第三部 1章 されど、きらめきは己の中に 003
赤髪の吸血姫ゾンビのルビー。淡いグリーンの髪のエルフの少女アイーニャ。その二人に取り囲まれる様に、猫のマーコがベッドの上で激しく怒っている様子だった。
「え、どうしたの二人とも。マーコがすごく怒ってるけど……?」
「ふにゃあ“あ”あ“ぁぁあ“あ”っ!」
毛を逆立て、明らかにルビーとアイーニャを威嚇している。
しかし猫のマーコは、視界にアルルの存在を認めた瞬間には、アルルの方へダダッと駆け寄り、肩に飛び乗る。
小さな英雄の頭に、隠れる様にしてべったりと寄り添うのだった。
「どうしたんだよ、ゾンビもアイーニャも……」
「アハー、最近のマーコは色々お年頃みたいですヨー。猫耳をもふもふしたかっただけなのニー、アハハー」
ルビーは、おどけた調子で舌まで出している。
「なんだそれ。完全にマーコが嫌がってるんじゃないか……って、アイーニャ。なんで……その。手に包丁を持ってるの?」
見るとアイーニャは、両の手に出刃包丁と牛刀を握っていた。その顔に、微笑みは見当たらない。
「えっ、あははぁ。アルル様ぁ……これはそのぅ。ちょっと晩御飯の仕込みをしてる最中でしてぇ……そしたら、マーコがイタズラをぉ……してきたぁ?」
淡いグリーンの瞳は、いつも通り瑞々しく潤いに溢れているが。どこか惚けた顔で、首を傾げるアイーニャ。
ーー何で疑問系? そんな疑問と、ルビーが猫耳を触る件が結びつかない。
「ま、まぁいいや……取り敢えずアイーニャは、包丁置いてこようか」
「はーい、アルル様ぁ」
にっこりと笑って、アイーニャは台所に包丁を置きに行く。
「で、ゾンビ。ーーどういう事?」
「モウー、アルルさん。ルビーって呼んでヨー、プンプン。アハー、暇すぎてマーコをおちょくってたら。怒って、暴れ出したんですヨー」
部屋を見回すアルル。確かに所々で、暴れ回った形跡が認められる。
「なるほど……それはゾンビが全面的に悪いな」
アルルは、肩のマーコを手に抱いて、頭をわしわしと撫でた。マーコは、にゃあと鳴いてその後「ふんっ」と鼻を鳴らす。ーーん? なんか……ふんっ?
「なんデー!? あとルビーって呼んでヨー、モウ!」
ルビーのその非難を、アルルは完全に無視して部屋の片付けに入る。
ーー暇、かぁ。
アルルは部屋を片付けながら、ルビーの言葉を反芻していた。
「やっぱり……色々、ストレスも溜まってるのかなぁ……」
ぼそっとしたその呟きは、同じく部屋を片付けるルビーにも届いた様で。
「ンー? どうしたんです、アルルさん? ぼそぼそ、気持ち悪いですネー。アハハー」
「くっ、このっ……ま、まぁいいや。ーー実はさ、親方の所をクビになったんだ。今日……」
「アハー、マジですカー。何でまた急に?」
「うーん、何だかオレがいると、他の人のやる気に関わるらしいんだ」
「アハハー、なるほどなるほど。それはまー、仕方ないですネー」
「え? 何でだよ?」
「アハー、本来……人の手での復興はもっと日数かかるでしょう? それも見込んで人を雇います。アルルさんみたく、馬鹿力で何でもかんでも一人で出来ちゃったら……ネー? 仕事を無くした人とかの、雇用も兼ねるんですヨー。ーーある程度の期間は仕事が無いと、経済が回っていかないじゃないですカー。……それはそれで復興の為には必要なんですヨー」
「なるほど……」
ーー何だか、もっともらしく聞こえるじゃないかゾンビ。そうか、オレは……
「オレは……自分のワガママで、逆に復興の足を引っ張っていたのか……」
何となく、ナーサの言わんとしていた事が腑に落ちる。そして、自嘲してしまうアルル。
「アハー、そんな気を落とさないで下さいヨー、アルルさーん。確実に最初の頃は、大分助けになっていたとは思いますヨー。すごく感謝はされてますって、キットー。アハハー」
