第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 006
小さな英雄は、無茶苦茶に思えるフレイの言い分に、理解が追いつかない。そのまま、修練場と呼ばれる場所に連れて行かれる。
拒否権を主張しても「逃げるのか、痴漢っ!」と言われ、アルルが何を言っても、聞きやしないし。あれやこれやで言い返されるのだ。
しかも、一方的に言われる度に、一旦黙ってしまう小さな英雄(暴言の数々に絶句してしまう)。なので、彼女の強引さにアルルはすでに負けているとも言える。
フレアは、そんな姉を宥めつつ、決闘を中止する様に言い含めるのだが。それすらも、今のフレイには通じない。
アルルは、半ばヤケクソ気味にこの修練場まで連れて来られたのだった。
そこは、魔法や剣術の修練場として機能する場所で、十数人が一度に訓練できる様にそれなりの面積を有している。
剣や槍等の主だった武器が、壁側に並び(実際はどれも、本物を模った練習用である)。地面は、それなりの悪路を想定しているのか、砂利であったり障害物が複数用意されていて、実戦向きに作られていた。
「これを使いなさい」
フレイは、アルルの足元に模擬刀を放る。
二人は今、修練場の真ん中で向かい合う。距離にして、五メートル。
フレイ側にいるフレアは、姉の言い出した決闘を止めるべく、説得を続けていた。
「お姉ちゃん、良くないよ……駄目だよ。お父様に知れたら、大事になっちゃうよ」
「フレア……、まぁ大丈夫よ。ちょっと、あいつの実力を確かめたいだけなの。決闘って言ったのは……まぁ、方便ね」
「お姉ちゃん……」
一応、アルルに聞こえない様に、お互いの耳元で話す姉妹。
「お姉ちゃん……なんで、そこまで……」
「あいつ……蹴った時、異様に硬かったのよ。割と本気で蹴ったのに……しかも、そんな事無かったかの様に涼しい顔して、私に謝ってきたのよ? 何か秘密があるに違いないわ。仮にも、ナーサ様と喋れる位は知り合いなのよ、あのボンクラは。ーー大丈夫、本気なんか出したりしないから、ね? フレア」
「お姉ちゃん……、もうっ! 仕方無いんだから。ーーでもお願いだから、くれぐれも部外者の彼に怪我はさせないでね」
「うん、わかってるわよフレア。秘密を暴いたら、すぐに足でも払って終わりにするわよ」
フレイはそう言うと、アルルに向き合う。
「そこのボンクラ! 準備はいいかしら?」
アルルは、溜め息まじりに足元の模擬刀を拾い。
「ええと……本当にやるんですか?」
「当たり前でしょ、何回言わせるのよ。このエロガキボンクラ魔神は!」
「魔神になっちゃった……はぁ。そ、そのぉ……この決闘での勝ち負けは?」
「命奪いあうって訳じゃ無いわよ。まいった、って言えばそれで終わり。あんたが勝ったら、痴漢の件は許してあげる。でも、戦わないで負けを認める様なら、痴漢の罪と不法侵入で、速攻役所に突き出してやるから。真面目に戦うのを、おすすめするわ」
「なるほど……あなたが勝った場合は?」
「私が勝っても、あんたは何も失わないわ、約束する。あ、でも待って……ナーサ様の話が聞きたい。いや、このボンクラがそんなに親しい訳じゃないか……う〜ん。いや、忘れて頂戴っ。あんたは負けたら、ただ帰れば良いわ」
途中からは、自分に言い聞かせる様な調子になったが、一応の決闘の条件は整う。
アルル的には、勝手に整っただけであるが……
「じゃあ、始めるわよボンクラ。フレアいい?」
「うん、わかってる。ーーふぅ……それでは。私が、この決闘の見届け人と、始まりの合図を出します。いいですね?」
フレイは模擬刀を構える。
フレアは、両者の距離の中間に陣取り、片手を上げた。
「それでは……いざ、尋常に……」
フレアの声は高く伸びて、この修練場にこだましていく。
「はぁ……」
溜め息をついて、拾った模擬刀を繁々と見つめるアルル。
ーー自分らのテンポでどんどん進んでいくなぁ、この子達。
「勝負ぅ……」
張り詰めた空気が、あたりを支配していく。のは、双子の姉妹だけであって、アルルは何とも悲しそうな顔をして佇むだけである。
「始めっーーー!」
フレアの上げた手が振り下ろされて、決闘の火蓋が今、切られた。
フレイは真っ向、模擬刀を構え走った。
