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第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 005



 宿屋から出て、徒歩数分。アルルは、サイ・ダート国立魔法剣術学院の正門に来ていた。


 途中の街並みは、郊外に位置するだけあって、もの静かで建物が密集しているという事はない。

 幾分、緑も多く。河川も都心部よりかは、本数が少なかった。

 罵倒されながら説明された、生活用水路的なインフラは。郊外の密集率の少ない所では、どうなっているのかと不思議に思ったが。アルルは、まあいいかと流してしまう。

 それよりは、眼前の学校の敷地の広さに驚きを隠せない。


「うーん、事前に連絡できれば良かったけど……、これ入ってもいいのかな」

 学校なのであったら、関係者以外に立ち入りできない事もある。そんな事を今更考え、どうしようか迷ってしまうアルル。

 正門に設営されている、守衛室らしき所に人はいない様だ。

 もっと言えば、学院自体に人の気配を全くと言っていい程感じない。

 ーー門は、ちょっと開いてるんだよなぁ……


 アルルは、せっかく来たしなという理由で、その少し開いた門を通って入ってみる事にする。

 正門から入ってすぐに、広々とした校庭(芝生は均一に生え揃い、樹木は意図的に等間隔で並んでいる)がアルルの視線に入り。そこから一本の舗道が校舎に繋がっていた。

 その道を辿り、校舎まで行くのだが。やはり、人の気配は感じられない。


「す、すみませーん」

 年季を感じさせる造りは、趣と上品さを醸し出している。そんな校舎の扉を開けて、アルルは声を掛けた。

 鍵が閉まっていないという事は、少なからず人は居るのだと思うが、返答は無い。


「……」

 ーー不法侵入とかなんないよな……、取り敢えず人を探そう。教職員室とかかな。

 扉を開けた先のロビーより、恐る恐るあたりを見回しつつ、人が居そうな場所を探す。

 全てが左右対称で、厳格な学び舎然とした校舎内をアルルは探索するのだった。


 ロビーを抜けた所に、十メートル幅の階段を見つけ、どうしようか迷った挙句に登る事にする。

 途中で、何をしているんだろうと我に帰るが。ーーいや、もう同じか……どっちにせよ。

 と、自己完結をして二階に上がった。


 校舎内は本当に静かで、何処かで水の滴る音が聞こえてくる程だ。

 二階の廊下側の窓からは、午後の傾いた陽の光が差し込んでいて、中空に舞う埃をきらきらと反射させている。

 ーーあ、そうか……夏だし。夏季休業っていう線もあるか?

