第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 007
フレイの額から、一筋の汗が顎にかけて流れた。
上下に撃ち分けた技は、地面を若干掠めた程度で、炎熱の魔法剣の余波により砂利が溶けている。ほんの数センチ程度の規模ではあるが。
しかし、魔法剣が特例の事由(国や連邦の非常事態、等)以外に禁止されている理由を、改めて理解するフレイ。
習得する時も、各人個別に特殊な部屋を用意されて、そこで習得に励むのだが。その理由も、今なら分かる。
単純に危なくて、御しきれず暴走すれば、容易く大火事になるだろう。
だが、それらを理解すればする程、フレイは頭が混乱し、また怯えに似た感情が湧いてくるのだった。
服すら焦げていない、この眼前の男を見れば見る程。
額から汗が噴き出てくるのだ。
「あんた……ほんとに、何者なの? ……っく」
構えは解かず、間合いをそのままにゆっくりと動く。
魔法剣を使う時には、同時に逆の属性の保護魔法を自身に掛ける必要もある。
その為、氷結の加護が現在フレイには掛かっているのだが。
何故か、フレイは喉がからからに渇いて、手には汗がじっとりと流れるのだ。
遠巻きに見ているフレアも、姉の感じている違和感や恐怖にシンクロしてしまい。くっと渇いた喉に、生唾を飲み込んで潤いを確保する。
止めなければいけない立場であるのにも関わらず、固唾を飲んで見守ってしまっているのだった。
「……ふぅ」
アルルは、そんな双子の緊張を分かるはずも無く。剣を掴む、剣を取り上げる、それだけを念頭に置いて息を吐く。
それを隙と見たフレイは、混迷な頭のまま反射で突進してしまう。
それは、ある種の訓練を恒常的に行なっている、ここの学院生ならではの努力の結晶でもあるのだ。
実際は、褒められて然るべき反射でもある。
しかし、残念ながらアルルはいつも隙だらけなので。そこを見破れないのは、逆に経験の無さが炙り出されてもいた。
ぱっと反射で出ていったが、焦燥と困惑。それに恐怖も相まって、フレイは今、頭を空っぽにして突撃している。
ある種の窮地に立たされて、無我夢中なのだ。
だからフレイは、ここで技を閃く。
追い詰められたが故の、底力か。才能か。もしくは、小さな英雄の影響で、運ステータスの改竄を受けた故なのか。
フレイは、新しい技を閃いてしまったのだった。
突撃三段突き。
突進による加速力と、当たる瞬間に素早く、上中下の人体の急所に突きをお見舞いする、回避不能の神速の三段突きである。
それに、魔法剣を乗せた必殺の剣。
炎殺の神速三段突きーーーーーっ
初撃の突きで、さっと躱したアルルに剣の腹を掴まれて取り上げられる。
瞬きにも満たない刹那の時だ。
突進力を相殺する為に、アルルは剣をさっと遠くへ投げ。
素早くフレイの体を受け止め、優しく地面に降ろす。
「……勝ちでいい、よね? で、ですよね?」
アルルはふと、どこが勝敗の境目なのかが不安になる。
優しく地面に降ろしたはずのフレイは、茫然自失の様子で、そのまま無言でへたり込んでしまう。
「お姉ちゃんっ!」
何とか我に帰ったフレアが、姉の所まで駆けてきて、へたり込むフレイの肩に手を置いた。
「お姉ちゃん、大丈夫!? ねぇ? お姉っ」
フレイはそんな妹の言葉を聞いて、その手に自身の手を重ねる。
「フレア……うん、大丈夫。ごめん……ありがとう」
「お姉ちゃん……」
アルルはその様子を見て、一応自分の勝ちでいいんだと思う事にする。
「じゃ、じゃあ……そういう事で。ええー、その……お邪魔しました」
ぺこりと一礼して、借りていた模擬刀をフレイが座る側に置いて、立ち去ろうとした。
「ちょっと、待ちなさいよあんたっ!」
振り向くと、依然座ったまま顔を下に向けるフレイと、それに寄り添うフレアだ。
引き留められる理由を、懸命に頭で考えるアルル。
「あ、その。勝手に入って来ちゃって、すみませんでした」
「そんな事はもう、どうでもいいわよバカッ!」
アルルはますます混乱する。
もう帰らしてくれと、それだけが強く、頭の隅でこだましていく。
妹の介添で起き上がるフレイ。怪我はしていない筈ではあるが……
目に一杯の涙を溜めて、それでも気丈にアルルを見据えて言うのだった。
「ま、負けました……うっ。か、数々の非礼をお詫び……し、します」
そこまで言って、フレイは堰を切った様に泣き出したのだ。
「お、お姉ちゃん……うぅ」
妹のフレアも、姉に寄り添いながら一緒に泣いた。
ーーええぇ……そんな馬鹿なぁ。
アルルは双子の姉妹のそのガン泣きに、途方に暮れる。
双子が泣き止むまで、アルルはその場で佇み。無言でそれを見続けた。
否、見させられ続けたのだ。
「あんた……学院に用事があったんでしょう?」
ガン泣きから回復したフレイは、未だ赤く腫れた瞳でアルルに問う。
「そ、そうです……けど、それは別に急がないので……後日でいいかなと」
「いいわよ。今は夏休みで、多くの先生方は出払っているけど。ーー私達の父、学院の学院長ね。は、実質ここのトップでもあるんだけど。それで、基本は毎日居ると思うから……会わせてあげる。きっと、他の先生方よりもスムーズよ。その方が」
何となく険が取れた様な、若干の潮らしさを感じるフレイに。アルルは少しの気味悪さを覚えつつ、その言葉の意味を反芻する。
「え……いえ、大丈夫です」
「何でよっ!」
アルルは早く、この双子から離れたい気持ちと、帰りたい気持ちで一杯だったので。その提案を断ったが、フレイは素早く反論する。
「私達が、権力使って。普段なら会えない、偉い人に会わせるって言ってるのに、なんで断るのよ」
「いえ、その。悪いかな、と思って……」ーー本当は早く帰りたい。
「いいえ、悪くないわ。じゃ、そういう事で連れてってあげる。いいわよねフレア?」
決定は早かった。アルルの意思に反して。
「うん、いいよ。ふふっ……お姉ちゃん、なんか嬉しそう」
「ちょっと、フレア。何でよ……そんな事……」
「ふふっ……初めて、同年代の子に負けたんだもんね。お姉ちゃん」
「べ、別に……そんなんじゃなくて。その……負けたんだから、私は。だから……」
「うんうん、わかってるよ。負けを認める潔さ、だよね。偉いねお姉ちゃん」
フレアは、フレイの頭を撫でる
「ちょっと……やめなさいよ、フレア。もうっ……」
まんざらでもない顔をして、フレイは少し頬が紅潮している様だ。
アルルは結局、なし崩し的にサイ・ダート国立魔法剣術学院の学長に、会う事となった。
「……」
戯れ合う双子を横目に、修練場に取り付けてある高所の窓に目を移すアルル。
そこから覗く景色は、日が暮れる前の何処とない侘しさを携えた、茜色の空を静かに。
静かにそっと、優しく。
そっと……
時間の流れを無慈悲に感じさせる。
そしてまた。
アルルは深い溜息を漏らす。




