第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』012
三日ぶりの食事を、綺麗に平らげたアルルは。口元を布ナプキンで拭く。
「さて……と。これからどうするかなぁ……」
テーブル上のナイフとフォークを、まとめて横に置いてそう呟く。
そもそも何をしに、この街に来たんだっけと。今更そんな事を、考えるアルル。
「アハー、アルルさーん。ここの図書館に行ってみようって言ってたじゃないですカー」
「あぁ、そうか。そう言えばそうだった……」
アルルは、頭をぽりぽりと掻いて思い出す。
ーーなんだが随分前の様な気がするな……。
「おう、そうだな。あの案内した図書館に行くといいよ……俺らはまたちょっと、あれぇなんだが……なぁミカ?」
「え? あれって何カツ君?」
「いや、ミカー……あれって言ったらあれだよ……そのぅ」
「ゴブリンの事ぉ〜?」
「ミカー、言うなってぇ! もう、何の為に口止めしたと思ってぇ」
「えぇ〜!? わかんないよカツ君! えぇ〜、もう何〜?」
歯切れの悪いカツサムの言に、ミカは猛抗議をして夫婦の掛け合いに変わっていく。
やいのやいのと、また始まる。
アルルにとっても、もはやお馴染み。カツミカの夫婦喧嘩だ。
「じゃあ、ちょっと行ってみようかな……図書館に」
犬も喰わない。もといゴブリンも拾わないモノは、アルルは無視をして、ルビーとアイーニャに向き直る。
「アハー、行ってらっしゃいですヨー。ワタシは字が読めないので、アイーとマーコとお留守番してますヨー? ねぇアイー?」
「はぁい、ルビー様ぁ。行ってらしゃいアルル様ぁ。今日こそ、私のちゃんとした料理を食べて下さいねぇ。えへへぇ」
戦いに勝利して、ルビーに担ぎ込まれたアルルは。帰ってくる事を信じているアイーニャが、作った料理を結果的に食べれなかった。
三日間寝ていたのだから、それは仕方がない事だろう。
「うん。ありがとうアイーニャ」
ーーアイーニャの手作り……楽しみだ。
「ああ、そうだアルル。ーーこれを」
カツサムは、ぎゃあぎゃあ言うミカを制して、懐から何かの札を出した。
「ん? ……何ですこれ?」
それを受け取り、アルルは繁々と観察する。この国の紋章が裏表に刻み込まれて、中々に華美な意匠をしている。
「それはな、図書館の利用証なんだ。無料でほぼ全て閲覧できる。まぁそのー、最上の入館証だな。ーー今回の出来事で、ウシロロ大統領からの報奨……ではないんだが。まぁ、何というか俺からのお礼も含めて……だな」
「もうカツ君、回りくどいよ〜。アルルありがと〜の印なのよ〜! ーーカツ君と、この国を代表して」
ぺこりとミカは頭を下げる。
「代表……ですか。そんな……なんか、すみません逆に」
アルルは、何とも面映い気持ちになるが。それを懐にしまう。
「アハー、国を代表ですカー? それはそれは……アハハハー。もしかして、ミカは大統領となんか関わり合いがあるんですカー?」
アイーニャに再度、持ってきて貰った茶色のお酒を、くぅっと一気に飲み干すルビー。相変わらず、酔った風は無いが飛躍した質問だ。
「あれ〜、言ってなかったけ〜? ウシロロ大統領は、ミカのお父さんなの〜」
「えっ?」
「アハー、なるほどネー。アハハ」
「言ってないだろミカー」
「ええ〜? そうだっけ〜? まぁ、でも。今言ったからいいよね〜、あはは」
この事実を、すごい驚く事と捉えるべきか否か。アルルは、もう一度深く考える。
ーーいや……、特に誰がお父さんでも関係ないよな。
気にしない、をアルルは選択する。
そしてアルルは、食事を終えたので予定通り、図書館に向かう事を一向に促し、席を立つ。
ルビーとアイーニャは、部屋に戻って洗濯や買い出しに行くと言う。
カツサムとミカは、これからまた報告をする為に大統領府に戻るという事で、一旦各々は別れた。
アルルは、とぼとぼと街を歩く。一人で。
図書館までの場所は、些かうろ覚えではあるが。貰った地図と、見たことのある風景を頼りに進んで行く。
「あのー、すみません。図書館まで行きたいのですが……」
結局分からず、街ゆく人に聞いてしまう。
時刻は、もうじき夕暮れに差差し掛かっている。
ーー今日のところは、場所だけでも慣れておかないとな。
案内をしてくれた男性は、変に芝居掛かった風でもなく。普通の感じで、親切に図書館の場所を教えてくれる。
ーーあの、変な感じの喋り方とかは、若い人に多いのかな……?
