第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 015
隠された階段は、教室の奥にある黒板の下。教諭が登壇する為の台が、真っ二つに割れて出現した。
歯車がゆっくり動くような駆動音を伴って。
アルルにフレイ、フレアの三人は、無言でただ起こった現象を見ている。
ふらっとルビーは三人に近づき。
「アハー、これはこれは……。噂の真相が暴かれる時が、来たのかもしれませんネー」
「噂の真相……? いや、これはなんかヤバいって。帰ろう……帰りましょう。その……二人とも、ね?」
アルルは、隣で食い入る様に魅入る双子にも、自分なりの警鐘を鳴らす。
「フレア……ねぇ。こんなの聞いた事も、見た事もないわ」
「そう、そうだね。私も……こんな……」
双子には、アルルの言葉は届いていない。そして、階段から視線を逸らせず、会話は続ける。
「お姉ちゃん……これは私達が、ちゃんと確かめに行かないといけない気がするの」
「……フレア」
フレイは、言い知れない恐怖を感じ、また強く自身の両肩を抱くが。妹の真剣な眼差しを捉えて、少しの思案に入る。
「フレア……そうね、そうなのかもしれない。イーベンゲェル家の私達が……知らないといけない、事なのかもしれない……」
もはや双子は、この階段の奥に行く事を決めているかのような会話だ。
「アハー、フレイちゃんにフレアちゃんがそう言うなら、ワタシも行きますヨー」
ルビーは軽薄そうに、双子に同調している。様に、アルルには見えた。
「おい、ゾンビ。それは……ダメ、だって。それよりも二人を説得しようよ」
実際的に、何が駄目なのかの論拠は出せない。そして、兎に角この先へは、進んではいけない。という、不安を全面に出すアルル。
「アハー、アルルさん。心配しないで下さい……アルルさんの危惧も分かるんですが。何かあった時の為に、一緒に居る意味はあるでショウー?」
そうなのか? そんな疑問がアルルの頭をもたげる。
「いや、でも……」
「アハー、二人はもう、ほら。階段を下り始めてますヨー」
「えっ?」
ルビーの指が示す方向を見ると、すでに双子の姿は無く。制服のスカートの端が、階段の奥の闇に吸い込まれていく所だ。
「あ、ちょっとっ二人とも。だ、ダメだってっ」
アルルは声を掛けつつ、二人の後を追いかける。
それを見てルビーは、自身を霧に変化させて、アルルへ素早く纏わり付く。
こうして一行は、小さな英雄が抱く一抹の不安を他所に、闇の奥へと足を運ぶ。
その階段は想像以上に深い。そう思わせるのが、音の反響具合だ。
出た音(靴の音)が、ただただ遠くに吸い込まれる様に響くのが、その階段の深さを不明瞭にして、尚且つ一層不気味さを演出している。
人が二、三人ぐらいは並べる幅はあり、明かりなどは無い真っ暗闇。すぐさまアルルは、双子に追い付く。
「来たのね……あんた。『火照明』」
フレイの力ある言葉と共に、松明がわりの魔法が発動。あたりをそれなりには、照らし出す。煌々と……
「その、止めた方がいいですよ。何かは分からないですけど。その……良くない感じがするんです」
魔法の照明によって、前後左右の把握はしやすくなる。明かりのついた先、そこに居るフレイに、アルルは再度忠告をする。
「わかってるわ、そんなの。でも……」
言い淀むフレイに変わって、フレアが続けた。
「アルルさん……これは、確かめないといけないんです。私達の家は、代々に渡って学院の存続に関わって来たんです。そんな私達でも、こんな隠し通路があるなんて……実際に見ても、まだ信じられない位なのです。なので……確かめないといけないんです」
「そうね、フレアの言う通りよ、アルル。ん、……あれ。ルビーさんは?」
双子は、さも真剣な表情を帯びてアルルに訴えかける。が、霧状になってアルルに纏わり付くルビーには、気付いていない。
「アハー、皆さんの近くにいますヨー、ワタシはー」
霧のまま、そう告げたルビー。
「「え!?」」
急な声に驚いて、双子はあたりを見回す。しかし、何処にも見当たらない。
「アハー、現在は霧になる魔法を使って、皆さんを守ろうとしていまスー」
ルビーは、説明を省く為に敢えて魔法という言葉を引き合いに出す。実に雑な説明をしたが、双子の想像力を掻き立てるのには役立った様だ。
