表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/167

第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 009



 開け放した窓から、緩く風が流れてレースのカーテンが揺らめく。

 日向ぼっこをしている猫のマーコは、窓の欄干で小さく丸くなったままで、短い体毛が微かに揺れる。

 そして、鳥の(さえず)りがその風に乗って、寝息を立てる小さな英雄にまで、そのささやかな歌を届けた。


 ふと目を覚ましたアルルは、ベッドから身を起こし、ぼやけた視界で部屋を見回す。

「あふぁ……」

「アルル様、おはようございますぅ」

 アイーニャはベッドの少し先、リビングの壁際のソファーに座り洗濯物を畳む。そして、その手を止めてアルルに挨拶をする。


「アハー、起きましたかアルルさん」

 ルビーは、そのリビング中央にあるテーブルで、透明のコップに注がれた葡萄酒を飲みながら、にかっと笑ってその特徴的な八重歯を覗かせた。

 種族固有の縛りで眠れないルビーは、基本暇な時は酒を飲んで時間を潰すのだ。

 だがそれも、毒に耐性があるゾンビは酔う事は無い。

 アルルは、何時も不思議に思っていたから「酒を飲む意味があるのか?」と、聞いてみた事がある。が、雰囲気で酔えるんだとルビーは言ったので、そっかと返してそれきりだ。


「あぁ、おはよう……」

 アルルは、さて今日はどうしようかと考えながら。ベッドの下から、自身の靴を出して履いた。

 

 と、その時。

 玄関の扉が荒々しく開かれ、顔を真っ赤にしたフレイ・イーベンゲェルが、なんの躊躇もなく飛び込んで来たのだ。

「ちょっと、アルル! 今、何時だと思ってるのっ! このアンポンタン! 朝の八時って、約束したじゃないバカ!」


 寝起きの脳みそに、その良く通る声は凶器だとアルルは思った。目が霞む。

 ーー誰も、ドアを閉めなかったのか……

 一瞬の眩みを経て、声の元凶に目を向ける。

 するとアイーニャが包丁を片手に(昨日、ルビーと一緒に食材ついでに買った物だ)、フレイの眼前に突きつけている光景を目の当たりにした。


「え、アイーニャ……?」

 いつ包丁を出したのか。なんで包丁を突きつけているのか。それは、急にノックも無く突入してくるフレイもだが、現状の光景は寝起きの頭では追いつかない。


「ちょっと、何よこの子。物騒な物突きつけるじゃない」

「お姉ちゃーん。流石に知り合いだからって、急に入った、ら……え?」

 後から姉の愚行を嗜めつつ、入って来たフレイの双子の妹。フレア・イーベンゲェルも、その光景に思わず言葉を止める。


「アハー、なんだか楽しそうですネー」

 からからと笑い、気にせず葡萄酒を煽るルビー。いや、お前もどうにかしろよとアルルは思ったが、一旦落ち着く必要を感じた為。

「あ、アイーニャ……取り敢えず、この人達は大丈夫だから。ね? 包丁は人に向けるもんじゃないよ、魚とか肉とか野菜とか。ね? だから……」

 まずは、アイーニャに包丁を納めて貰おうと、包丁の存在意義を引き合いに出してみるアルル。


「はぁい、アルル様ぁ……」

 包丁の存在意義を、アルルがアイーニャに説得できたかは置いておくとしても、アイーニャは素直に、その矛を収めた。

 手の中で器用にくるくると回し、腰の後ろに装備した二対の鞘の片方に、その包丁を素早く戻す。 


 アルルはぎょっとした。

 アイーニャの腰の後ろに、ばってんの様に交差して()()された二対の鞘。そこに収まっている、二対の包丁に。

「え? アイーニャそれ……」

 昨日の時点では、アルルは全く気が付いていなかった。

 基本、正面でしか話をしなかったからだろう。


「あ、えへへぇ。昨日ルビー様に買って貰っちゃいましたぁ。中々の業物みたいなんですぅ」

「アハー、アイーの為に奮発しちゃいましたヨー」

「え、ゾンビお金持ってたの!?」

「アハー、まぁねー。アハハー、毎夜毎夜アルルさんの財布から、少しずつへそくりしてた甲斐がありましたヨー」

「ちょっと、待てお前っ」

 アルルが、ルビーをジト目で睨む。が……


「ちょっとあんた達っ、私らほっぽって楽しそうにするんじゃないわよっーー!」

 フレイが何故か叫んで、ルビーのへそくりの話は中断されてしまう。

 ーー楽しそう、とは……?

