。
と、そこで一斉に校舎の明かりが点いたのだ。
「「……っ!?」」
急な事で、同時に目を見開くアルルとルビー。
「あっはっはっは、あっーーっはっはっは、はっはっは!」
校舎の屋上に、黒い影が見えた。声の方向から、その黒い影が笑い声を上げている様だ。
黒い影は、屋上から飛び降りたと思ったら、アルル達の目の前にさっと着地をする。
「のこのこと……来た様だな、貴様ら。……はは」
黒い大きな外套を羽織り全身を隠し、背中には何やら華美な装飾の、二対の剣。
白髪をオールバックに、切れ長の目をした男は。サイ・ダート国立魔法剣術学院の学長。フレッドネア・イーベンゲェル、その人であった。
「え、ええと。そのー……こんばんわ」
アルルは、また会ってしまったという嘆息したい思いを抱え、取り敢えずで挨拶をする。別段、屋上からの登場は驚かない。
ルビーは、何処となく緊張した面持ちでむっつりと黙る。
「ふん、随分と余裕だな貴様達……だが」
学長の言葉に、いまいち容量を得ないアルルは、首を傾げた。
「はは、やはり惚けるのは随分と得意のようだ、あの女の使い魔は……」
学長の目はもはや血走っており、常人の雰囲気に無い。
そのツッコミ所の多さに、何をまず言葉にするべきかアルルは思考する。
「ええと……えぇ。いや……えぇ?」
やはり、何も出てこない。
いつもなら合いの手を入れてくれるルビーは、未だ黙ったままだ。
「ふふ……図書室の、あの女の忌々しい使い魔は、先程祓ってやったぞ……ふふ」
白髪の男はいやらしく勝ち誇った様に、にたぁと笑う。
ーーいや、だからさっきから、なんだこの人……
立派な大人であろう人物を前に、アルルは不気味で気持ち悪いという感想しか抱けない。
「オイ、おっさん……フレイちゃんに、フレアちゃんはどうした?」
ずっとダンマリを決め込んでいたルビーが、ここで口を開く。重めな口調だ。
「女ぁ……ふふ。ふはっ、ははははっ! フレイにフレアだと……?」
学長は不敵な笑みを零して、人差し指をアルル達に向ける。
否、その先……
「ほら、そこに居るじゃないか」
「ーーっ!?」
同時に後ろを振り返るアルルにルビー。そこには校庭が広がるばかりで、何も無い。
「あっはっはっは、ひゃーーっ! こちらだ、バカめ!」
学長は、自身の外套を翻し、その下のインナーすらを両手で剥く。
まるで、自身の体を晒すような変態行為だ。
だが、そのはだけた上半身から黒い何かがどちゃりと落ちる。
「……」
言葉を無くすアルル。
その落ちた黒い何かは、蠢いた後にゆっくりと形を成していく。
手が四本に、足が四本。頭が二つ。
異形の鱗が体を覆って、後ろに鰐の様な太い尻尾を生やし。腹に響く様な、重低音の唸り声を上げる。
分裂した様に見えるが、その元の学長自体も黒い鱗が体を覆っていく。
「見たかぁぁぁ……魔法防御に優れる蜥蜴人の体を触媒にして、奇跡の肉との混合錬金……その、集大成っ! あはっ、ひゃっーーーはっはっは!」
狂った様に笑う学長。その眼前で、二つ頭はのそりとその相貌を覗かせた。
尖った目鼻口に、もう人間でない事は明らかではあるが。やはり何処と無く、人であった時の面影は見て取れるのだ。
「うく……うっ、お“ぇっ」
アルルは、胃から逆流するものを我慢できずに、その場に吐き出した。
「あっはっはっはっはっぁ、あっーーっはっはっはぁ!」
黒い鱗に全て覆われた学長は、高く狂った様に笑う。
「……」
ルビーは無言で、自身の両腕を強く抱いた。わなわなと、肩が小刻みに振動している。
「貴様ら……いや、あの女や連邦議会。すでに分かって動いているのだろう? もはや私には後が無い……今日の爆破で、牽制したつもりだろうが……その前に全てを消し去ってくれる」
そこで学長は背負った二対の剣を抜き放ち、二つ頭に手渡した。
二本ずつある、左右の腕の片方で、それぞれの剣を受け取る。
「可愛い娘達よ……目の前の邪魔者を殺せっーー!」
号令と共に、二つ頭は雄叫びを上げて動く。
瞬きの間に、アルルへと詰め寄った。
が、アルルはそれを左に前転して避ける。
突っ切る形で二つ頭は、その後方。校庭の生え揃った芝生を削りながら、足を踏ん張り止まった。
「中々やるっ……ええい! もはや、短期で決着をつける! 本気を出せお前達っ」
最初の突貫で終わると思ったのか、学長は二つ頭の命令を変更して、再度叫んだ。
二つ頭は、低く唸り。両手に持つ、赤と青の二対の剣を掲げた。
剣を持たないそれぞれの手は、胸部で何かの印を結び。尖った口から、力ある言葉が次々と発せられる。
『超加速』『炎熱付与』『氷結付与』
赤の剣には炎属性、青の剣には氷属性が、それぞれに付与される。
そして、加速の世界への扉を開いた二つ頭は、幻影を残すほどの素早さでアルルへ跳躍。
刹那で間合いが詰まる。
炎の刃に氷の刃が、同時にアルルの首を目掛け、繰り出されたのだ。
アルルはそれを目で捉え、瞬間でしゃがんでそれを躱し。
すぐさまルビーの方向へ飛んで、距離を取った。
「アルルさん……」
「ゾンビ……」
そこで顔を見合わす二人だったが、お互いが苦しそうな表情だ。
「どうすれば……いい?」
どうしたらいいのか、アルルには分からない。
「アルルさん……」
ルビーの真紅の瞳に、いつもの力が無い。ゾンビに涙が出るのならば、ルビーはとうに泣いていただろう。
赤髪の吸血姫ゾンビは、眼前の二つ頭を見る。
「フレイちゃん……フレアちゃん……なんで」
ルビーのその呟きは、虚しく虚空に霧散した。




