第三部 1章 されど、きらめきは己の中に 001
プロローグ
「お前は、本当にちっちぇなぁ……」
いつも挨拶がわりにそんな事を言って、親方は笑い。そして、お茶が入った木のコップを差し出してくれる。
挨拶のくだりが始まったのは……。そう、自分の身長が十二歳くらいから伸びていない事を、なんとなく話してしまってからだ。
「あ、いただきます親方……」
「おう、いいって事よ」
親方は、筋肉で盛り上がった太い腕で、大量の顎髭をわしわしと揉んで微笑み。隣に座ろうとする。
休憩の為、角材に腰をかけていたのだが。無作法だと思い、コップを手にしたまま立とうするが片手で制止された。
「アルルよ、いいからもう少し休憩しとけ……」
無言で首肯し、また角材に座り直す。
なんとなく視線に困って、空を見上げる。すると、雲ひとつない青空が何処までも続いているのが、心地良い。
陽の光は、そこらの木々に色濃く影を落とし。そこら中に蝉……だと思われる虫が、勢いよく鳴いていた。
親方はじっとりと纏わり付く汗を、首に下げたタオルで拭く。暑いのだろう。
自分の背の低さを、別段なんとも思わない。
彼女がいる世界が、自分にとっての本物だから。それは変わらない。今のこの世界の、現実感の薄さも。
変わらない。
だけど……
ーーなんだろう、この感じ。心に棘が刺さって、それが何なのかが分からない。
「アルルよぉ……お前は本当に、毎日毎日よく働いてくれる。感謝しかねぇよ。この南区の復興によぉ」
「あ、いえ……そんな」
「で、なぁ……そのぉ。もう、アルルに頼ってばかりじゃ、他の奴の士気が上手く上がらなくてなぁ」
「……え?」
「クビにさせてくれぃ、アルル! 本当に、すまん」
頭を深々と下げる親方。
「……えっ!?」
蝉なのか何なのか判別できなかった虫の声が、頭の奥で鳴り響く。
ぐわんぐわんと。
心に棘が云々と、もの思いに耽っていただけに。
思わぬ方向のお達しで、耳が熱くなる。
ーー結構ショックだ。直接、クビって言われるの……
1章 されど、きらめきは己の中に
リン・ダート共和国連邦の西に位置する、ウシロロ・ダート共和国。
その首都ライライローの街に来て、はや五ヶ月ほどが過ぎようとしている。
小さな英雄の、アルル=エルセフォイは十五歳になっていた。
「あっはっはっはっは! そう、そうか……いや、すまない。ははっ……君の心中は、察するに余りあるが。ーーすまない、ついつい笑ってしまった。思いのほか、衝撃を受けている君の顔が面白くてね。……いや、すまないアルル」
築数百年を誇る公立図書館。古い本のカビ臭さが漂う館内のカウンターにて。
そこの管理者のナーサ・ミ=ショーオは、何ともあけすけに笑う。
眉上で切り揃えられた前髪が、特徴的に揺れて。長い黒髪のポニーテールも、それに追従している。
「……」
ーーそんな笑う事ないのに……。ナーサに笑われる程の、しょげた顔をしたつもりが無いアルルは、不機嫌さが表に出てしまう。
「はは……、いや。そりゃ僕も、君がクビになって心底、残念に思う。思うが……ははっ、すまない。くっくっく」
体を小刻みに揺らして、笑いを殺すナーサ。
「笑いすぎですよ、ナーサさん……」
くそっと、内心歯噛みしながらアルルは答える。
「いや……おほんっ。すまない。話を戻そう。ーー君はこれから、自分がどうするべきか。僕に聞きに来たんだっけね?」
「そう……です」
アルルは、先の巨人(破壊神レメギス)による被害が甚大な、ライライローの南区。その復興の為。そこの大工に手伝いを申し出ていた。
そして、ほぼ毎日を復興現場の手伝いと、図書館での歴史調べ。その往復をして暮らしていたのだ。
「その……親方には無償でいいと、言っていたのですが。……最後にまとめて、結構な額も頂いてしまって」
アルルは、親方にクビを伝えられた後。そのままの足で、ナーサのいる図書館に来た。いつもより時間は早いが、ここに足を運ぶ日課がそうさせたのだ。
「ふむ……なるほど。なるほどなぁ……うーん」
ナーサは今度は深く、悩ましげな表情になる。それを見て、アルルは眉をひそめた。
「ナーサ……さん?」
「うん、そうだな。まずはこれを聞くとしよう。ーー君はどうしたいんだい?」
「え?」
ーー自分がどうしたいか……?