 猫のマーコはずっと我関せずで、耳だけをひょこひょこと動かしていた。

 ……

 …


「アルル、あんた達の目的は何?」

 少し落ち着いて、リビングのテーブルに腰を掛けたと思ったら、フレイはそう切り出した。

「も、目的って……歴史の勉強、と。観光……ですかね」

「何よ歴史の勉強って。観光は分かるけど……もう、ズバリ言うけど。あんたが只者じゃない事位、わかってるんだからね」

 フレイは、すっと人差し指を、テーブル挟んで立っているアルルに向けた。


「た、只者じゃないって……」

 指差しをして身を乗り出すフレイに、若干後ずさるアルル。妹のフレアが言葉を補強する。

「すみませんアルルさん。昨日の決闘での事を言ってるんです、お姉ちゃんは。ーーかなりの修練を積んでいる事、封印指定のナーサ様と知り合いな事。それらを含めて只者じゃないと、私達は感じているんです」


「と、言われてもなぁ……」

 アルルは困惑する。

「ズバリ言いなさいよ、アルル! なんの任務を負っているのっ? あんた、連邦の監査部に所属してるんでしょ! お見通しよっ」

 ーーに、任務って何!? 監査部?

 アルルは自問自答するが答えは無い。目を泳がせて、ルビーに視線を合わせる。


「アハー」

 ルビーは笑いつつ、両手をひらひらと振って分からないの意を示す。

「うっ……アイーニャ」ーーに、振ってもダメか。

 アイーニャは、フレイを睨みつける様に見ていて、アルルを見ていない。


「こら、アルル! こっちを見なさい!」

「いや、その……多分、何かを勘違いしてるんじゃないですかねー」

 それしか言える事はなかった。


「へぇ……あくまで、しらを切るつもりね」

 ーーしらを切るも、何もなぁ。何を言ってるんだろう、この子ほんとに。

 額に汗を一筋流して、アルルは空笑いをしてしまう。


「ふん……いいわ。昨日はお父様の手前、大人しくしてたけど。これから、あんたの秘密を暴くために付き纏ってやるんだから! いいこと、アルル」

 フレイは席を勢いよく立って、アルルにまた人差し指を向ける。

 ーーなんだそれっ! と、アルルは内心で突っ込む。もはや、二の句も告げない。


「お、お姉ちゃん、言い方っ! 言い方悪いよっ」

 フレアは、勢いよく立った姉の肩を掴んで、フォローのため言葉を続けた。

「ええと、すみません。姉は感情で喋るので、なんか言い方がアレになってしまって。その……包み隠さず言うとですね。ーー知っていると思いますが、私達は魔法剣士見習いの身でありまして。日々、魔法や剣術の技能向上を目指している所なんです。それで……アルルさんの強さを垣間見てですね。是非、ご教示いただけないか。と、いうのが一つ。それから……これは非常に言い難いのですが、夏休みで暇な部分もありまして、その。ははは……」

 フレアはここで一呼吸の間を取った。そして……


「アルルさんの雰囲気、醸し出す雰囲気が……非常に、そのー。面白そうなんですっ! 何かが、起こりそうでワクワクするんです!」

 嬉々とした表情で、フレアはそう言い放ったのだ。隣のフレイは、そこまで言う必要ないじゃないと言って、何をかぶつぶつと言っている。


 アルルは、フレイのヤバさを身を持って知った気でいたが、やはり双子の片割れもそれなりにヤバい奴なのではと思った。


「アハハハー、いいね君達〜。アハー、いいよいいよその着眼点。アハハー」

 黙って酒を飲んでいたルビーが、急に口を挟む。

 アルルは嫌な予感がして。

「おい、ゾンビ。やめろ……」

「アハー、いいじゃないですかアルルさん。愉快な仲間が増えるのはネー、アハハー」

「くっ、このお気楽ゾンビめ」

 苦虫を噛み潰すような顔になるアルル。


「ゾンビー! ゾンビってなんですか? この方はもしかして、ゾンビなのですか!」

 アルルはしまったと思いフレアを見る。

 理知的で大人しいと思っていたが、年相応に興味を引くものに胸を踊らしている様だ。

「フレアは意外と、そういうの好きなのよねぇ。スケルトンとか……まぁ変な子なのよ。でも……喋るゾンビって、見た事も聞いた事も無いわよフレア」

「お姉ちゃん……分かってるよ。でもきっと、ルビーさんはそんなのをあだ名に付けられているぐらいなんだから、きっと。ーーネクロマンサーとかって知ってますか?」

「アハー、なるほど。その単語は、フッフッフ。何千何万というワタシの蔵書に、それこそ数えきれない程、出てきましたヨー、アハハー」


 ここでもはや、アルルは会話に入っていなかった。

 少し離れて遠巻きに、双子とルビーを視界に入れる。

 そして思った事が、口から零れてしまう。


「思春期の少女の好奇心と妄想力って……すごいな」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