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第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 017



 開け放たれた窓。

 争った形跡はあるが、激しくというよりはもっと、小型の何かが暴れた様な跡だ。

 宿に戻ったアルルとルビーは、そんな部屋を(つぶさ)に見て回って、一つ一つを見聞(けんぶん)していく。


 台所の隅に掛けていたはずの、アイーニャの包丁(ルビーが買ってあげた、二対の牛刀と出刃包丁である)が無い。アイーニャが腰に巻いていた、革製の包丁鞘も見当たらなかった。

 それ以外で無くなった物は、おそらくないだろうと二人は結論づける。


「え、なに……これ。マーコが飛び出して、アイーニャが探しに行った? 的な感じ?」

「……」

 アルルの問いに、ルビーは深く黙ったまま応答しない。

「え……? え?」

 アルルは、もう一度部屋中を見回す。ベッドは多少乱れ、家具の上の小物が落ちて転がる。ざっと言えば、荒らされ具合はその程度なのだ。

 

 ルビーは終始無言であったが、何かを思いついたのか。部屋に備え付けのドレッサーを開けた。

「ん? なにしてんの?」

「アハー、これ……アイーの、ですかネー」

 ルビーは、開けられたドレッサー(衣服はそれほど掛かっていない)の下に落ちている、一通の手紙を拾ってアルルに手渡す。


「え……何これ」

 アルルは、手紙を広げる。

 ルビーは文字が読めないので、無言で顎をしゃくって読むように促す。

「……」

 小さな英雄は、ざっと目を通した。そこには、なんだか丸っこい字で書かれた、公用文字が並ぶ。


 ◆


 敬愛するアルル様 ルビー様へ


  突然のお手紙申し訳御座いません

  少しのお暇を頂きたく

  この筆を取らせて頂きました

  どうしても解決しなくてはいけない事柄が

  起こってしまったのです

  それは沸々と

  いつもそこにあったのですが

  アルル様とルビー様のお世話をするという

  それを優先するあまり

  私はそれを後回しにしていました

  その決着をつけなければ

  私はもうアルル様やルビー様と一緒に

  居てはいけないのだと

  そう思ったのです

  だから私は決めなければいけませんでした

  

  申し訳御座いません

  かけがえの無いものと私自身が決めていた

  かけがえの無い仕事を勝手に放棄してしまう

  私の身勝手をどうかお許し下さい

  そして

  もし私がもう一度

  お二人のお側でお仕えできる事があれば

  その時があれば


  この命を貴方の為に使います

  今はただ貴方の為の旅をして下さい


  敬愛する アルル=エルセフォイ様

       ルビー=ペインバッカー様へ

      

    アイーニャ・レレア=フィーエルより愛を込めて


 そこで手紙は終わっていた。


「……何これ」

 アルルは読み終えて、ルビーに視線を移す。

「……アイー」

 ルビーは、それだけを呟き目を手で覆った。

「ゾンビ……どういう事なんだ?」

「アルルさん……」

 指の間から真紅の瞳を覗かせるが、弱々しいゆらめきを垣間見せて、すぐにまたさっと指で隠す。

  

