第三部 1章 されど、きらめきは己の中に 005
アルル達が使った主要道は、通称ソルトロードと呼ばれ。連邦内の五つの国を一筆で結ぶ、流通道路としての役目が主だ。
その五カ国を、網羅する為に道路整備は進められたので、蛇の様にうねった形でこの大道は完成をみる。そして各国は経済的に発展、繁栄していくという歴史をソルトロードと共に、積み重ねていくのであった。
通称とは別に、そこを行き交う商人達の腹黒さなどを含め、蛇腹などと揶揄される事もあるが。
連邦国内に於いては、最も重要な交通インフラなのだ。
そんなソルトロードには、関所や旅籠が意図的に多く置かれている。
第一に道の安全の為だ。
魔物や野党やらの危機から、道を通る商人達を守らなければならない。関所を、数多く設置する事で、そこに多くの兵士を配置し監視と守りを強めた。
そして、長時間の走行を余儀なくされる為に、休憩所としての旅籠を。これまた関所の数だけ、用意する。
旅籠には、簡易的な宿泊施設だけではなく、兵士の詰所も何棟か置かれ。規模は極々小さいが、市場なども開かれ。さらには、温泉なども楽しめる様になっているのだ。
道すがら所々で、小規模ではあるが経済が回るように設計されている。それはかなりの経済効果を生み出す、金のなる道でもあるのだった。
アルル達はもちろん、そんな事は知らない(アルルは、歴史を調べていたので知っていてもおかしくはないが、興味が無いので忘却の彼方に捨ててしまっている)。
それよりも旅籠の温泉に浸かり、馬車に揺られて疲弊したお尻を温める事の方が、今は重要だろう。
「ふぅー……温泉があるなんてなぁ。どうなってるんだろう、この世界……ほんとに」
アルルは手拭いを頭に乗せて、湯船に肩まで浸かる。そこは男女別の露天になっていて、星空が一面に見渡せた。
心も体も休まっていくのを、アルルは感じる。
と、板張りの向こう。女性側の風呂場から、聞き慣れた声が飛んでくる。
「アルルさーん! 聞こえますカー? オーイ」
ルビーの声だ。温泉があると聞いて、アイーニャも含めて一緒に入ろうと、真っ先に提案したのがルビーだった。
「何ー? 聞こえるよー」
他に温泉に入っている客は、ちらほらいるが。この位の会話なら、問題はないだろうとアルルは応答する。
「アハー温泉と言えばですヨー、アルルさん。お約束っ! やっときますカー? アハハー」
「いいえー、大丈夫でーす」
「エエッ!? なんでヨー!」
心底、信じられないという声を出すルビー。
ーー何が、お約束なのか分からないけど。きっとロクなもんじゃないだろう。
「オレはもう、先にあがるからー」
「エエッ、アルルさん早くナイー? 烏の行事かヨー」
ーー行水な。ぎょうずい……
アルルは、湯船から出て頭の上の手拭いで体を拭く。
「アハー、これからキャッキャ、ウフフのめくりめく……」
ルビーが何かしら言っているが、アルルは脱衣所に行って着替える。
一泊だけ取った部屋に帰ると、誰かがいる様な気配がする。
アルルは、慎重に部屋の扉を開けるが、そこには猫のマーコがにゃおんと鳴くだけであった。
「ん……気のせいか、な」
空室の都合上、三人と一匹は相部屋だ。ルビーとアイーニャは、未だ温泉なのだからいる筈もない。
まぁいいかと、アルルは寝る準備をする。
部屋に二つしかないベッドは、ルビーとアイーニャに。アルルは、床に毛布などを敷いて自身の寝床とした。
そうして、温泉から上がった二人を待って軽い食事をする。
旅籠には屋台などもあったが、共同キッチンも自由に解放されているので。アイーニャがその腕を遺憾なく発揮し、アルルはお腹を満たす。
そして、その日を終えた………
……
…
深夜、星の光は道をそれなりに照らしている。真っ暗闇という訳ではない。
旅籠に泊まっている客も、詰所に常駐している兵士も。みな一様に寝静まる、そんな時間だ。
そんな遅い時間にもかかわらず、旅籠に面するソルトロードに人影が三人程、見受けられる。
一人は、両手に出刃包丁と牛刀をそれぞれ持ったアイーニャだ。
「マーコ……いい加減、アルル様から離れて」
普段のおっとりとした物腰は、そこには無く。淡いグリーンの瞳を尖らせて、二本の包丁を静かに構える。星の微かな光を反射させて、包丁は鈍く輝く。
