第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 013
「夜の学院なんて……初めてだわ」
集合してまず、フレイは正門とそれに連なる遠くの校舎を交互に見遣って、呟いた。
「うん、そうだね。なんか……正門だけでも違った風に見えてくる。別物みたい……」
フレアも姉と同様に、感慨深げに自身の通う学院全体を、上に下に眺めている。
「アハー、そうですネー。違った角度で見る、普段見慣れたはずの景色。それが死と恐怖、淡い期待と静寂。そういったものを内包する夜と混ざり合い……特別に。ワタシ達を包み混んでイルー」
ルビーは、腰に手を当て決めポーズをとった。
ーーなんだそれ……。と、アルルは内心でツッコミ、ぼんやりとその夜の学院を視界に納める。
そもそも日中から、夏休みで人の気配の無い学校なのだ。夜の学校だなぁ、ぐらいにしか思わない。
「じゃあ、早速いきましょうか。いい? アルル! あんた、もうちょっとシャキッとしなさいよね」
小さな英雄を叱咤して、フレイは正門に片手を掛けて、颯爽と飛び越える。
胸までの高さしかないのだ、容易くフレアとルビーも後に続く。
「はぁ……」
短く嘆息を漏らし、アルルも正門をよじ登った。
一行は、特に忍ぶ訳でもなくそのまま校舎前まで到着。
「ルビーさん、屋上の範囲は……大体ここから、ここくらいまでです」
フレアは、屋上の位置と範囲を簡単に説明する。
「本当に……みんなで一緒に屋上に上がれるの、ルビーさん?」
フレイは、ルビーのその方法とやらは半信半疑の様だ。隣の妹も、実際の所はそうだろう。
この場でルビーを除くと唯一、アルルのみがその方法を知っている。
ーーまぁ、またどうせ抱えて飛ぶんだろうな。
「アハー、安心なさいナー。みんなこっちに固まってくれるカイ?」
訝りながらも双子は、指示の通りにルビーの眼前へと行く。アルルは、どうしようかと考える。
ルビーがどうやって運ぼうとしているか、分かっているからだ。
「ゾンビ、往復するでしょ?」
「アハー、めんどい」
「いや、往復しろよ」
「イヤ、めんどい」
「……おい」
「ちょっと、何言ってるのよあんた。いいから、ルビーさんが言ってるんだから、黙ってこっち来なさいよね」
アルルとルビーのやり取りは、フレイにとって意味不明だったが、埒が明かないとアルルを促す。
「……はぁ」
同じやり取りを三往復ほどして、このままでは無駄な時間がずっと続きそうだと。ここでアルルは諦め、溜め息と一緒に双子のそばに寄った。
これで三人は、ルビーの眼前にようやく集まれる。
「アハー」
ルビーは、ざっと目の前の三人を一緒くたに、その腕で包み込む。
「なっ!?」
「えっ! ちょっ!?」
フレイにフレアは、やはり驚きの声を上げた。
それも仕方の無い事だろう。事前の説明が無い上に、唐突なのだから。
三人は、一つに纏められた薪束の様に、ルビーに抱えられ。アルルは、双子に挟まれる形になってしまっている。
息遣いが十分に聞こえる、そんな至近距離にお互いの顔があるのだった。
急激に密着させられて、慌てふためき踠くもルビーの腕力を振り解く事は、双子に出来る事では無い。
「なっ! 何!? ちょっと!」
「お、お姉っ!」
双子は困惑の中に。
アルルは、ルビーも入れれば三人の女性に挟まれている事になるが、はぁとまたぞろ溜息をつくのみで、じっと動かず身を任せる。
ルビーの背面より、漆黒の翼が展開。
地を蹴って、上に。
三人の薪束を抱えて、ルビーは漆黒の夜空へと飛んだ。
「「きゃぁぁぁぁっーーーーー!」」
双子の絶叫は、夜の帳にこだました。