「え……どうしたいか。……どうしたい? どう……って」
ーー元の世界に帰りたい……それだけ、だ。
それだけなのに、アルルは言葉に詰まる。
「ふふ……ショックなのは分かるが、君は自分の為に成すべき事があるのだろう? その為に、毎日ここに通っても居たのだから」
「そう……です。はい」
「だったら、それをすればいいよ」
「それを……?」
アルルは、南区の復興を最後まで手伝うと己に課していた。もちろん無償での、奉仕活動だと認識もして。
だが現実は、親方から言われた『他の従事者の士気が下がる』という事と。クビの宣告。
いらないと言ったが、無理に持たされたまとまった額の金。
アルルは、何とも言えない気持ちを抱えて、それを吐露したくて。ナーサに会う為、図書館に足が向いた所もある。無意識に、だが。
「ふふ……、復興などほっぽり出せばいいよ。実際に君は、十分過ぎるほどの皆んなの役に立っているしね」
ナーサは、人差し指を口元に持っていき片目を瞑って、アルルに投げかける。
「え……でも」
「お暇を貰ったと考えなよ」
「でも……街は、まだ……」
復興の兆しは確かに出始めていて、活気も戻りつつある。が、アルルはまだまだ、自身でやれる事はあると考えていた。
「君は、毎日ほぼ休みなく。手伝いや、ここでの調べもの。それだけに費やしていたけれど。ーー流石に、君の所の愉快な仲間達は、退屈なんではないかな?」
「ゆ、愉快な……?」
ーーゾンビや、アイーニャの事だろうか……。そういえば、ゾンビが何処かに行きたいだの、暇だの言っていた様な気がするなぁ。
赤髪の吸血姫ゾンビが、部屋の床に寝そべりつつ。じたばたしていた様子を思い出す。
ーーいつものおふざけだと思って、完全に流してたな……。アイーニャは、普段からそんなに何かを主張するタイプでもないしな……
「それにさ、君の調べ物は捗っているのかい?」
「そ、それは……。確かに今の所、有力そうなものは何も……」
「うん、まぁそうだろうね。伝説一つとっても、それに付随する資料やらで、信憑性や確度を上げる事がまずもって難しい」
「はい……そうです」
この図書館に通って数ヶ月だが、アルルは元の世界に帰る為のヒントすら見つけられずにいた。
ここウシロロや連邦全体の歴史には、一般の国民よりかは知識量は増えたが……
「そこでだ、僕からの提案なのだけれど。どうだろう、旅行にでも行ってみては?」
「りょ、旅行ですか……?」
「そうだね……、君のワガママに何より付き合ってくれている、君と寝食を共にする仲間達と一緒にさ。慰安旅行じゃないけれども。ーーそんな、ささやかな楽しみをさ。プレゼントしても罰は当たらないんじゃないかな?」
ふふっと笑って、軽くウィンクするナーサ。
「わ、ワガママって……そんな、事……」
何が我儘なのかと。アルルは、いまいち判然としていない。
「ふふっ……、あぁそうだ。せっかくだしおすすめの場所も伝えておこう。ーーこのウシロロの隣国なんだけどね。サイ・ダート共和国。ーーそこには、連邦唯一の魔法剣術学校があるんだ」
「魔法……剣術学校? ですか……」
「そうそう。創立数百年を誇る、歴史ある学校でね。僕達、共和国連邦に身を置く者なら、その名を知らないものはいない程の、有名な上級士官学校だ。魔法と剣術を組み込んだ戦術は、ここでしか学べないだろう。実は、僕の母校でもある」
「そう……なんですね。でも、学校が旅行におすすめって……」
「ああ、それは君用だよ。僕の名前を出せば、話くらいは聞いてくれるかも知れない。伝説やら伝承の類の話を……ね。ーー観光としては、内陸部ではあるんだけど川が多い地域でね。ぜひ行ってみて確認して欲しい。内陸の孤島と呼ばれているんだ。ーーサイの首都はね。この連邦内部で、一番美しい場所さ」
それじゃあ僕は、研究に戻るとするかな。と、カウンターから席を立とうとするナーサ。
言いたい事を言ったら、次の行動へ。それがナーサの性格なのは、アルルはここ数ヶ月のやり取りで把握していた。
「はい……なんか。色々とありがとう御座います、ナーサさん」
何がありがとうなのだろうと、思いつつ。アルルはちゃんとお礼を口にする。
「うん、いいよ。僕も、君とのおしゃべりが好きだからね」
お互いに手を振って、アルルは図書館を後にする。
ーー旅行……か。
そう、心の中で一人ごちる。考えてもない発想だった。
時刻は昼を過ぎたあたり、アルルはお腹が減っているなと気づく。
「そうだ、なんだかんだで昼メシ食べてなかったな……」
図書館を出て数十分歩いた所で、目に付いた食堂に入る事にするアルル。
そこで、ばったりと知り合いに会うのだった。
カツサム・イトゥヌと、その妻のミカ・イトゥヌにばったり会ったのだ。




