第三部 1章 されど、きらめきは己の中に 004
現在、泊まっている宿屋は、ライライローの街の中でも小高い丘の上に建っている、隠れた名宿である。
アルルは、サイ・ダート共和国への旅行の出立を、宿屋の主人に伝えた。その際、旅行に持って行かない、この街で調達した日用品や衣服などをどうするのか。それを相談したのだ。
結果としては、一ヶ月分の宿代を払えば残しておいて良いと言われる。
それは、今の部屋自体を一ヶ月間だが、残し続けてくれるという事のようで。アルルにとっては、願ってもないありがたい話だ。
そして同時に、決めていなかった旅行の期間も、大体が決まった様なものである。
それをお願いし、宿代を払う。
親方から貰った給金の、三分の一程度の額であった。
「そうか……貰ったお金は、全部このライライローの街で使えばいいのか」
アルルは、半ば無理矢理に持たされた、給金の使い道に困っていたのだが。どうせなら、この街に還元するのが正しいか。と、思い直し。馬車の手配なども、この金で賄う事を決める。
そこからナーサに報告をする為、もう一度図書館を訪れ、その日を終えた。
次の日は、馬車の手配と荷物の準備をして。実際に出立するのは、そこから二日後の早朝となる。
朝日が上がる前の静謐な空気が漂う中、アルル一行はサイ・ダート共和国へ向けて旅立つ。
そして、手配していた馬車と御者がいる、待ち合わせの場所まで行く。
「アハー、いいねいいね。旅立ちのアサー、アハハー」
ここ三日ほどの間、かなりの上機嫌ぶりを発揮していたルビー。足取りも、実に軽やかである。
逆説的に、今までが退屈だった事を強調してもいた。
「はふぅ……」
よろよろと、まるで幽霊でもそこにいるのかと思わせる程、アイーニャは弱々しく見える。
いつも濡れそぼった、淡いグリーンの瞳は輝きを無くし。力無さげに揺れる前髪が、目の周りのクマを殊更に強調させていた。
アルルは、この時になって初めて知る事になるのだ。アイーニャは、どうやら朝に弱いらしいという事を。
四六時中、闇に閉ざされた。あのエルフの国を思えば、納得できる所ではあった。
猫のマーコは、通常運転と言わんばかりにアルルの肩の上で、器用に丸くなっている。
「じゃあ……行こうか、みんな」
アルルは、ナーサが云う所の愉快な仲間達を順繰りに見遣り、一抹の不安を覚えた。
ーーあ、戸締りしたかな……いや。それはいいのか、うん? 何だろう……
言い知れない何かを言葉に表せず、喉の奥に飲み込む。
御者はすでに、いつでも発進できる様に御者席に鎮座し、手綱を握ってアルル達が乗り込むのを待つ。
「それでは、お願いします」
アルルは、ぺこりと頭を下げて挨拶をし、御者は手を振ってそれに答えた。
一行は馬車に乗り込む。
御者の掛け声と共に、そのままサイ・ダートへ向けて走り出す。
夜明け前の朝露が、馬車の帆布の外側を濡らしていたが。中は想像に反して、快適であった。ちゃんと防水加工が施されている事に、アルルは勝手ながら称賛を心の内で送る。
もちろん、座り心地がいいとは言えないが、その位は仕方の無い範囲だろう。
「すみません、アルル様ぁ……寝てもいいですかぁ?」
アイーニャは、限界とばかりに目を擦りながらアルルに聞いた。
「あぁ、アイーニャ。いいよ、寝てなよ」
すると、自身の用意したバッグから素早く、薄手の毛布を出し。こてんと、横になる。
「あぁ……お腹が空いたらぁ、お弁当ぉ作ってるのでぁ……それを……どう、」
小さな寝息を立てて、アイーニャは寝てしまう。
「もしかして、アイーニャ。弁当を作ってくれてたから、あんまり寝てない?」
アルルは、ルビーに視線を送る。
「アハー、それもあるでしょうネー。それもネー」
含みのある言い方をするルビー。それには特に言及する事もなく、アルルはアイーニャの毛布を掛け直してあげた。少し出ているつま先と、肩より上に毛布を行き届かせる為に。
今回の馬車の旅は、前回のカツサム達との旅とは違い。国家間を結ぶ、主要な流通道を通る事になる。
当たり前の様に整備もされているし、所々に関所が細かく置かれていて、遭遇戦闘のリスクはほぼ無いと言って良い。
その分の通行料などは、確かに高いが。それを踏まえ、御者に諸々を含めた多くのお金を渡している。親方に貰った給金は、これで全て使った。
御者は、多く貰いすぎだと正直に言ってくれたが、アルルはその分を南区で使ってくれればいいと言って、現在に至る。
予定通りに行けば馬の休憩を数回、夜は道すがらの旅籠に泊まり。明日の昼頃に着ければ順調な道程だ。
「ネエネエ、アルルさーん。暇ですしどうです? 旅行といえば、ネー?」
ルビーは、ニヤつきながら懐から何かしらの札を取り出す。
「ん? 何それ……カード?」
「フッフッフ、トランプですよ。ト・ラ・ン・プ」
「と……トランプ?」
見てみると、確かに元の世界にいた頃。子供の頃によく遊んだ、トランプ絵柄の入ったカードを、ルビーは両手に広げて見せている。
それを手に取りざっと目を通す。一から十三までの数字の四種類に、ジョーカだと思われる可愛らしいピエロみたいな絵柄が二枚。
まさしく、アルルも親しんだトランプカードの五十四枚だったが……
「え、何これ! ゾンビが作ったの?」
「アハー、正解! この世界って、こういうライトに遊べる娯楽が全然無いじゃ無いですカー」
ルビーが作った、自作のトランプカードのようだ。
「ゾンビ……お前、こんな事もできるのか……」
アルルは一枚を取って、繁々と眺める。確かに、細部で手作り感は滲み出ているが、問題の無い範囲で出来は良かった。
「アハハー、まぁアッチでは造形やってたんでネー。このくらいは楽に出来ますヨー」
「へぇ、そう……なんだ」
ーーなんか、ゾンビから元の世界の自分の事を話すのは……初めてか?
「アハー、じゃ軽くポーカーでもやりますカー? アルルさーん」
「え、ポーカー? オレはあんまりポーカーは知らないんだよな。大貧民とかなら……うーん、覚えてるかな」
「アハー、教えながらでもいいですヨー。大貧民は二人ではつまんないでショウー」
「まぁ……そうか。って、大貧民も知ってるのかよ」
「アハー、ワタシが教えて貰ったのは大富豪でシター。ローカルルールがややこしい奴ですよネー。アハハ」
アルルは、目の前の吸血姫ゾンビが、実際にどこまで日本の事を知っているのか。すごく気になったが、ポーカーの説明に入ってしまったので。まあいいかと流してしまう。
馬車での移動は、特に何事もなく順調に進んでいった。朝日は登って、どんどんと夏場特有の蒸し暑さが増していく。
アルルとルビーは、カードゲームに興じ。アイーニャは眠り続ける。
猫のマーコも、馬車の隅で丸くなって眠り。時折、揺れに合わせて目を開けるが。欠伸をして、また眠りにつく。
そして、日が落ちてきて馬での走行が厳しくなる夜。当初に予定されていた旅籠に、無事到着となる。
なるのだが、やはりと言うべきか。英雄の道行に順調や、無事などと言う言葉は無いのだった。




