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2章 「生ける屍」004


 

 エル・フィーエル妖精国は広大な森の地下。木々たちの根を束ねてそこに国を築いている。

 エルフを統べる妖精王が住まう居城、首都フォンを中心に五つの都市が囲むような配置になる。

 第一都市――フォン・アイル。

 第二都市――フォン・ツーリャ。

 第三都市――フォン・サールド。

 第四都市――フォン・フォア。

 第五都市――フォン・ヴィーノ。


 アルルとリヴィンは、エルフに案内され地下への隠し通路を通って(木のうろがエルフの呪文により開かれ入り口となっている)、妖精国に入った。

「すごい……、ここは森の地下なんですか?」

 アルルは木のうろの入り口から妖精国へ入ってまず、感嘆の意を漏らす。

「そうです。首都フォンを中心としたエルフの住まう国。エル・フィーエル妖精国にようこそ」

 うろから出た所は小高い丘――木の根が丘の様になっている。そこからでも天井は遥か上に。見渡しても、どこまで続いているか分からない程の巨大な空洞。

 そこから街並み――首都フォンが一望できる。に、アルルはこの世界に来て初めての大型都市に素直に驚く。

 隣のリヴィンも心なしか、はしゃいでいるように見えた。


 二人は、そこから馬車に乗せられて、真っ直ぐエルフの王城。妖精王の下に連れていかれる。

 途中リヴィンが、色々と見て回りたいと駄々をこねたが、エルフにお願いされて渋々諦めた。

 ゾンビが徘徊するという状況は、他のエルフを刺激しかねなかったからだ。

 妖精王の下に伝令は飛ばしているが、他の者は何故ゾンビと人間がいるのかを知らない。余計な揉め事を避けるためにも、寄り道をする訳にはいかなかった。

 カーテンに遮られ外すら満足に見れずに、二人はそのまま王城へと入る。



(わらわ)がエル・フィーエル妖精国の主にして四大元型の一つ。吹き(すさ)ぶ元型。妖精王シルフィです」

 小さな子供。後ろに羽が生えていて、耳はエルフと同じく長く尖っている。

 豪奢にも見えるが、割と露出の多いひらひらとした出で立ちで、優雅に妖精王シルフィは名乗った。

 王様が座る椅子としては(いささ)か頼りない。――むしろ台や祭壇に近い。

 そこに座るともせず浮いている。ふよふよと。

「アルルです」

「ゾンビデース」

 ――オレが付けた名前は?アルルは思ったが思っただけに留めた。

 王の御前であるにも関わらず立ったままの二人に、連れてきたエルフはあたふたと座る様に促そうとしたが。

「よい。ゾンビと人間にエルフの価値観を促すのは良くないでしょう。そのままでいいですよ。……お願いを乞うのはこちらの方なのだから」

 一礼してエルフはまた膝をついた。

「では……今一度確認しますが。この者達が我が国を救う希望になると。……そうですね?シュバルツ」

「はっ。この目であの下級悪魔(レッサーデーモン)を容易く。ほんの一瞬で屠る様を見ています」

 シュバルツと呼ばれたエルフ。アルルとリヴィンを案内した、シュバルツはそう言った。

 アルルはちらりと見回す。周囲にはエルフが何人もいる。妖精王の側付きであろう。それぞれ着ている服の意匠が違っている。もしかしたら役職ごとの何かがあるのかもしれない。

 それらのエルフが口々に感嘆していた。

「静まれ……。それは良き事。してお二人は我らに協力してくれるという事でいいのですね?」

 妖精王の言葉で静まり返った周りが一段とまた静かになる。言葉を待っている様でもあった。

「あ……いや。あのーここまでの道中で大体の事は聞いたのですが。そのー」

「その前に聞きたいことがあるのデース」

 アルルの言葉を遮ってゾンビは続ける。

「ソノ―、妖精王さんはウィンドウってご存知デス?」

「ウィンドウ……ですか。誰か知る者はいますか?」

 妖精王は側付きに促すが、誰もそれには答えられなかった。

「エエ、こうしてこうしてウィンドウと念じると出てくる四角い窓デース」

 リヴィンは小指立てての仕草を披露する。それに妖精王以下、他のエルフ達も真似をするが皆一様に首を傾げた。


「オオーウ。了解です、分かりまシタ―。なるほどね~。フムフム」

 その一連を見ていたアルルも、なるほどと思う。どうやらエルフ達はウィンドウも知らなければ、ウィンドウを出すこともできない様だった。

 それからリヴィンは自分達の事を話し始める。こことは違う世界の住民である事。ここの世界の事を知って、元居た場所に帰る手段を探す事。多くはアルルの為にうまく話をまとめてくれている様だ。

