第三部 2章 恐怖! 国立魔法剣術学院 001
リン・ダート共和国連邦の五つの国の一つ、南方に位置するサイ・ダート共和国。
その首都である水上都市カラットに、アルル達は到着した。
ざっと、ウシロロを出て一日半といった所だ。
水上都市と名乗ってはいるが、海や湖の上に存在する訳ではない。
首都の中心部より無限に湧き出る水が、大小様々な河川となり。中心部の大統領府から、八角形の蜘蛛の巣状に広がって水は流れてゆく。
その河川上に、数千種類の橋を架けて街を形成し、人々は生活をしている。
主な移動手段は徒歩と、カヌーと呼ばれる小舟のみが許されていて。馬や馬車などの交通手段は、カラットの入り口付近で進入を禁じられてしまう。
それは、街並みの保全を最優先にしているが故の、観光都市特有のルールだったし。
隣国に攻めづらい形を追い求めていた歴史も相まって、内陸の孤島と呼ばれる所以でもある。
ここは、リン・ダート共和国連邦において、最も美しく。
鉄壁の守りを貫いて、連邦設立の礎を築いた由緒正しい、命紡ぐ街なのだ。
「アハー、水上都市と言われるだけの凄みはありますネー。ヨキヨキー。ほんとヨキですヨー、アハハー」
それまで、ただ馬車に揺られて景色を見ていたルビーは、降車して開口一番にそう言った。
薄い青の石造りの城門前で、両腕を広げて実に楽しそうだ。
アルルは、ここまでの道程を何事も無く運んでくれた御者に、ぺこりと頭を下げて挨拶をする。
御者は、手を挙げてそれに応え。ウシロロ・ダートへ帰るべく、手綱を引いて馬車は走り出す。
アイーニャは、一週間ほどの衣類や日用品を入れた、大きなリュックに体重を預けている。
寝起きの顔でぼんやりと、カラットの城門付近を流れる川を見ていた。
猫のマーコ(エリス)は、誰に近づく事もなくアルル達を遠巻きに見ている。
「じゃあ、入ろうか。まずは、宿を探さないとかな」
アルルはそう言うと、マーコを抱き抱えアイーニャが寄っかかるリュックを、片手で軽々持ち上げた。
その際、マーコは特に身じろぎもせず、黙って抱えられる。
「はーい、アルル様ぁ」
「アハー、そうですネー。また、広場とか行けば掲示板がありますカネー」
一行は、水上都市カラットの城門に入って、傭兵としての身分証と、荷物検査を済ませ。
水の街に、その一歩を刻むのであった。
街の通りは、至る所で川が走っていて。せせらぎの音が耳に心地良い。
夏場であるのに、何処か涼しい感覚を与えてくれる。
ウシロロとは建築様式も変わっていて、古き良き時代の石造りの建物が、現存する限りそのまま使われている様だ。
「へぇ……ライライローの街と、また違った趣のある所だな。ナーサさんの言う通り、良い所じゃないか……」
大きなリュックを半掛けで肩に背負い、猫を反対の腕で抱えながら、アルルは思わず呟いた。
「……」
アルルは、少し物思いに耽る。今はもう、遠い昔の様にどんどんと曖昧になっていく、元の世界の記憶。
それを、短い逡巡のうちに手繰り寄せて、必死に像を結ぶ。
少しだけ、彼女と行った二泊三日の小旅行が、浮かんだ。
ーーああ、まだ思い出せる……良かった。
アルルは、抱いている猫のマーコに視線を送り。彼女が、旅行先の古都を形容するのに使った言葉を猫に話す。
「こういう所を、風光明美って表現するんだって……なぁ、マーコ?」
およそ理解し得ないだろう小動物に、無意味と分かっていても、喋りかけてしまうのは。
やはり自分の行き場のない寂しさを、少しでも埋める為の行動なのだろうか。などと、自問自答してアルルは薄く自嘲する。
「にゃあ〜」
抱えられている猫のマーコは、体はだらんと力を抜いて、まるで干した雑巾の様に。頭だけを動かして、やる気の無い様子でそう鳴いた。否、そう言った。
アルルは、猫にこの長旅は酷だったかもしれないと反省し。何か、性のつくものを食べさせようと心に決める。
「なぁ、君達……この街は初めてなんだろう?」
先ほど通過した城門に駐在する兵士が、アルル達の後ろから声を掛けて来た。
「え……あ、はい。そうです」
「なら、この街の地図をそこの雑貨屋で買うと良い。あと、傭兵として仕事を探しているなら、そこを右に曲がった所に傭兵ギルドがある」
傭兵としての身分で、ここに入って来たので的確なアドバイスと言える。
「あ……なんか、ありがとう御座います」
アルルは、わざわざ追いかけて来て説明してくれる、親切な兵士に感謝を表しお辞儀する。
「はは、いいよいいよ。それよりさ……」
親切な兵士は、手を出して親指と人差し指をこする様な仕草をした。
「……ん?」
その意味が分からず、アルルはきょとんとした顔で首を傾げる。
「アハー、アルルさん。チップですよ、チップ」
すぐさまルビーはアルルに耳打ちをして、その意味する所を伝えた。
「え……あぁ。な、なるほど……」
ただの親切ではなかったのだと、理解したアルルは。相場もわからず、一万ゼニーの紙幣を渡してしまう。
一瞬、ぎょっとした顔を兵士はするが、すぐに顔を元に戻し。歯を見せて、満面の笑みを作る。
「ははっ、この街で一番美味しい店の名は、水月亭っていう店なんだよ。マップにも載ってるから、機会があれば行ってみるといい。ーーそれじゃあ、君らにウンディーヌの加護があらん事を!」
兵士は手を振って、スキップしながら去っていった。
「アハー、アルルさんチップにしては払い過ぎなのでは? アハハー」
「くっ……」
やれやれと言わんばかりの、ルビーの顔に。内心で、くそぉと毒づくアルル。
「大丈夫ですよぉ、アルル様ぁ」
寝起きから復活したらしいアイーニャは、アルルの腕を優しく撫でる。
ーーえ? ……これは慰められている、のか……?