「霧……に、なる魔法?」
同時に首を傾げて、訝る双子。
「アハー、そんな感ジー」
「な、何その魔法……もしかして、超位冠を行使できるとでも言うの!?」
「アハー、そうですそうでスー。言ってなかったけど、アハハー」
また適当に相槌を打って、ルビーは手だけ元に戻し、頭があるべき虚空で頭を掻く様な仕草をした。
超位冠とは、元位冠(アルルが過去に使った魔法で、エルフの国等を破壊せしめた)の下の位に当たる。
「「すごっ!?」」
双子は、照明魔法の薄明かりの中、それを見て驚嘆する。
「まさか、そこまでなんて……」
「いや、お姉ちゃん……やっぱり世界は広いよ。私達は何も知らない子供なんだよ、悔しいけど。でも、今よりももっと頑張って、そこに……遙かな高みに行こう。ね?」
「うん、フレア。そうね……」
納得した風に、双子はお互いで寄り添い、励まし合うようにお互いの手を繋ぐ。
そんな光景を見ていたアルルだが、やはり不安はどんどんと大きくなる。
なので再度、止めるよう呼びかけた。
「何バカ言ってるの、あんた! 何度も言わせないで! 行くったら行くの!」
と、罵倒されてしまう。
「アハー、アルルさーん。多分二人は、止まらないですヨー見た感じ。なのでワタシが霧となって、二人に何か起きたら、すぐ対応できる様に近くにいます。だから、ネー? アルルさーん」
ルビーは、アルルに耳打ちをする(霧の状態で)。
「いや、そもそもオレも、なんとなくと言うか……うーん」
「アルルさんも、実際気になりませんカー? この下が……」
「いや、それは全然ない」
かぁーー、つまらん男。と、ルビーに吐き捨てられたアルルは、内心でうっせぇと毒づく。
霧状の何かが、自身の周りから双子の方に移動して行くのを肌で感じ。アルルは、はぁと溜息を零す。
ーーくそぉ……行くしかない、かぁ。
どんどんと先に行く双子と、魔法の照明を見つつ、アルルは仕方なく付いて行く。
永遠に続くかと思われる程、下に下に続いていた階段が終わった時。そこには、通路があった。
何処から湧いているのか、はたまた引いているのか。
通路の両脇には水が流れている。
「……」
双子は無言で、あたりを見回す。
着いた先には明かりが灯されていて、何かしらの人の痕跡が見てとれる。
ここでフレイは照明魔法を切った。
通路の先には、古めかしいが立派な鉄の両扉がそびえ。所々、掠れて消えているが、何かしらの意匠が施された跡が見える。
「なんなの……本当に、なんなのここは……」
フレイがポツリと呟く。それを見て、フレアも固唾を飲んで頷いた。
双子が両扉に手を掛けて、開けようとした時に。
「アハー、手伝いまショウー」
双子の周りに霧になって纏わり付いているルビーは、腕だけを顕現し、一緒に扉を押す。
ぎぎっと、いかにも古そうな音を立てて、扉は開かれる。
開けた先に歩を進めると、そこは何かを研究しているらしき痕跡が、そこかしこに散見される部屋であった。
いわゆる研究室だろう。フラスコや、その他大量の蔵書。用途不明の管がそこかしこに生えており、乱雑として煩雑としていて。一言で表せば、汚い部屋である。
「なに、なんなの……」
「お、お姉ちゃん……これ!」
フレアが、乱雑に重なった蔵書から何かを見つけたらしく、声を上げた。
「……」
アルルは無言のまま、フレアの方へ近づく。
「お姉ちゃん、これ……加速論文と、魔法剣術の限界値突破の論文、だよ……」
「え? お父様の……論文? なんでこんな所に?」
もちろんアルルにはさっぱり分からなかったし、ルビーも同様だろう。
何かしらの不穏を宿らせた瞳で、お互いを見合うフレイにフレア。
と、そこで扉の開く音がする。
入って来た扉ではない。部屋の反対側の扉だった。
アルル達は、部屋の物色に気を取られていて、まだこの先に部屋の続きがあるなどとは思ってもいない。なので、驚きと共に一斉にそちらを向く。
緊張が走る。
息をのむフレイにフレア。
アルルは双子の前に出た。
ルビーは霧状のまま、双子を中心に霧の範囲を狭める。
奥から、こつこつと床を鳴らして、一人の人物が姿を現した。
フレッドネア・イーベンゲェル。
サイ・ダート国立魔法剣術学院の現学長。そして、フレイとフレアの実の父親でもある。それが、扉から現れた人物だったのだ。