 ――リヴィン。……すごいまとめて話すの上手いなぁ。なんか初めて感謝するかも。

 そんな事をアルルは思ったが思っただけにする。


 一通り話終えると辺りは静まり返っていた。その静寂を破ったのは妖精王であった。

「なるほど……。その、(にわ)かには……信じがたいのですが。なるほど。……伝承や伝説に出てくる強者はもしくはあなた達のような方だったりしたのかも知れません。なるほど……妾達は今、伝説に触れているのかも知れませんね」

 ふぅっと、妖精王は一息ついて続ける。

「取り敢えず、ゾンビさんの言をまとめますに。その元居た世界に帰るための協力をすれば我らの国難に手を貸して下さる。――という事でよろしいでしょうか?」

 ――え?……そんな話だったの?

 アルルは慌てて、そこに何をか言わざるを得なくなっていた。

「ちょっ!……待ってください!」

「まあまあアルルさん。もしかしたら帰るためのヒントなどはこの国で手に入るかもしれませんヨー?」

 ゾンビが窘めてきた。少年を。

「……?なんでそんな事言えるの?」

「先ほども妖精王さんが言っていたように伝承や伝説。人知を超えた超人がこの世界には多く語り継がれている様デース。ねっ?――これって、もしかしたら我々と同じ異世界転生者かもしれなくないデスカー?時代こそ違え、その可能性は大いにありませんかー?」

 いつまでもいまいちキャラ付けとやらが、定まらなそうなリヴィンを横目にアルルは考える。

 

 ――確かに。……それがもしオレらと同じ転生者なら。その後どうなったんだ?もしかしたら……。帰る方法もそういう昔を知ればわかるの……か?


 アルルは深く黙考した後、この話を受けてみようと思った。思ったがやはり気になる事もあった。

「分かりました。ですが……その。僕らにできる事であれば。……それでもいいですか?あまり戦うといった事は上手くは無いですし、命を奪う事にも抵抗があるので。そのー……役に立つかどうか」

「貴方は謙遜がとてもうまいのですね。ふふっ。人間でもかなり若い方であると思いますが。……下級悪魔(レッサーデーモン)を簡単に屠る者はこの世界にはそうそういませんよ。それに命の大切さも持ち合わせている。素晴らしいですね。……安心してください。――魔族、とは命と逆の存在。生きとし生ける者の天敵です。魔物ですら命の点では魔族とは真逆に位置します」

「そう……ですか。そう……なの?……いや、わかりました。できうる限りは尽くしますよ」

「ありがとうございます。小さき英雄とその……。あ、――うん。そうですね……」

 妖精王はその小さな手でぽんと手を叩く。

 するとどこからともなく、白色のローブが出てくる。真っ白でいて所々に呪言のような呪文のような文字が入っている。を、ゾンビに手渡した。

「これをどうぞ羽織ってください。これは我が国の宝物より使われなくなって久しいですが、魔力のこもったローブです。あなたを守ってくださいますでしょう」

「アア、なるほど。腐った屍を包むのに最適デスネー。ゾンビを国賓としては迎えづらいでショウネー。アハハ。目深に被って周囲にあまり腐臭をまき散らさない様に気を付けますネー。アハハ」

 うっ、と妖精王は言った気がしたがそこは流してあげた方がいいよなとアルルは思った。

 実際にアルルも正直見慣れたとはいえ、間近でゾンビを見ると今でも気持ち悪いなと思っているからだ。

 ただれ過ぎているゾンビの皮膚は、見ていて気持ちの良いものでは無い。


「コホン……ではその。これからよろしくお願い致します。宿の手配やその他の身の回りはシュバルツに一任します。また明日、改めて戦況と実際の動きの説明を。シュバルツ?」

「はっ。畏まりました」

 即座にシュバルツは答える。

「他に聞きたい事が無ければ、今日の所は疲れてもいるでしょうからお休みになって下さい」

 そう妖精王は促す。しかしリヴィンは続けた。

「あ、では一つ。……妖精王さんは種族とクラスについて何か知見があれば教えて下サーイ」

 リヴィンには、その地位によって畏まる敬う。もしくは忖度する。

 と、いう事は無いようだった。

 慇懃無礼も上等なのだろう。

 

