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第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』014



「にゃっ……何を言っている、吸血鬼っ! 離せっ、くっ。このぉ」

 絶えず抵抗を試みる猫耳娘だが、その拘束が解ける様子はない。


「アハー、まぁまぁ。これまでも結構仲良くやっていたじゃないですカー、マーコとワタシ達は。ねぇアイー?」

「そうですねぇ、ルビー様ぁ。いやん、マーコもふもふぅ。えへへぇ」

 三者は未だ団子の様に塊になって、ルビーとアイーニャは猫耳娘のその猫耳を触り続けている。


「くっ、離せー! それにあたしをマーコだなんて呼ぶなっ! ーー猫のふりをするのに、必要だから甘んじていただけだっ!」

「マアマア、そうでしょうよ。アハハー、だからここは紳士協定を結びませんカー? いや、淑女同盟というべきですかネー、アハハ」

「……同盟?」

 ルビーの腕の中の猫娘は、段々と静かになっていく。暴れるだけ無意味でもあるし、ルビーのその言葉に興味を惹かれた所はあるだろう。


「アハー、そうですそうです。アナタは、何かしらの目的あって、アルルさんに近づいた。ワタシは、ケモ耳成分が欲しい為にそれを黙っている。と、そんな感じですヨー」

「……いいのか? アルルに悪いとは思わないのか吸血鬼?」

「アハー、アルルさんなら何が起きても大丈夫ですヨー。あの朴念仁には、何も通じませカラー。アハハー、ねぇアイー?」

「えへへぇ、それはそうかもしれませんねぇ。……でもねぇ、マーコ。アルル様を傷つける様なら、私は容赦しないですよぉ」

 おっとりとアイーニャは言葉を返す。

 それを猫娘は鼻で笑う。


「にゃはっ! ……エルフ如きにアタシがどうにかできると思えないねっ」

 ルビーの腕の中にあって、強がりとも取れる発言だが。猫娘は、気丈に笑ってそう言った。


 アイーニャは猫耳を触るのをやめて、猫娘の尻尾の毛をむしる。

「にゃあっ!? ーーおい、何をするエルフ! やめっ、おい!」

 委細を無視して、動けない猫娘の尻尾の毛をむしるアイーニャ。

「やめっ、やめろっ! コラッーー! おい、エルフ! に“ゃっ……」

 アイーニャは無言で、尻尾の毛をむしり続けた。


「マアマア、アイー。その位にしときなヨー、アハハ。マーコも気を付けた方がいいですヨー。アイーはこう見えて、中々に静かなる炎を宿す美少女エルフなんですカラー」

「やだぁ、ルビー様ぁ。そんな……美少女なんてぇ」

 頬を赤らめ、いやいやと恥ずかしそうに被りを振る。


「く……お前ら。にゃんて、ふざけた奴らだ……くそ」

「アハー、わかってくれましター? マーコの事は黙ってますから、自由に何でもやって下さいヨー。でもその代わり、たまにケモ耳をもふもふさせて下さいネー」

「何を言ってるっ!? ……それにマーコではないっ。ーーアタシは、エリス・エリリス。誇り高き高位妖魔(ハイ・リリン)!」

 アルルの知らない所で、またもや名付けた名前が否定される。


「アハー、よしよしよしよしー。アハハー」

 猫娘のエリスの口上を無視して、ルビーはまた猫耳をもふもふと揉みしだく。

「やめろ、やめろ、やめろ、やめろーーーーっ!」

 吸血姫の腕の中で、ろくに抵抗もできずエリスと名乗る猫娘は、されるがままだ。

 アイーニャも便乗して、猫耳をもふもふと揉みしだく。

「アハー、もふもふー」

「えへぇ、よしよしよしよしぃ」

「やめろよぉ〜……やめろってぇ。にゃあぁぁ、にゃめろよぉぉぉ」


 自身を高位妖魔(ハイ・リリン)と名乗ったはずのマーコ兼エリスは、吸血姫ゾンビとエルフの少女に猫耳をただただ揉まれ。

 そして、レベル差により全く身動きが取れず、抵抗するのも諦める。

 大きく吊り上がった猫目に、なみなみと涙を溜めて。猫の様に、にゃあにゃあと鳴くのであった。

 否、泣くのであった。



 

 ウシロロ・ダート公立図書館内。

 アルルは、準一級図書士のナーサ・ミ=ショーオに案内をされ、歴史にまつわる書架の前まで来た。


「うん、どうだろう。ーーここが、君が望むこのウシロロ。ひいてはリン・ダート共和国連邦の全歴史が収められている書架にあたる。ちなみに、君が持つ利用証権限でないと、ここの閲覧は禁じられているんだ。主にこの国の、上層部以上でしか持ち得ない証なんだよ、それは」

「あぁ、そ、そうなんですね……」

 その言葉が意味する所は、アルルには分からない。

 分からないが、小さな少年は目の前の蔵書量に圧倒されている。アルルの胴体ほどの大きさの本が、ざっと見ただけでも数百冊はあるように思われたからだ。


 ーーこれ……読むのにどの位かかるんだろう。

 驚きと共に、その膨大な量を読破する時間も予測してしまい。若干の気怠さも、感じてしまったからだ。


「んっふっふ……かなりの量だろう? 果たして君が、何日で音を上げるか見ものではあるよ。ーーちなみに、ここまでの量の蔵書は、連邦広しと言えど、ここにしか無い。それには、連邦各国の協力が不可避でね。ここが国立でなく公立なのも、そこらへんに理由があって……」