「にゃは、エルフ如きがっ! ……アタシに指図するなよ」
対峙するもう一人の影は、頭に猫耳を生やし両手は毛深く肉球が見える。そして、長い尻尾がするっと伸びていて、感情を表すかの様に細かく微振動していた。
見た目は、亜人と呼ばれる種族であるが。高位妖魔のエリス・エリリスと名乗る女性だ。
そしてそれは猫のマーコが、変化を解いた姿でもあった。
三人目は、対峙する二人に挟まれた形で、赤髪の吸血姫ゾンビのルビーだ。
「アハー、まぁまぁ……二人とも。争わず解決する道はきっとあるヨウ。だから、一旦落ち着こうゼー」
手を前に掲げて、宥めている。
しかし、それは効力を発揮しているとは言い難い。
「うるさいんだよ、ゾンビ! 何してもいいと言ったのはお前だろ?」
「アハー、確かニー。でも、それはケモミミを、もふもふさせてくれないとサー」
マーコ(エリス)は、過去にルビーにより羽交い締めにされた事を思い出す。
あまりのその力に、身動きを完全に封じられたのだ。その教訓を活かすべく、一定の距離を保つ。
「ルビー様が、いいって言ってても。私はアルル様に、害が及ぶのを容認しない」
アイーニャは目つきを更に尖らせ、両手の包丁をくるくると器用に回転させ。包丁を逆手に持ち直す。
アイーニャの職業は、森司祭というエルフ特有の魔法職なのだが。そのパフォーマンスはどちらかと言えば、暗殺者や盗賊などと言えなくも無い、そんな曲芸じみたものである。
「エエ! 待ってアイー、何それいいじゃん、いいじゃん! そんなのいつの間に出来る様になってたノー? アハー」
驚いた様子で、ルビーはその赫い瞳を輝かせた。
「えへぇ、なんか出来そうだなと思ったら、ヤレちゃいましたぁ」
アイーニャはいつもの感じで、頬を紅潮させて歯に噛んで見せる。
「アハー、アイー可愛いよアイー。ふふっ、ーー出刃包丁を片手に、今日も悪を三枚おろし。漆黒を駆る美少女エルフアサシン! 今日の晩御飯は、あなたですか。それとも、私ですか? アハー! なんか創作意欲が湧くワー、一筆書けそうだワー。アハハー」
違った方向に興奮するルビー。包丁を持ったまま、頬に手をあて頭を振るアイーニャ。
マーコ(エリス)は、完全に蚊帳の外に置かれた様な気分になる。
「くっ……ほんとお前らぁ、緊張感のない……」
ぎりっと、マーコ(エリス)は歯噛みをする。
彼女は、毎夜アルルが寝静まるのを見計らって、生体エネルギーを吸収しようと目論んでいたのだ。
夜な夜な近づいてはアルルの腹に乗って、地道に生体吸収を試みていたのだが。それが、アイーニャにばれてからというもの、夜は近づかせてはくれなかったのだ。
「ほんとに……鈍いアルルもだけど。ーーほんとにふざけた奴らだ」
歯が軋む程の音を立てて、眼光を鋭くして睨む。
しかし、夜も遅い深夜の時間だ。
近くに照らす光源も無いので、マーコ(エリス)の黒目は鋭さとは反比例して、大きくまん丸になってしまっている。
「アハー、まん丸お目々が可愛いですヨー。マーコ」
「うるさい、ばかゾンビ! アタシはエリスだ! エリス・エリリス! 気高き自由の象徴なんだっ! 誰にも……誰にも、アタシの自由を奪わせないっ」
最後は感情が破裂したのか、つい言わなくてもいい感情を声に乗せてしまう。
「マーコ……。ルビー様がケモミミを、もふもふしたいって言ってたから。……悩んだけど。やっぱりあなたは、アルル様の敵だと判断します。アルル様には近づけない」
アイーニャは、逆手に持った包丁を構え腰を落とす。
その構え方は、すでに様になっていた。
アイーニャの隠れた素質が今、開花しようとしているのだ。
エルフであるというだけで、閉ざされた闇の国で育ったアイーニャ。親の言いつけや、種族の教義に従うだけだったエルフの少女が。
外の世界で得た経験や知識(夜な夜な聞かされる、ルビーの無駄な異世界知識が大半ではあるが……)で、自己の可能性を急速に広めていく。
好きな事(料理・主君に尽す)と、想像力(ルビーが話した、ニンジャという一番好きな物語)が合致する。
暗殺者の素質がゆっくりと……だが、確実に開花していくのだ。
マーコ(エリス)は地を蹴りアイーニャ目掛け、その鋭く尖った爪を繰り出した。