アルルはじっと、まんじりもせず。挟まれながらも、上昇していく景色を見ていく。
ぼんやりと……
ぼんやりと、半年前の夜空の空中遊泳を思い出していた。
自分がした事、出来た事、その後の顛末。死んだ人。エルフの国。死んだ山。ハロックおじいさん。
色々な思いが一瞬で去来し、映像が順々にフラッシュバックしていく。
自分が動くと、何かがどうしようも無く動いて変わってしまう。
まるで水面の波紋の様に、広がっていって。そして、何かを壊してしまう。
そんな懸念や思いが、またルビーと共に空を飛ぶ事によって否応無く、脳裏に浮かぶ。
浮かんでしまう。
ずくりずくり。
ドス黒いシミみたいな不安が、じわりと胸に広がっていく。
ーー何かが違う……。
そう思っても、何が違うのかアルルには分からない。
そもそも、何が正しいのかもアルルには分からないのだ。
ただ、今まで起こったどんな結果も望んでなどはいない……
『異世界に転生したかったワケではないのだから』その言葉だけがいつも、アルルの頭の中に寄せては返す。波の様に何度も……
そんな刹那の逡巡のうちに、ルビーに運ばれて屋上に到達する。
屋上の広さは、大体校舎の面積の三分の一程度だろう。大きな鉄製の給水タンクが設置されている。他には、こじんまりした出入り口があるだけだ。
音も無く降り立ったルビーは、三人を離す。
「ちょっと、あんた! どこ触ってんのよっバカー!」
屋上に降りるなり、フレイはすぐさまアルルの頬を引っ叩き。そして、うずくまってしまう。
「痛ぁっ……!」
叩いたアルルが強靭すぎて、逆に手首に反動が返って少し痛めたのだ。
「え? その……触ってない、です」
アルルは弱々しく反論するが。
「絶対触った、このエロガキアルル! 絶対に触った、触った、触ったぁーー!」
「そ、そんな……理不尽な……」
痛くもないし、叩かれた驚きも無いが。どこも意識的に触ってないのに、意識的に触ったと騒ぐフレイには驚くアルル。
「お、お姉ちゃん! 違う、そこじゃなくてっ……お姉ちゃん!」
屋上に立ってから呆然としていたフレア。我に帰って、姉に飛びつく。
「フ、フレア……?」
「お姉ちゃんそこじゃないよ。私達、飛んだんだよっ! 空をっ!」
「そ、空を……?」
双子はそこで、ルビーに視線を送った。
「アハー、実はワタシ……空を飛べるんですヨー。アハハー、びっくりしター? なんちゃっテー、アハハハ」
手をピースの形にして、胸を張って笑う赤髪の吸血姫ゾンビ。
ーー何がなんちゃって、だよ……。
その惚けた感じのルビーが、気に入らないアルルではあったが、話の風向きは変わったので良しとする。
双子は即座に詰め寄って、質問の嵐をぶつけていく。
「ルビーさん! い、今のはっ!」
「アハー、ワタシ飛べるんでヨー」
「ど、どうやって人が飛んだって言うの!?」
「頑張って飛ぶんですヨー、アハハー」
「が、頑張って!?」
「ソウソウ、この世界頑張って努力したら、案外飛べるんですヨー」
「そんなっ……努力でどうにか……」
「アハー、やってやれない事は無いんですヨー。何事も諦めず、努力すれば必ずやれる! って感ジー? アハハー」
「ど、努力……」
「努力……」
どこをとっても無責任なルビーの発言であったが。ここで双子は、お互いの顔を見合って目配せをする。
「フレア……高みはある。そして、それは……」
「うん、お姉ちゃん。そうだね……努力すればきっと」
なんとなく答えを見つけた様な、そんな悟りを開いた様な顔つきになる双子。
「……」
ーーな、何がー? と、疑問符だらけのアルルは。取り敢えず、叩かれても痛くも痒くも無いはずの頬を労って、撫でるのであった。