「種族とクラス……ですか。一から。という事でよろしいですね?」

「ハーイ。お願いしマース」

「わかりました……。種族とは大きく分けてですが、人や獣。魔物やエルフやドワーフ。その種族に応じて多種多様に富んでいるものです。分類学としてのその個体の在り方です。また、その個体の特性を表す言葉でもあるでしょう。例えばエルフは長命である。……といった所です。そしてクラス――ですが。これは種族にとっても意味合いが違う場合がございます。例えば人間でいう所のクラスはその者の職業であったり、周りから呼ばれる事がその者のクラスという事になるあやふやなものです。自称といってもいいかもしれません。しかし、魔物や獣。人間種以外には成長の過程でクラスが変わる事もあります。例えばゴブリンは種族は小鬼ですが、クラスはゴブリンです。そのような者達は上位の存在に成長する事が稀にありまして、そうなるとホブゴブリンなどと呼ばれて非常に厄介な存在に代わります。ホブゴブリンなどはゴブリンと比べると、遥かに優れた膂力を発揮します。ある種にとっての、クラスは計り知れない恩恵を個人にもたらします。人間種のマイナスは唯一、クラスによっての恩恵を得ないという事です。その分知能の発達が人間種の強み。でもあるのです。…………コホン、といった所で満足頂けますでしょうか?」

 合間合間に一応の。

 聞いてくれてる人の反応は伺ってはいたものの、主に説明は一辺倒ではあった。

 あったが。

 妖精王はそう切り結ぶ。

 自身の知識は一応絞り出したと。


「実に満足いきまシタ―。ありがとうございますー」

 へっへっへとリヴィンは感謝の意を述べる。

 後半全然聞いてなかったなとアルルは思いながら、妖精王とリヴィンを見遣る。

 そしてリヴィンに、無言で肩をすくめた。何と言っていいのか分からなかったから、間を持たす為に。

 

 変な空気が支配しかかった所で、シュバルツが声をかけて、この謁見は終わる。

 そして、シュバルツに引き連れられて、この国の宿泊施設に三人は赴くのであった。

 


 もうすぐで目的の宿です、とシュバルツが言った時に周りから何やら声がした。

 声。と、いっていいのか。

 エルフの住まいは木の根と一体化していて、そこをくり抜いて住居にしているらしかった。

 なので平家と言えるものはあまり無く、曲がりくねった木の根に階層を分けて住んでいる。

 

 目的の宿屋の向かい。ちょうど三階くらいの高さの家のテラスから、何やらヤラシイ声が聞こえた。

 というか丸見えだ。

 エルフ同士でこれ見よがしに交尾をしている。


「えっ?」

「エッ?」

 アルルとリヴィンは、その光景に驚いて固まっている。

「ん?……ああ。そうですね人間には奇異に映ると聞いたことがあります」

 シュバルツは事も投げに言った。

「あれが我々の繁殖行為です」

 ――見りゃわかるよ。アルルは思ったが言葉に出ない。

「我々の風習でもあるんですが……。エルフという種族は長い寿命の代わりに繁殖能力が著しく低いのです。平均で500年ぐらいの寿命ですが、その間に二人も子をもうけられれば幸いです。ですので我々は生殖行為をするときは周りに見える場所で行うのです。――風の神に感謝して、愛を風に乗せるのです。そして他の同胞にも知らせて応援を貰えるように。祈る様に致すのです。それがエルフの美徳」

「あ……そ、そうなんですね。……し、しかし500年も愛する人と一緒に入れるなんて良いですね」

 アルルは会話を逸らした。何と言っていいか分からない風習だからだ。エルフの生態を初めて知ったのだから。

「え?いえいえ。――ははっ、流石に同じ(エルフ)と何百年も一緒には居れませんよ。我々エルフには人間みたいな結婚という概念はありません。その時々に愛した人と居れればいいんですよ。もちろん人との間に子を成すエルフもいますよ。それはそれでエルフは特に感知しません。何百年も生きてれば何かを変えたい者はいますから。風は全てをただただ包み込むだけですから。シ・ルフィール」

 そう言ってエルフ。シュバルツは膝をついていきなり祈りだした。

 ――エルフって…………。

 アルルはここで考える。自分が送るはずだった生活のその後を。

 愛する人との結婚後の、在りえたはずの自分の人生を。

 その後にバツがつかないだろう事を前提に。

 一つの愛の形をエルフに見たから――、ついつい考えてしまう。

 自分の幸せを。

 在りえたかもしれないその後を。

 ただただ、彼女(あのこ)が作ってくれたあったかいご飯を。

 思い出してしまった。

 まだ同棲をしてた時の事を。

 どうにも寂しい気持ちでいっぱいになったアルルはふるふると頭を振って案内された宿屋に入る。

 生ける屍のリヴィンと共に。


 よく分からない、異国の宿屋に。二人は案内されて入って行く。

 

 ――オレはいったい何処にいるのだろう。

 

 初めてアルルは己が迷子であると思った。

 ここではない何処かを目指していた十代、二十代前半。結局何者にもなれなかったが、とにかくしがみ付いた現実。それがあって出会えた彼女(あいするひと)


 オレは一体何処にいるのだろう。

 そんな事を思ったアルル。

 12歳の異国の地であった。



 

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