第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 016
「何を……している?」
その男は、冷たくそう言い放つ。
何故か冷気が噴き出ている部屋を背にして、白髪でオールバックの男。サイ・ダート国立魔法剣術学院の学長は、アルルと我が子をその細い目で睨む。
アルルが会った時の、ぱりっとしたスーツではない。白衣を思わせる様な、真っ白な衣服だ。
「お、お父様……なん、で……?」
なんでここにいるのか。その言葉が出て来ずに、フレイとフレアは同時に固まってしまう。
学長はぎろりと双子を一瞥し、我が子が体を小さく震わすのを見ると。すぐそばに居る、アルルへと視線を移す。
「貴様は……確か、ナーサからの手紙を……」
ぎりぎりと、歯軋りの音が聞こえた。
「何故だ……何故、ここが分かった……」
アルルは一瞬、こことは何処を指すのか分からなかったが、隠された階段の事かと思い。
「あー、いえ。分かったというか、勝手に開いたというか……」
「そんな訳がないだろうっ!」
学長は、声を荒げる。
初めに会った時の、紳士然とした振る舞いは一つも見受けられない。
「いやぁ……と、言われましても」
アルルは、なんと返せばいいのか分からず、困り顔をする。
「貴様……惚け方も、あの女仕込みという訳か……?」
ーー惚けるも何も……ほんとに、勝手に開いたんだって。ええぇ……こわぁ、何この人。
学長の目は血走り、狂気じみた瞳でアルルを見据えるが。アルルは少し猫背のまま、指で顔をぽりぽりと掻く。
「お、お父様っ」
震える声で、フレアが呼び止めるが。
「黙れっ!」
学長は怒声と共に、手近な壁を叩いて大きな音を出す。
双子は途端に、ぎゅっとお互いを支え合うように縮こまる。
まるで、条件反射かの様に。
「お前達が、何故ここにいるのかの尋問は後でしてやる。お前達はそこで、何も発さず黙っていろ……いいな?」
オールバックに纏めた前髪が少し乱れ、何本かが額にかかる学長。何処となく、焦っている様にも見受けられる相貌だ。
「……」
アルルは、萎縮している双子を見て、心が棘棘しくささくれ、全身が粟立つのを感じた。
「こいつ、なんかムカつくナー」
霧になっているルビーは、アルルに聞こえる程度の声を上げる。事態を俯瞰するべく、霧の範囲を広く取っていたのだろう。
「ああ……」
アルルは、ルビーに聞こえる程度に声を絞り、短く頷く。
「貴様、ナーサの差金だろう? 私に圧をかける為の……ま、まさかっ! ここ最近の議会内部の摘発も貴様の仕業かっ!?」
学長は、何かと何かを紐付けた様だが、アルルには全く何を言ってるのかが分からない。
「え、その……議会? とかはよく分からないですが、ナーサさんとは……まぁ、友達……ですかね。昨日渡した封筒も、中身は見ていません。誰かに渡してくれと言われただけなので」
この会話のすれ違いは、なんとなくフレイを想起させるなぁとアルルは思う。が、この男とフレイを比べてしまえば、フレイの方が遥かにマシなのでは。とも同時に思ってしまい、ふっと笑いが込み上げてしまう。
「き、貴様っ……何を笑って。いや、やはりナーサの手先なのだろう、貴様っーー!」
何をどうして、そこまで激昂するのか。学長は口角から泡を飛ばして、アルルへ言い寄る。
そして、手をかざして何かしらの呪文を呟く。すると部屋の奥から大剣が飛んで来て、その手にすっと納まったのだ。
「そんなっ!?」
見ていたフレイが声を上げ、割り込む様にアルルと学長の間に割って入る。
「お、お父様っ! それはっ、駄目です! 彼はっ」
「黙れといったはずだっ!」
学長は左手の甲で、我が子の頬を張った。もはや、裏拳に近い。
「あっ……っ!」
フレイは堪らずその場に転げ、肩と膝を同時に床に打ち付ける。
「あ、ああ……お姉ちゃんっ!」
呆然としていたフレアは、ここで硬直を解いて急いでフレイの元に駆け寄った。
お姉ちゃんと連呼して、体をゆする。その呼び声は、すでに涙声だ。
「フレア、お前も邪魔をするなっ!」
学長は、姉を介抱しようとする妹に目掛け、平手打ちを繰り出す。