「アイーは……もう、戻って来ないかもしれない」

 目を塞ぐ手はそのままに、ルビーは力無く言った。

「な、なんで……アイーニャ……」

「ワタシはバカだ……」

 ルビーはそう言うと、開け放たれた窓から霧になって、夜の闇へ消えていく。

「え、おい。ちょっと……」

 アルルは誰も居なくなった部屋に、一人残される。


「な、なんだよ……何が、なんで……」

 多少散らかった部屋の真ん中で、小さな英雄はぽつりとそれだけを呟く。

 これからどうするか、それを考えたが上手く考えがまとまらない。

 ベッドに腰を下ろして、一呼吸。

 それでもアルルは、何も思い浮かばなかった。

 そのままこてんと横になって、目を瞑る……


 彼女(あのこ)は言った。ーー猫って家につくんだって。

『家につく? どういう事だろう……』


 彼女(あのこ)は言った。ーーうーん、好きなのは家って言う環境で、人では無いって事かな。

『そうなの? ふーん、人の恩は三日で忘れるって言うものね』


 彼女(あのこ)は言った。ーーそんな事はないと、私は思うけどなぁ。

『そうなの?』


 彼女(あのこ)は言った。ーーそうなの。だって私は猫好きだからね。

『うん、知ってる。そして、オレは君が好き』


 ……

 …


 ふと、目が覚めるアルル。外は今日も夏雲が漂う、快晴だった。

 何かの夢を見たが、それが何か思い出せない様子で目を擦る。

「なんだろう、とっても懐かしい感じが……」

 目のまわりがしっとりと濡れていたが、構わず拭う。


 すると、開けたままの窓から、ふわりと霧が舞い込み形を成す。

 夜の闇に紛れて消えていった、赤髪の吸血姫ゾンビのルビーであった。


「ゾンビ……おい」

「アハハー、アイーを……探せないかと、思ったんですがネー」

 ルビーは、乾いた笑いと共に頭を掻く。

「それだったら……言えよ。オレにも……」

「アハー、アルルさん……アハ。……ごめんネ」

 水を打った様に、静まり帰る部屋。


「……その、アイーニャを誰か見てないか、街の人に聞いてみるか。あ、あとマーコも誰か見てないかな」

「アルルさん……。そうですネー、そうしまショウー。マーコの方も……そうですね、それもアリですかネー、アハハー」

「じゃあ……着替えて、早速行くか」

「アハー」


 二人はアイーニャとマーコを、誰か目撃していないかの聞き込みを始める。

 結果だけを言えば、三日間ほど街で聞き込みをしたが、何一つ有力な情報は得られなかった。



 ◆サイ・ダート国立魔法剣術学院、その地下研究所にて◆


 男は、激しく焦燥していた。

 普段であれば、白髪の髪を綺麗にオールバックで纏めているのだが。髪はまばらに、あちらこちらへ乱れている。


「くそっ、くそっ! ナーサめぇ……あの女狐が」

 ここ最近の議会内部への横槍や、摘発。それらを頭によぎらせ、男は苦々しく拳を握った。

「このままでは……」

 男はちらりと自身の研究に目を向ける。

 時間は無い。それだけが今、男の考えを圧迫して焦燥を加速させていく。


「私は間違ってなどいない……私は間違ってなどいない」

 ぶつぶつとそれだけを呪文のように唱えて、机に置いた自身の論文を開いた。

 そこには、加速術に関する論文とデータ。魔法剣による肉体の負荷と、人種族の肉体的な限界突破に関する論文が記載されている。


「うぅ……ぐぐ、これで。なぁ? いいんだよな? お前達……私は、間違ってなどいないよなぁ……ふふ、あっーはっはっはーー!」

 男は、情緒が壊れていた。徹底的に……

 泣き出したかと思えば、急に笑い出すのだ。


 目の前には、大きなフラスコ(大の大人でも、悠々に入れる程の大きさである)に並々と、緑色の溶液が満たされていて。こぽこぽと音を立てている。

 そして黒い大きな影が、そのフラスコ内の溶液の中を、静かに漂っていた。


「くくく……魔法剣の最高到達点。超加速と無尽蔵の魔力供給……その混合(ハイブリット)。いいぞぉ……いいぞぉ」

 男は、この研究の最終段階に進む。

 魔法剣術学院が掲げる理念である所の、剣士一人の戦術幅を広げる為の戦略。

 その最も分かり易い最高到達点。

 一個人で、国を相手取れる程の戦力を有する。という、夢想を……

 男は、幼い時から夢見ていたのだから。


 巨大フラスコに近づいて、恍惚の表情でそれを撫でる。男の目にはもはや、何も映ってはいなかった。

 ただただ暗い深淵が、光を吸い込んで暗く黒く。その男の瞳に宿っている。


 テーブルの上には、怪しく蠢く()()()()()()()()()()()が、浅い容器のシャーレに入っていた。


「ナーサの小間使いのガキめ……何を探しているのか。大方、予想はつく。ーー私の研究の成果だろう……くくっ、だがっ!」

 男は再び、笑う。大声で、狂ったように笑うのだ。

「あっーーっはっは、あひゃーーーはっはっはぁーー!」

 

 そこでぴたりと笑うのをやめて、巨大フラスコをまた撫でる。優しく、慈愛に満ちた所作で何度も撫でた。

「ああ……もうすぐだ。もうすぐだぞ……フレイにフレア。私の悲願を……分かってくれるのは、お前達だけだ」

 可愛い娘達よ……そう言って男は、研究所のさらに奥に入って行った。

   

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