アルルは、自然体で微動だにせず。ただ、視線を彼女にそっと動かす。
一直線に走る彼女は、まずは小手調べといった所で。アルルに迫る直前に、二回の細かいフェイントを混ぜて、肩口を狙い横薙ぎの一閃。
アルルはそれを、軽くしゃがんでよけ。すぐさま、短いバックステップをして距離を取った。
「……へぇ。案外やるじゃない、あんた」
フレイは、この二連フェイントを混ぜた横薙ぎの一閃を『陽炎』と名づけ。自身の剣技の基礎技レベルワンとして、位置付けている。
大人ですら、この技で倒した事があるのだ。
「……」
アルルは無言のまま、自然体で再びフレイを見遣る。
ーーえぇ……どうしよう。女の子に、手を挙げる訳にもいかないよなぁ。
「ふふ、楽しめそうねっ」
無言のアルルの評価を少し改め、口角が緩む。「それなら、これはどう?」自分にだけ聞こえる様に呟き、また直進していくフレイ。
距離を詰め、先程と同じタイミングで同じフェイント。
かと思わせ、素早く軌道を変えた上下の二連撃。
アルルはそれを、目で見て、ただ避ける。
「なっ……」
フレイは、この技を閃いた時に自身の才能を確信した。『陽炎』すらもフェイントに使い、そこから素早く上下に斬り分けるこの技を、独学で閃いた事に。
『飛燕』と名づけ、基礎技レベルツーとして多くの大人達を倒した技なのだ。そして、多くの大人達に賞賛された。
そんな自慢の技が躱されてしまう。どこの馬の骨か分からない、ボンクラと呼ぶ者に。
ちなみに、基礎技はレベルツーまでしか無い。
「そ、そんな……」
驚愕の表情をして佇むフレイ。当然、その一部始終を見ているフレアにも、それは驚きの事実として写っている。
「ふぅ……」
どうやって終わらそうかというのと、どうしてこうなったという自嘲が混じった溜め息を、アルルは漏らす。
それが、フレイの目には自尊心への嘲りを含んだ溜め息に見えてしまう。
「あんたっ……くっ」
「お姉ちゃん! だめっ」
フレアは、姉のただならぬ殺気を感じ取って、この決闘を中止にする為に近づこうとする。
だが、「フレアは来ないでっ!」その叫んだ一言に圧倒されて、出足が鈍ってしまう。
「あんた、中々いいわね。しょうがないから、見せてあげる……私の本気」
ごうっと風が吹いた様な、異常な気力の高まりをフレイは発する。
「え……?」
アルルは、何が何やら分からず。取り敢えず、黙って見ておく事にした。
「『火炎付与』」
力ある強い言葉と同時に、フレイが持つ模擬刀に赤い炎が纏わり付いた。
「だめっ! 駄目だよお姉ちゃん! そんなの人に使ったら……お姉ちゃんっ!」
もはや、フレアの声はフレイに届かない様で、その纏わり付く炎の模擬刀を振りかぶり、アルルに向かって駆けて行く。
「はぁぁっぁ! 喰らいなさいっ! 『炎の飛燕』」
自身の編み出した技に、魔法剣術学院の最たる技術である魔法剣(属性の強制付与技術)。それを融合させた、フレイ独自の剣術を思いっきり繰り出した。
決して、人間に放って良い技ではない。
が、難なく避けるアルル。
「なっ!」
本来、『陽炎』をフェイントとして織り交ぜるはずが、フレイ自身も、実戦では初めて使う(特例を除き、魔法剣の使用は禁止されている)。
その為、『陽炎』を使い忘れてしまったが故の、技の半減は否めない。が、そもそもさっき躱されたのだから、必然でもある。
フレイ本人にとっては驚愕だし、何より屈辱でもあっただろう。
しかし、アルルは避けながら別の事を考えていた。
ーーあれ、何だかこの火は近くでも、そんなに熱くないな……何だろう。幻か何かなのかな。
魔法剣の炎熱は、躱されても申し分ない効果を発揮し、地面をちゃんと溶かしている。だが、アルルにはそんな所を注視する技術は無い。
小さき英雄は知らない(自分のスータスを確認しない、むしろウィンドウの存在を忘れている)のだが、火耐性を備えているのでダメージは通りずらい。
そして、レベル差を加味すると、やはりずっともっとダメージは通らないのだ。
だが、アルルはあらぬ勘違いを継続させていく。
ーー熱くないなら……あっ。そうか! 怪我させずに終わらせるのは、剣を取り上げちゃえばいいのか。
この火は掴めそう。からの発想で、剣を奪えば良いのだと着想を得て。
女性に手を上げる事もなく、怪我もさせずに済みそうだと考えたのだった。