「わざわざすみません。ありがとうございます」
そう丁寧にお礼を言って、アルルは教わった道を再び歩き出す。
こまめに舗装されていると窺わせる石畳。その線を目で追ったり。
ふと立ち並ぶ家屋を、つぶさに見て回りながらアルルは進んで行く。
三階建てからなる、それぞれの部屋の欄干には。洗濯物が風に合わせて消極的に踊っている。
そしてそれが、夕暮れ間近の橙と赤を反射して。どれも優しい暖かみを、色として宿していた。
アルルはとぼとぼ歩きながら、自身が守ったと言われた街並みを。確認でもするかの様に。
一つ一つを見て回る。
「今回は……上手くやれたのかな。ーーオレは」
ぽつりと独りごちたアルル。とかく実感は無い。
三千人以上も死んでいるのだ。
あまり気分は上がらない。上がるはずがない。
ーーここら辺は、多分被害は無い方なんだろう。明日あたり、戦った場所に行ってみよう……かな。
ライライローの街は、区画整理がある程度なされているので、教えられた通りに道を辿れば、目的地に着くのは容易かった。
図書館の入り口に続く大階段を登る途中、振り返ると。カツサム達と行った、劇場が見える。否、もう跡形もなくなった劇場の跡地が、見える。
「……ふぅ」
それを一瞥し、少しばかり悲哀を灯す表情で、小さな少年は大階段を上がって行く。
そして、アルルの何倍もある大扉を開けて、図書館の中に入った。
日は遮られて薄暗い。だが、真っ暗と言う程ではなく、明かりが絶えず虚に揺らめき点在している。
「ごめん下さいー」
見渡す限り、書架や図書物は見受けられない大広間で、アルルは少し大きめに声を張った。
人の気配は全くと言っていいほどに無い。
が、がたっと音がする。
その方向を見ると(この図書館の受付だろう)カウンターから、人影が出てきた。
「やあ、お客さんかな? ……珍しいと言えば、珍しい」
カウンターから、女性が出てきた。
背はアルルよりも若干高いだろう。照明のせいで分かりにくいが、綺麗なロングの黒髪であるようだ。
前髪は、綺麗に眉の少し上で切り揃えられて。後ろ髪は、一つに結んだポニーテールが腰まで伸びている。
大きな丸メガネをかけた、二十歳前後くらいに見える、大人の女性だ。
「あ、あのう……すみません急に伺って。ここの図書館を利用したいのですが……」
「ふむ……ここを利用したい、と。ふむふむ……見るに、少年の域はまだ出ていない様に見受けるが?」
女性は、アルルを値踏みするかの様に鋭く観察している。
「あ、はい。……少年、です。あっ……えーと、これを……」
アルルは、自身の年齢をどう言うか迷ったが、少年で通すことにして。懐のカツサムより貰った、ここの利用証を提示した。
女性は訝しむ様に、それを手に取る。
「ふむぅ……これを目にするのも、珍しいと言えばそうなんだが。君がこれを持つ……それが輪をかけて、珍しい……」
そしてその女性は、微妙に体をくねらせ少し大袈裟に首を傾げ。
利用証とアルルを交互に見遣る。
少しの間が空き、観察は終えたのか。
「ふむ、まあいいとしよう。……これが盗まれた。と、言う話は僕は聞いていないし。本来、盗んでまで欲しい物でも無い。……と、なると正規で君がこれを持つに足る人物なのだと……逆説的な証明になっているのかもしれない」
妙な格好で、首を傾げたまま言う女性。警戒を解いたのか、足を広げてふぅと息をつく。
ーーうわー、変な人だなぁ。
アルルは、顔を変えずに心でそれを口にする。
「その……アルル=エルセフォイと言う者です」
「ふむむ……先に名乗られてしまったな、少年に……。恥ずかしいと言う感情は、何年振りだろう。すまないね、少年。ーーでは、僕も名乗るとするよ」
特に、恥ずかしそうな表情は一切なく。
女性は、凛とした声色で静かに名乗る。
「僕は、このウシロロ・ダート公立図書館の準一級図書士。ナーサ・ミ=ショーオ。主にここの管理、運営を仕事の主にしている。図書の扱いには長けているつもりだ。ーーよろしくね、礼儀正しいアルル君」
と、軽く片目を瞑りウィンクをするナーサ。
「あ、……はい。お願いします、ナーサさん」
何となくアルルは、一礼してしまう。