 アルルはその可能性を見い出し、学校自体の静けさの理由が何となく腑に落ちる。


 と、そこで微かに、人の声らしきものがアルルには聞こえた。

 それを頼りに、声のする方へ近づくが、アルルにはいまいち確信はない。若干に反響して、聞き取りづらいからだ。

 近づくにつれ、聞こえるボリュームが大きくなっていくので、少し安心する。

 声の方向が合っている事と、少なくとも人が居た事に。


 声の発生源は教室らしい。自身が知っている教室とは、造りは違うが雰囲気は似通っている。

 教室の扉は開いていて、だからこそ声が響いていたのだろう。


「すみませーん……」

 アルルは、何の気なしに挨拶をして教室に入る。


 そこには、沢山並べられた学習机に椅子、デカくて広い黒板が奥の壁に嵌め込まれていて、やはり教室と言っていい部屋だった。

 そこの中央に、声の主だと思われる女性が二人。


 フレイとフレア。つい小一時間前に別れた双子の姉妹だ。

 そして、着替えの真っ只中であるらしく、二人は上下共に下着姿である。


「「……っ、ぃやぁーーーーーーーーーっ!」」


 双子ならではと言うべきか、全くの同時に悲鳴を上げるフレイとフレア。

 これは、夏季休業で校舎に誰もいない、と思い込んでいた二人に。唐突に訪れた、不意の驚き。

 誰もいないと思って、油断していた時に突然出現したものだから、反射で出た悲鳴だ。


「「きゃーーーーーーーーーっ!」」


 続いて二人は、さらに悲鳴を上げ。その身を、隠すようにしゃがむ。

 これは、一旦事態を把握した後に訪れる、恥辱ゆえの悲鳴である。

 見られたくない物を、他人に見られる恥ずかしさからだ。


「あ、すみませんっ」

 アルルは二度の悲鳴を聞いて、慌てて教室の外に身を躱す。

 そして、はぁと溜息を一つ。

 女性の下着姿を見てしまった罪悪感は無い。

 それよりも、もう会うまいと思っていた双子。特に口の悪いフレイに、こんな短時間で、もう一度会ってしまう事を嘆いている。

 下着を見た事など、もはや気にする余裕は無くて、頭の中で思う事は一つだ。


 ーーなんで学校(ここ)にいるんだよ。

 それは奇しくも、フレイとフレアが思った事と一緒でもある。


 学校の生徒と、その学校に用事のあるアルル。再会してしまう可能性は、決して低くはないはずであるが。

 兎に角、小さな英雄と双子の姉妹は再び出会うのであった。

 何処かで、かちりと歯車が(はま)る音がして、ゆっくりと動き出す……

 何かが……



「このっ、ボンクラボンクラボンクラっ! よくも私達の裸を見たわね、このエロガキボンクラ魔王!」

 フレイは、下着姿のままアルルを猛然と罵倒しながら、手近な文具を投げまくっている。

 教室の外にいるアルルに向けて。


「お、お姉ちゃん! 落ち着いてっ! そ、その前に、服着よう! ね? 服っ、お姉ちゃん」

 フレアは怒る姉を嗜めつつ、優先すべき最もな事を姉に促す。

 彼女自身も、早々に服は着たいだろうに。


 アルルは教室の外で、壁を背にして座る。

 烈火の如く投げつけられた、色々な文具が散乱する廊下を見遣り、また溜息を零すのだ。


「エ、エロガキボンクラ魔王……」

 アルルは、自身の膝に頭をすくめ、ぼそっとその言葉を呟く。

 記憶の中で、過去にこれほどの罵倒を受けた事は無い。

 同時に、彼女(あのこ)の事を思い出すよう努める。今や、霞ががって上手く思い出せないが、確かにあったはずの甘い記憶を。

 ーーなんて褒められたっけ……思い出せ。思い出せ……


 だが、何も出てこない。ならばと、アルルは彼女(あのこ)の笑った顔を、必死に記憶の淵から探す。

 それも、何処かぼんやりと遠い。

 ーーあ、だめだ……なんか涙出てきた……


 少しだけ涙ぐんだ瞳を、人差し指で拭っている最中に。

 どうやら、素早く着替えを済ませた双子が、アルルの前に現れる。


「な……泣きたいのはこっちの方よっ、このボンクラっ!」

 フレイは眼前で仁王立ちしたかと思ったら、アルルの目を拭う様を見て、小さな英雄の顔面に蹴りを放った。

「ちょっ!? お姉ちゃん、やりすぎだよ。アルルさんが一方的に悪いって、言えないよー! 私達だって! 夏休みで誰もいないから、面倒だからここで着替えちゃえって、……軽率だったよ」

 フレアはまともな意見を言って、フレイの行動を咎める。


「……っ、痛ったぁー!」

 アルルの顔面を蹴ったフレイは、小さく悲鳴をあげてその場に(うずくま)った。

「っつぅ……、何!? 硬っ、何。あんた……何なの?」

 フレイは、自身の足首をさすりながら。何か訝しむ目を、アルルに向ける。

「え? ちょ、お姉ちゃん!? 大丈夫?」

 何が起こったのか分からず、フレアはフレイに近づき肩を持つ。


「あ、その。すみません……何となく時間があったので、学院を見てみようと思ったんです。あなた達を、覗くつもりはなかったんです……すみません」

 アルルは、立ち上がり頭を下げ。大丈夫ですかと、フレイに問う。

 蹴られた顔には、一つも痛みは無い。


「だ、大丈夫よ……ふんっ。こんなの全然痛くないわっ」

 すっと立ち上がり、少しの強がりを見せ、再び仁王立ちになるフレイ。

「お、お姉ちゃん……?」

 心配そうに見つめるフレアを尻目に。

「あんた……多少、武術の心得があるのか知らないけど……何者なの?」


 フレイに、突然そう尋ねられたアルルは、何を意図するのか分からず、一瞬考えた。

 ーー何者か……って、なんて言えばいいんだ?

 一応の身分は、確か傭兵になっていたはず。と、思いだし。

「ええと……フリーの傭兵、かな」

「傭兵……ね。剣は? 剣は使えるの、あんた?」

「え? ……あ、まぁ。はい……」

「そう……」


 フレイは、腕を組んだ仁王立ちのまま、静かに目を閉じた。

 隣ではフレアが、さらに心配そうに姉を見つめる。


「決闘よっ! あんたと私。ーー剣と剣で、一対一の決闘をするのっ!」

 フレイは目を見開き、アルルに向かって高らかにそう宣言した。

「え? ……いえ、そのー。大丈夫です」

「するのよバカッ! 私達の裸見といて、やだは通らないんだから!」

「えぇ……その。は、裸? を見たのは謝ります。でも、それでなんで決闘……」 

「謝ったという事は、裸を()()に見たと認めたも同じよ。あんたは痴漢を認めたのよ……」

「ええっ……」

 

 アルルは、そのあまりにもなフレイの論法に。

 開いた口が塞がらないとは、まさしくこの事か。と、思ったのだった。

 



 

 

 

 

 

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