「やめっ!」
アルルはそれを止めるべく、瞬間で動き出した。が、その必要はなくなる。
「な……な、な!?」
驚愕の表情で、眼前を見つめる学長。フレアに向かって振り下ろした平手は、すんでの所で掴まれてしまったからだ。
霧状態を素早く解除し、人型に戻ったルビーによって。
学長の平手は、止められていた。
「な……な、なんだ貴様はっ!? どこにっ! な、なんだこれはっ!」
急に、眼前に人が現れたのだ。学長の驚きは真っ当だろう。
「オーイ……娘に手を上げる、親がいるかヨ」
ルビーは、いつもと違う低い声のトーンで、学長の手首を掴んだままにそう言った。
「な、なんだっ貴様は!? 誰だっ! くっ、離せっ。離せっ! ぐっ!? ぐあぁぁーーーっ!」
悲鳴を上げる学長。ルビーは、掴んでいる手首を力任せに握ったのだ。
苦しそうに踠くが、赤髪の吸血姫ゾンビは微動だにせず、さらに手首を締め上げる。
「ぐぁああああ“あ“ぁっ!」
苦しむ学長は、右手で持っていた大剣を落とす。がらんがらんと、部屋中に大剣の落ちた音がこだました。
「お、おい。ゾンビ……もういいって、やりすぎだ」
ルビーを嗜めようと、アルルが肩に手をかける。
「アルルさん……こういう奴って、ワタシ……許せないんですヨ」
いつになく、真剣な表情のルビー。その瞳は燃えるように紅いが、何か寂しい色も混ざって見える。
「ぐぁああああっ!」
さらに締め上げるルビー。
「おいっ! やめろって」
アルルが、力ずくでも止めようかと考えた矢先に。
「「ルビーさん! やめてぇぇぇ!」」
フレイとフレアが同時に叫んで、ルビーに縋り付く。
「ルビーさん! だ、大丈夫だからっ! お願いっ……お父様を……」
「私達は大丈夫だからっ! お願いルビーさん! お父様を……離して……くだ、さい……」
双子はすでに大粒の涙が、滝のように頬を伝ってぐしゃぐしゃに濡れている。
「フレイちゃん……フレアちゃん……」
泣きじゃくり、必死に止めようとルビーに縋り付く二人。それを無言で見つめてから、ふぅと息を吐いて、ルビーは学長の手を離した。
「ぐぅぅっ……」
学長は床にうずくまり、肩を小刻みに震えさせる。そこに双子は、駆け寄っていく。
「お父様っ……」
「お父様っ」
父の体を、労る様に手を重ねる双子。
それを見てルビーは、バツが悪そうに笑った。
「アハー、アルルさーん……いやー、アッハッハ。ハ……。帰り、ましょうか?」
「ゾンビ……」
アルルは、ルビーの肩をぽんぽんと優しく叩いて、踵を返し来た道を歩き出した。
ルビーもそれに続き、歩き出す。
「アハー、できれば頭をポンポンして欲しーですネー」
「え、それはヤダ。なんでオレより背の高い奴を……」
「エエー、モウー。ケチだなアルルさんは……アハハー」
うずくまる父と、それを介抱する娘二人。その三人をその場に残し、アルルとルビーは帰路につく。
長い階段を登り教室を出て、校庭まで戻った二人は振り返って、校舎を見遣る。
古めかしい趣のある建物を、もう一度視界に収めてアルルはぽつりと呟く。
「結局……あの隠し階段とか、その下の施設とか……なんだったんだろう」
そして、自身の感じたあの言い知れぬ不安感は。そんな事をアルルは思う。
「アハー、ワタシにもサッパリ……アハー、早く帰ってアイーに頬ずりをしたいですネー、アハハー」
「いや、寝てるだろ……やめとけ、そんな迷惑行為」
「エエー、じゃあアルルさんが添い寝して下さいヨー」
「絶対にヤダ。それにお前、寝なくて平気なんだろ」
「ちぇ……イジワル」
二人は、他愛のない会話を続ける。
不思議とアルルは、ルビーとのこんな会話は久しぶりな気がして、なんとなく楽しく感じた。
ーー明日は、三人で何処かに出掛けるのもいいな。有名な料理店とか、アイーニャ喜ぶかな……。
と、そんな事を思って、小さな英雄は自然と口角が上がる。
これまでの学院での出来事は、さっさと忘れ去りたいかの様に……
二人が宿に戻ると、アイーニャは何処にも居なかった。
そして、猫のマーコも何処にも居ない。
エルフと猫は、部屋の何処にも居なかったのだ。




