第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 008
学長室は、校舎の三階部分にあった。
分かりやすい華美な装飾の扉を開けるフレイにフレア、連れられたアルルは二人の後方にて成り行きを観察している。
「「失礼致します、お父様。急な訪問、お許し下さい」」
双子は揃って恭しく挨拶をし、軽く膝を曲げて会釈をした。
部屋は、華美な装飾の扉と反して質素に纏められている様で。必要の無いものは、一切がこの部屋には置かれる事はないという、一種のこだわりすら感じる室内である。
大きく年代を感じさせる机には、羽根ペンが一本立ててあり、分厚い書類が一束。
その他の余計なものは何も無く、机はより大きく広々と見え、それが返って何かを主張している風だ。
そして机の奥には、いかにも高級そうな革張りの椅子が置かれ。高い背もたれは裏を向いて、誰が座っているのかは見えない。
きぃという音と共に、その革張りの椅子が九十度回転し。そこに座っている者の姿が、徐々に見えてくる。
「長期休業といえど、学院内では学長と呼びなさい。いいですか、二人とも?」
年の頃は五十歳前後で、綺麗な白髪をオールバックにした男だ。
双子の父親であり、この学院の長でもある人物。その人なのであろう。
皺のない仕立ての良いスーツで、足を組んで深く静かに座っている。
それは、紳士と表現して差し支えの無い説得力を持っていた。
九十度の回転で済ました為に、アルル達を横目で流し見ている。何処となく、切れ長の目も相まって、冷たい印象をアルルは持ってしまう。
「まぁいい……で、用件はなんですか? フレイ・イーベンゲェル二級生、フレア・イーベンゲェル二級生」
表情を変える筋肉が、死滅でもしているのかなとアルルは思った。
「はい、失礼しました学長。ウシロロ・ダートより、この学院に用があると言う者を連れてきました」
フレイは、アルルにしていた言葉遣いは全く無く、低く丁寧に。そして、何処か冷めた感じで話す。
「それは、私と何か関係があるのかね? フレイ・イーベンゲェル二級生」
淡々と言い放つ学長。フレイは、目の端をぴくりと動かす。
そうすると隣のフレアが、すっと前に出て口を開いた。
「はい、学長。私達も最初は常駐の用務員を、紹介しようとしたのですが……」
「ですが……?」
おうむ返しで、ただ先を促す学長に。アルルは言葉にできない、ざらつく感情を抱く。
「はい、一級封印指定のナーサ・ミ=ショーオ様から、紹介されて来たという話だったので。その……学長にまず話を通すのがいいかと思いまして、連れて来ました」
「何、ナーサ……だと?」
思ってもない名前が出た様で、学長は細い目を見開く。
九十度までで止まった椅子は、また九十度。ここでようやく、学長は正面に向いた事になる。
そして、その鋭い眼差しでアルルを観察した。下から上まで、アルルを値踏みする様にじっくりと。
「君が……ナーサ・ミ=ショーオに紹介されたという人物かね?」
「あ、はい。そうです……ね。ナーサさんに、はい」
アルルは学長室に連れて来られて、初めて言葉を発する。
何となく、双子の様子が違う事は感じられるが。それよりもアルルは、ざらつく感情を引きずったままに、ぎこちない返答をした。
それを意に介さず、学長は続ける。
「何を紹介されたと言うのかね、君は?」
「何を……ですか」
アルルは、ふと何だっけと思い考え込む。
「あ、学長……その、彼は……」
空いた間が堪らなかったのか、フレイが口を挟むが。
「フレイ・イーベンゲェル二級生。私は、彼に聞いている」
ぴしゃりとフレイの言を止める学長。アルルはまた、ざらりとした感情が湧き起こる。
「あぁ、ええと。歴史の勉強の延長で紹介されたんです、ここを」
口の悪いフレイとのやり取りとは、また別の感情が芽生えて。やはり、早く帰るべきだったと、猛烈に後悔するアルルは、淡々とした口調になってしまっている。
「ですが、今日はこれで帰ります。わざわざ、すみませんでした」
ーーはぁ、もうここには来ないでいいかな。なんか……色々、疲れるここ。
いつもの溜息を漏らしそうになったが、堪える。
「え? ちょっと、あんた……」
