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第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 002



「あ……あの、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 アルルは、ボンクラ呼びを引き摺りつつ、素直に謝る。

 しかし、尻餅をついて捲れてしまっているスカートから、女の子の下着が視界に入りそうになるので。すぐに顔をあらぬ方向へ向けて、謝った。

 アルルにしてみれば、気遣いの範疇だったが。


「このボンクラっ! そんな顔を背ける、誠意の無い謝罪がある訳無いでしょ! ちゃんと目ぇ見て謝んなさいよ、このボンクラっ!」

 さらに怒られる。

 ーーめっちゃボンクラって言ってくるじゃん、この子ぉ。

 

 それでもアルルは、見えてると分かっている下着を、覗く訳にもいかず。

「あ……その。す、すみません。すみません」と、あらぬ方向を見たままで謝罪する。

 女の子は、ますます目を怒らせて。

「だから、あんた! 人をおちょくってんのぉ! 人に謝る時は、ちゃんと目ぇ見て謝るって、教わるでしょ普通! もぉ、ボンクラっボンクラっ、弩級のボンクラねあんたっ!」

 自身の捲れたスカートに、気付く事は無く。アルルを何回も指差し、怒りは加熱して罵倒が止まらない。

 ーーど、弩級っ!?


 アルルはどうしたらいいか分からず、未だ明後日の方向に顔を向け、頬を指で掻いた。

 後ろにいるルビーは、罵倒されている小さな英雄が面白いのか、げらげらと笑ってしまっている。

 その隣のアイーニャは、微笑みながら。

「えぇ……このくそ女、タタキにしようかなぁ」と、物騒な事を言いつつ袖を捲っている。

 猫のマーコは、我関せずを表すように後ろ足で、耳の裏を掻いた。


 と、そこで。

「あっ、お姉ちゃーん! 早いよ〜……って、え? あれっ?」

 口悪い女の子の後方より、また別の女の子の声がする。

 そんなに広くない路地裏で、依然スカートを直さないが故に、アルルの視線は空中を彷徨ったままだ。


 後から来た女の子は、姉妹なのだろう。顔立ちは、血縁関係をしっかりと思わせる位には似ている。

 長い黒髪をサイドアップにし、上品に纏めて。どこか、口悪い子とは真逆のおっとりとした雰囲気を放つ。

 そして、服装も全く一緒だった。


「お姉ちゃん、ちょっとどうしたの? えっ?」

「あぁ、フレア……ちょっと聞いてよ。そこに突っ立てるボンクラがっ」

「え? あっ、お姉ちゃんっ! み、見えてる! パ、パンツ見えてるよ、お姉ちゃん!」

 ここで、ようやく。

 フレアと呼ばれた子によって、スカートが捲れて自身の下着が見えてしまっている事に気付いた。


「きゃーーーっ!」

 お姉ちゃんと呼ばれたその子は、慌てて起き上がり急いで身なりを整える。

 アルルは、ふぅと溜め息を溢し。ここでようやく、女の子に向き合う事ができた。

 見てみると、背はアルルよりも幾分高い。十二歳から、身長が伸びていない小さな英雄は、大体の人より小さいのだ。唯一、アイーニャぐらいだろう、知り合いで背が勝っているのは。


「ちょちょ……あんたっ! 見たでしょっ、このボンクラっ!」

 顔を真っ赤にしながら、お姉ちゃんと呼ばれた子は。若干の涙目で、アルルに詰め寄る。

「え……いや、見てないです。見えそうだったんで、その……顔を背けた、訳で……」

 アルルは、どうしてこんな事になったのかと内心で歯噛みし。手をぱたぱたと振る。


「見たんじゃない! やっぱり見たんでしょ!? このエロガキっ!」

 ーーエ、エロガキ……?