「にゃふー」
未だアルルの腕の中で、干した雑巾の様になっている猫のマーコは。溜め息に似た声を出す。
「……と、取り敢えず。雑貨屋で地図を買おう……」
一行は、雑貨屋で地図を買い。そこから、教えられた傭兵ギルドを訪ねた。
傭兵としての仕事など、アルルはした事がないので。目ぼしい宿の情報を、何ヶ所か聞くだけに留まる。
そして、一応の方針を決める為に、ギルドに併設されている喫茶店に入るのだった。
「ええーと、じゃあゾンビとアイーニャに聞いときたいんだけど……何かしたい事はある?」
アルルが頼んだお茶は、色が無い。無色透明なのである。
一瞬戸惑ったが、飲むとちゃんと甘い香りと味がしたので、こういう物かと。お茶と一緒に、喉に流し込む。
「アハー、何かしたい事ですカー? うーん、ワタシは冒険がしたいですネー」
ルビーには聞かなくても良かったなと、アルルは思い。その言葉をスルーした。
「えへぇ、私はアルル様が必要な時に、必要なだけ出来る事をしますぅ」
ーーあれ……? もしかして、目的あってここに来たのは、オレだけ……?
「お、オレは……ナーサさんに勧められた。歴史あるっていう、学校を訪ねて……何か帰る情報がないか、尋ねてみようかと……」
「アハー、いいんじゃないですカー?」
「はーい、私もいいと思いますぅ」
「あ、うん。そう……だよね」
アルルは、なんとも無駄な時間を過ごしたんじゃないか、という疑念を持ってしまって自然と下を向いてしまう。
「にゃははっ」
膝に乗っている猫が、嘲る様な乾いた笑いをした様に聞こえる。アルルは、ふるふると頭を振って気を持ち直す。
ーー幻聴が聞こえる程、落ち込んでいる暇は無い。気持ちを切り替えよう……
「それじゃあ、ええと……この学校に、一番近い宿でいいかな?」
「いいとモー」
「はぁーい」
アルルは、透明なお茶を一気に煽って飲み干す。そして、色々と言いたい事もまた、喉の奥に飲み込むのだった。
喫茶店を後にしたアルル達は、買った地図を広げて、目的の宿までの経路を思案する。
土地勘は無いので、地図を見ながら歩く。
「ここの曲がり角……で、いいのかな……」
確かめながら、ゆっくりと路地を曲がるアルル達。
と、そこで何かがアルルにぶつかった。
「きゃっ!」
声で、女の子だと分かる。
曲がり角の、出会い頭の出来事だった。
アルルは重いリュックを背負い、地図を片手にしていたが。ぶつかった衝撃は、なんともない。
逆に女の子の方は、衝撃でたまらず尻餅をついてしまっている。
艶のある黒い髪の毛は、ハーフツインにし。肩ぐちで前後に流して、胸元までの長さがある。
服装は、髪の毛と同様の黒いブレザーに、プリーツスカートという出立ちで、学生服を連想させつつ凝った意匠が、若干の高貴さも醸し出していた。
そして、何より気の強そうな瞳。それが、眼前の立ったままのアルルを睨んでいる。
「ちょっと、あんたっ! 痛いじゃない! 何処に目ぇつけて歩いてんのよ、このボンクラっ!」
瞳と同様の気の強い言葉が、アルルに飛ぶのであった。