フレイが呼び止めるが、アルルは目を合わせて軽く頭を下げ、部屋を出て行こうと一歩を踏み出した。
と、そこで急に思い出す。
「あ、そうだ。ナーサさんからこれを預かってたんだ。誰でもいいから学院の関係者に渡してって……」
アルルは、懐から預かった封筒を取り出して、学長の整理され過ぎた机に近寄り置いた。
「では、すみません。お騒がせしました」
一礼をして部屋を後にする。
学長は、封筒に視線を移し切れ長の目を細め、ただ置かれた封筒を見つめた。
アルルにもはや興味はないのだろう、出て行く事を止めもしないし、言葉も何も無い。
双子は出て行ったアルルを追うか、それともここに残るかを逡巡する。
学長を一瞬見遣るが、自身の娘であるはずの二人を無視して、まんじりもせずに封筒を眺める様に、前者を選択するのだった。
「ちょっと……ま、待ちなさいよ」
「お、お姉ちゃん……」
二人は、扉も閉めずにアルルの出てった方向へ走っていく。
一人残された学長は、無言で封筒を見つめ。そして、開け放たれた扉を閉める。座ったままで……
「ちょっと、待ちなさいよアルル!」
アルルは、双子の口の悪い方に呼び止められて振り向いた。
丁度、三階から二階に行く階段の途中である。
「あ、すみません。そういえば案内して貰ったのに、お礼も言わずに。ありがとう御座います」
「あんたね……その事は、別に……」
「お姉ちゃーん、待ってよ」
双子が、何故追ってきたのか分からず、アルルは一応の謝罪とお礼を述べる。
「その……こっちこそ。無理に、連れてって……その」
「お姉ちゃん……。うん、そうだね。アルルさんごめんなさい。その、嫌な気持ちになりましたよね?」
アルルは少し考える。ーー嫌な気持ち、なのか? これは……
確かにざらつく様なモノはあったが、それが嫌な気持ちと一緒なのか。アルルにはいまいち判然としない。
「いえ、そんな。大丈夫ですよ……」
それだけが、アルルに言える精一杯だった。
「あの人は何時もあんな感じなのよ、その。悪かったわねアルル」
負けてから、やはりどことなく潮らしいフレイは、いつの間にかアルル呼びに変わっている。
「……え、ええと。じゃあ、ボクは帰るので……えぇ、それではっ」
さよならも、またねも口からは出てこない。
むしろ、何で追ってきたのだろうかと、アルルは不思議に思っているぐらいである。
「アルル、その……どの位、カラットにいるつもりなの?」
フレイは、若干恥ずかしそうに聞いてきた。
「え? ……あぁ、一ヶ月位ですかね。多分」
「そのー、アルルの歴史の勉強? もし、私で出来る事あれば……手伝ってあげてもいいわよ?」
「……え?」
アルルは言葉に詰まる。
「お、お姉ちゃん! あ、その。アルルさんが良ければ、なんですけど。なんか、良かれと思って紹介したのに、変な感じになってしまったのを、お姉ちゃんも心苦しく思っているんです。なので、出来る事があれば私達で、アルルさんのお手伝いとか、ここら辺の観光案内も出来ると思うんです」
フレアは、一気に捲し立てる様に喋った。
「あぁ、……そ、そうですか」
アルル的には、そこまで気を悪くしている訳でも無いし、別段困ってもいない(無意識に感じている事はあるにせよ)。
しかしながら、双子はやたらと必要以上に絡んでくる。
そんな不思議が、アルルに愛想笑いをさせてしまう。
「あ、はは……じゃあその時があれば……お願いします」
適当にあしらって、再び帰ろうとする。
が。
「なら、明日また会いましょう」
「……え?」
「明日……宿に迎えに行くわね。いい? 時間は、午前八時ね。いいわね、アルル?」
「や、ちょっと……」
「じゃあね……アルル」
言いたいことだけを言って、フレイは踵を返して何処かに向かって行く。
「アルルさん、今日は本当に重ね重ね、申し訳ありませんでした。お詫びも兼ねて、明日また……」
「や、え? 待って……」
「大丈夫です! 私達は今、夏休みで色々と時間の都合はつけられるんです」
そう言って、フレアは軽くお辞儀をして、姉の後を追って行った。
「いや、オレの都合は……?」
残された小さな英雄は、ぽつりとそう呟く。
そうしてカラットでの初日は、終わった。