「お、お姉ちゃん。落ち着いて……ね? その……ちょっと、なんかごめんなさい」

 同じ顔のフレアと呼ばれた子は、なんとなくその場の経緯を察したのか。アルルに頭を下げて、姉と少し距離を取らせる。

 離れて話を聞くようだ。


「お姉ちゃん、落ち着いて。多分……もしかしたら、お姉ちゃんのいつもの早とちりの可能性は無い?」

「……フレア。う、うん……その。急に曲がり角でぶつかって……その、なんか……」

 ひそひそと話してはいるが、アルル達にも若干は聞こえてくる。


「……はぁ」

 アルルは、また溜め息を。今度は、深くついた。

「アハー、中々面白い子ですネー。アハハー」

「なんだよそれ……、オレは全然面白くないよ」

「アルル様ぁ……」

 アイーニャは心配そうに、アルルの袖を掴む。

「アイーニャ……ごめん、ごめん。大丈夫……大丈夫だから」

 佇む三人と一匹。


 どうやら、ひそひその話は終わったのか。

「そのー、この度はウチの姉がご迷惑をお掛けした様で……誠に、申し訳ございませんでした」

 フレアは、丁寧にお辞儀をして謝罪の意を示す。

「ちょっ!? フレア? 話が違っ」

 何かを言いかけたが、フレアにモゴモゴと口を塞がれてしまう。


「あ……いえ。こちらこそ……そのー、地図を片手に前をよく見ないで。ボクの方こそ、すみませんでした」

 再度、謝るアルル。

「いえいえ、この姉……双子の姉のフレイは、いつも誰かを怒らせてしまう、悪い癖があるのです。何か気分を害されていましたら、もう一度重ねてお詫び申し上げます」

 印象が最悪だったフレイに比べ、なんと礼儀正しい事かと。アルルは、その落差でフレアが輝いて見える。

 フレアが頭を下げた時に、塞いでいた手が外れた。

「ふんっ……謝る事無いのよ、こんな奴に」

 フレイは、ぷいっと顔を逸らして、何故か腕を組んで偉そうにそんな事を言うのだ。


 と、思ったら勢いよく、後ろ頭を叩かれる。双子の妹のフレアに。すぐさま。

「いたっー!」

「お姉ちゃん……ダメだよ。こんな奴とか言っちゃ……ほんとすみません。姉が重ね重ね……」

「あ、あはは……は。いえ、そんな。こちらは大丈夫なので……本当に」

 アルルは、これ以上関わらない方がいいなと思い、早々に切り上げに入る。

「では、そのー。これで……いいですかね?」

 何がいいのか分からないが、小さな英雄は愛想笑いを浮かべて、その場を去ろうと試みた。


「あんた、その。痛っ! ……わ、私も悪かったわ……そのー、ごめんなさい」

 急にしおらしく謝るフレイ。よく見ると、妹のフレアが脇腹のあたりをつねっている。

「お姉ちゃん偉いっ! ちゃんと謝れたね。良かったね〜」

 アルルはなんと言っていいのか分からない。

「あ……はい。じゃあ、ボクらはその、宿とか探さないとなんでこれでっ」

 片手を上げ、歩きだすアルル達。

「アハー、面白かったヨー君たち。アハハ、バイバイ」

「……」

 アイーニャは、すれ違いざまにフレイを睨んでいる。

 その後ろを、やはり我関せずで付いていく猫のマーコ。


「待ちなさいよ、あんた達。ーー何処の宿を探してるの? 見るからに、カラットは初めてみたいじゃない。その……宿くらい案内してあげてもいいわよ?」

 なんでか居丈高なフレイは、ふんっと鼻を鳴らして腕を組む。

「そうです、そうですお姉ちゃん偉い! お詫びと言ってはなんですが、ぜひっ! 他の街からの来訪者に無礼を働いたままでは、我がイーベンゲェルの家門に傷がつきます」

 フレアも何故か、引き留める。


 ーー正直もう、関わりたくない……。そんな心持ちのアルルは。

「あ、いえ。そんな、悪いんで。その……大丈夫です」

「お願いいたします。どうか……」

 フレアは、近づいて。再度、頭を深く下げた。


「え? ちょっ……ええ。やっ、あの。そんな……そちらも何か用事があったんじゃないですか?」

「それはもういいんです。それよりも、このままの方が私達はお父様に怒られてしまいます」

 フレアはチラリと、あたりを見遣る。それに釣られて、アルルも視線をあげた。

 いつの間にやら、人が集まって来ていたのだ。


「すみません……このままでは噂がお父様の耳に入って……ね? お姉ちゃん?」

「いや……私は、別にっもがっもがっ!」

 またもや口を塞がれるフレイ。

 相当に、何かを恐れているフレア。


「え……いや、あのー」

「アハー、アルルさん。いいじゃありませんか、案内くらい。アハハ」

 あっけらかんと言うルビー。アイーニャは、無言だ。

 人が人を呼び、どんどんと人は増えていっている様である。

 困った顔で、アルルを見つめるフレアに。なんとなく、可哀想な気がしてしまう。

 ーーこの子が、執りなしてもくれたんだよなぁ…… 


「……あのー、じゃあ。ーーあ、案内だけでも……」

 そうアルルが言った瞬間に、フレアはぱあと顔を輝かせ。

「皆さん、この方々は我がイーベンゲェルの客人です。何も心配は要りません。ありがとう御座います」

 フレアは、集まった人々に深く頭を下げ。何故か、人々は拍手をした。

 ーーえ? ……全然、意味わからん。


「ふんっ、気を使い過ぎなのよフレアは……」

 フレイは腕組みを解かずに、つんとしたで顔でそっぽを向く。

 

 何かが終わったのか、人々は散り散りに去っていくのだった。

「……」

「アハー」

「……」

「にゃふっ」

 猫のマーコが、吹き出したような気がするが。アルルはそこには気が付かず、ただ茫然としていた。

 

 


 


 

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