「あ、あの。ナーサさん……ナーサさん!」

 何とも語りが長くなりそうな雰囲気を感じ取り、アルルは話の途中で割って入る。

「お話の途中すみません。今日はそのー……場所の確認ができれば良かったので。ーー時間も遅いですし、今日の所はこれで帰ろうかと思います」


「んー、なるほど。ーー確かに。閉館の時間はもうすぐだ」

 ナーサは、部屋の中央に設置されている柱時計を見てそう言った。

「すまない……ついつい久しぶりに人と、この図書館について話したものだから……すまないねアルル君」

「あ、いえ。案内してもらって、大変助かりました。お礼を言うのは、こちらですよナーサさん」

「ふふっ、君は本当に礼儀が正しいね。それでは、ここまでにしようか」

「はい。一応、何もなければ明日からお邪魔させて貰おうと思っているんですが……ナーサさんは、そのー。ーー毎日ここにいるんですか?」

「ああ、構わないよ。そして、僕は毎日ここに居る……それが仕事なんだ。ここの管理と運営がね。まぁ、自分の研究もあるにはあるが……、まぁそれは置いておこう。ーーしばらく君に会えるという事実は、大変嬉しく思うよアルル君」


 何で嬉しいのだろうかと、アルルは考える。

 ーーここで一人で、ずっと仕事してたのかな……。寂しかったんだろうか……。

 そう思うと、変人などとレッテルを貼って申し訳なかったと、アルルは反省した。


「では、ナーサさん……これからよろしくお願いします」

「うんうん、分からない事があれば、何でも聴くといい。君になら、僕の全てを話しても面白いかもしれない」

 ーー全てを話すと面白いの? ……ん? どういう意味なんだ?

 ついつい不思議そうな顔になるアルル。


「ああ、すまない……軽口の分類だから気にしないでくれよ、アルル君」

 ナーサは微笑み、かわいいなぁとアルルに聞こえない様に呟く。

 そして、ーーやっぱり掴みどころのない変な人だなぁ。と、アルルは思い直す。


 そこから入り口まで、再度案内をしてもらいこの日はナーサと別れた。


 帰り道、外はすっかりと日が落ちて、夜になっている。

 風が涼やかに吹いて、アルルの髪を通り抜けた。


「アイーニャが料理を作ってくれるって、言ってたな。ーー楽しみだなぁ」

 誰に訊かすともなく、そう独りごちる。

 帰ると料理があって、待っててくれる人がいるという事がアルルの足を軽くしていた。


 そこに気付き、アルルは否応なく落ち込んだ。心の浮き沈みがあると、ついつい考えてしまう。想像を元に比較してしまうのだ。


 ーー彼女(あのこ)との生活は……あったなら。続いたなら……どうなっていたんだろう。


 栓なき事を考えてしまい、上がった感情は少し下がった。

「いや、大丈夫……いつか……いつか帰れる」

 今度のは、自分に言い聞かせた言葉だろう。

 そうして、夜空を見上げつつ。アルルは、帰路についた。



 帰ってみると、アイーニャが作ったらしい料理が、宿屋の食堂に並んでいる。

 どうやら食堂の料理人に、アイーニャは気に入られて厨房を貸してもらった様だ。


「すごいなアイーニャ。豪勢だ……」

 アルルの回復祝いで、かなり腕によりをかけたと後になって聞く。


「それじゃあ、食べようか。ありがとうアイーニャ」

「いえぇ、そんなぁ……アルル様が元気になって本当に良かったですぅ」

「アハー、そうですネー。アハハー……あ、カツミカも呼べばよかったですネー」

「ああ、そうだねそう言えば。カツさん達は、忙しいのかな?」

「アハー、どうでしょう。明日あたり会いに行きますカー? スマホがあれば便利なんですけどネー」


 いただきますを言ってから、そんな会話をする一同。

 やはりアイーニャは、気になっているのか。しきりに「すまほぅ? ……すまほぅ?」と、聞いてきたが。アルルとルビーは、聴かなかった事にして食事をする。


 猫のマーコが、アルル側のテーブルに乗ってきて、猫用に用意された焼き魚を頬張り始める。

「おお、マーコのも用意してくれたんだ。ありがとうアイーニャ」

 アルルは、焼き魚を食べるマーコの背中を撫でながら、アイーニャにお礼を言った。


「えへへぇ、マーコも一緒の家族ですからぁ」

「アイーニャ……」

 なんとなくアイーニャからの一言は、アルルの胸を打つ。


「アハー、そうですヨー。マァァァコは、家族ですヨー。アハハハー。ねぇ、マァァコちゃ〜ん」

 ルビーは、何だか含みがあっていやらしい笑みを浮かべている。


「何だ、ゾンビ。その感じ……」

「にゃ……にゃあ」

 マーコは若干のぎこちなさを伴った鳴き声を出す。

「ん? ……どうしたマーコ? なんか……声が変だな。もしかして風邪でも引いた? え?」

 アルルは途端に、心配になる。

 この世界で、動物が風邪を引いたら獣医などがいるのかどうか。そんな事が気になってしまったからだ。


「アハー、アルルさん大丈夫ですヨー。今日はワタシ達と、ずぅぅっと一緒でしたが、元気そのものでしたヨー。ねぇアイー?」

「はぁい、そうですよぉアルル様ぁ。マーコは今日も元気でしたよぉ。えへへへぇ」

「え? そうか……それならいいんだけど」

 アルルは、微妙に変なその場の空気を。その違和感を、感じる事はない。

 ルビーに称された様に、朴念仁であることは間違いがないのだから。


「にゃ……にゃあぁ」

 ぎこちない鳴き声で誤魔化し、猫のマーコ改め高位妖魔(ハイ・リリン)のエリス・エリリスは。再び焼き魚を、むしゃむしゃと食べ出すのだった。 


 小さな英雄は、仲間達を交互に見遣り。この光景を、微笑ましく感じてしまい。小さく笑ったのだった。

 


 

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