「そう……だと、いいけど……」
……
…
アルルは掃除ついでに、いつもアイーニャまかせの洗濯物も干し始めた。
部屋のベランダにロープを張って、そこに洗われた自身の服とアイーニャの服を干していく。
アルルは頭の中で、親方や一緒に働いた人々を思い出す。その光景が、頭の中をぐるぐると巡って、意識はずっとそちらに集中してしまう。ちなみに体は、洗濯物を自動で干していく機能と化していた。
「エッ、アルルさーん! アイーニャの下着も干すんですカー?」
そんなアルルに、ルビーが後ろから声を掛ける。
そこで巡る思考は中断されて、自身の手元へと視線を移す。
アイーニャの下着を目一杯に掴んで、ロープに干す途中であった。
「え? ……うん? 何か不味い……の?」
一旦、我に還る。がしかし、何をルビーが指摘しているのか分からず、アルルは混乱し首を傾げた。
そうすると台所から、だすだすとアイーニャが駆けてきて。アルルが手に持つ、自身の下着をひったくる様に全て奪い。
「だっ! 大丈夫ですぅ、アルル様ぁ……これは私がやりますからぁ。えへへぇ」
少し紅潮した顔で、アイーニャはその下着と一緒に、いそいそとまた台所へ戻って行った。
アルルは呆然と、その場に佇む。
「アハー、この朴念仁は全く……ヤレヤレですネー。年頃の女子の下着を……よくもまぁそんなに、無感情に持ってられますネー」
匂いぐらい嗅ぎなさいヨー、アハハー。などとルビーは言って、呆れた顔をして去っていく。
アルルはその場に佇む。否、ただ硬直していた。
小さな英雄アルルは、残りの洗濯物に目を移す。そして、ふと空を見上げるのだ。
その空は、何処までも遠くに伸びる様に広がっていて。様々な青のグラデーションが、自身との距離感を曖昧にし。近くの様な……、遠くにある様な……、そんな感覚をアルルにもたらすのだった。
その吸い込まれてしまいそうな空に、「なるほど……これが蒼天の霹靂かぁ」などと、アルルはぼそりと呟く。
洗濯物を干し終えたアルルは、カゴを持って部屋に戻る。そして持ったままに、咳払いを一つ。
「あ、あぁーそうだ……今、図書館での情報集めがちょっと、微妙でさぁ……その。
ーーナーサさんに、相談したら。良い所があるって紹介してもらって、さ……その。えぇーと……復興の方も暇、になったからさ。そのー、どうだろう。その紹介された場所に……旅行も兼ねて、みんなで行ってみない、かな……?」
何とも一本調子で、ぎこちなくアルルはそう言った。そもそも、情報集めの旅の途中なのに、旅行するとは。と、いう疑問を押し込めて。
「エ? エエエェ! 行く行く行くー。ひゃっほーい、アハハー」
ルビーは大喜びだった。赤い瞳を爛々と輝かせ、吸血鬼特有の八重歯を大きく見せながら、はしゃいでいる。
ーー相当……暇だったんだなぁ。
「私はぁ、アルル様が言うなら何処でもお供しますぅ。えへぇ」
台所からひょこっと顔を覗かせて、アイーニャは親指をぐっと立てる。同意を示すハンドサインだ。
「じゃあ……決まりだね。明日以降、準備が出来次第、出ることにしようか」
「アハー了解、了解! りょ・こう・オー! りょ・こう・オー!」
「はーい、アルル様ぁ」
ここの宿をどうするか。向こうでの当面の宿は、行けば何処かしらがあるだろう。マーコは置いて行けないから、連れて行くとして。馬車の手配……、ナーサさんにも一応の報告はするか。おすすめのお礼と、しばらく図書館に来れない事を言って。あとは、荷物をまとめて……。必要のないものとかどうしよう。この宿に置けるかなぁ……ちょっと相談してみるか。
と、色々と段取りを頭で巡らして、アルルはふと時刻を確認する。
まだまだ時間はありそうだから、今日中に出来ることはやっておくかと。持っているカゴを近場に置いて、行動に移る。
ーーオレも……暇だものなぁ。




