第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』011
アルルは目が覚めて、見た事のある様な天井がぼんやりと目に入る。
少しの間を置いて。
ーーああ、そうだ。泊まっている宿屋の、自分の部屋か。と、気付く。
若干、体がダルく。筋肉痛の様な痛みを全身に感じるが。取り敢えず、体を起こす。
「……ん?」
アルルのベッドに、肘を掛けるようにして。淡いグリーンの髪と瞳を持つ、エルフの少女が静かに寝息を立てている。
アイーニャだ。
「……うにゅ〜。う、ん……、うん?」
アルルが上体を起こす揺れで、アイーニャを起こしてしまう。
「あぁっ! ーーあ、アルル様ぁ……」
淡いグリーンの瞳から、途端に涙がぽろぽろと溢れてくる。
「ああ、ちょちょっとアイーニャ。ど、どうしたの!?」
アルルは、心当たりが無いのか目に見えて動揺した。
「ふぇ……よかったぁ……本当にぃ、グスン。アルル様ぁぁ……」
ベッドに伏して、さらに泣いてしまう。
「ええぇ……何? 何なのぉ? ……アイーニャ、泣かないで」
アルルは、困惑をしつつアイーニャの肩に触れた。
と、そこで誰かしらが部屋に入ってきた音がして、そちらに注意を向ける。
「アハー、アルルさん。やっとのお目覚めですカー。アハハー」
ルビーであった。変わらず能天気な雰囲気で、入ってくる。
「ゾンビか……、これどうなってるの? ……やっと?」
「アハー、アルルさんは三日間ずっと寝たままだったんですヨー。まるで眠り姫の様にネー。アハハ」
ーー三日間もっ!
アルルは、素直に驚いて眠り姫の部分をスルーした。
破壊神と戦い、勝った事は覚えているが。細部は判然としない。
ーー酔っ払ったカツさん達と、変な屋敷に行って。……色々あって、でかいのを倒した? ん……?
やはり、アルルは色々の部分があまり思い出せない。
「んー、なんか色々ぼやけてるな。ゾンビ、そこらへん教えてよ。この三日間とかも」
「アハー、アルルさん。もう! ルビーって呼んでヨー」
「いや、お前の事はゾンビとしか呼ばないと、心に決めてるんで」
アルルは、すんとした顔をして。手で、ストップのポーズをする。
「エエー、もうイケズなんだかラー。プンプン」
ーーなんだ、プンプンって……。
少し寂しそうな表情を一瞬、垣間見せるルビー。アルルは、それには気付かない。
「アハー、まあ三日間に関しては。そこのアイーにお礼して下さいヨーアルルさん。……毎日看病してくれたのはアイーなんですかラー」
「え、……そうなんだ。看病? そんなに酷かったんだ……アイーニャ。ごめん……ありがとう」
アルルは、そばに居るアイーニャの肩を。また、優しく触れた。
「グスン……いえぇ。そんな事……ない、ですぅ。アルル様が目覚めて、嬉しくてぇ……」
「アラアラー、アルルさん泣〜かせた〜。アルルがアイーを泣〜かせた〜。アハハー」
ーーくっ、このゾンビィ……ん? あっ!
「あっ! そういえば元はと言えば、お前が。ーーゾンビがややこしい事をしたからじゃないか!」
その日の部屋の事が、少し蘇る。
「ああっ! ……そう言えばこの部屋の欄干壊しただろっ。……で、もっと言えばお前、ゾンビー! 空中から落としただろ、オレを!」
色々思い出して、沸々と怒りが再燃してくるアルル。中々に、根に持つタイプなのだった。
「アハー、ワタシはエルフの国で。アルルさんに、思いっきり投げられましたけどネー」
強かに反論するルビー。
確かに、事実としてアルルは、あの時ルビーを思いっきり投げた。
「うっ……そ、それは……」
いきなり言葉に詰まってしまう。
「アハー、まあまあ。それはそれとして……カツが色々手を回してくれたみたいで、逆にワタシ達は感謝されてますヨー? この国の大統領ニー」
「え……大統領、に?」
とかく話は、アルル抜きでも進んでしまうのだった。
ルビーが「カツミカと、ここの食堂で待ち合わせてるんで、話の続きはそこでしましょうカー」と、言うので。アルルは、服を着替える為ベッドを出る。
小高い丘の上の宿屋。そこの食堂に一行は集まった。
時刻は昼下がりで、食堂にはアルル達以外は誰もいない。
アルルにしてみれば、かなり遅めの朝食になるし、三日ぶりの食事となるだろう。
「じゃ、改めて……アルル。今回は本当にありがとう」
「ありがとアルルー」
食堂に着いて、各々の席に座って開口一番。カツサムとミカが、そう感謝を述べる。
「いや、カツさんミカさん。そんな……頭をあげて下さい」
「アルル……、そのすまんっ。俺とミカは正直、酔っ払って記憶がないんだが。翌日ルビーに、顛末を聞いてな。ーーアルルがいなければ、この国は終わっていたんだと」
改めてアルルは、そんな事態であったのかと思った。
自分が、兎に角なんとかしないといけないと、激しく思ったのは覚えている。
「ああ、いえ。……それでそのー。街とか、他は大丈夫だったのですか?」
「んんー、被害で言えば。二千弱の家屋が破壊されて。死者は、現在で三千人程の報告を受けている」
「さんぜっ!? ……そう、ですか……」
アルルは、反射的に下を俯いた。
「あ、ちょアルルー! 気にしないでっ! ……ちょ、カツ君もなんか! ほらっ」
「あぁ、そうだぞアルル! ……このくらいの規模で済んで、むしろ良かったとする向きが多いんだから」
カツサムとミカは、慌ててフォローをする。
「アハー、そうそう。むしろ、あの巨人は多くの人が見てもいたんデー。かなりのパニックが起きてたみたいですヨー」
割って入ったルビーの言は、フォローなのか何なのか分からない。そして何故か「アハ、茶色のお酒を頼んでくれないかなアイー?」と、アイーニャにお酒を頼む。
「はーい、ルビー様ぁ」
それに従うアイーニャは、とことこと店員に聴きに行った。
テーブルの上の猫のマーコは、我関せずといった具合である。
「ああ……ええと。そうですか……」
アルルは、何と言っていいか分からない。
「まあ、なんだ。あの屋敷はもう跡形も無くなってなぁ……あそこから生きてる人が出てきてないんだ。だから、まあ……俺らが侵入した事も、実は報告はしてなくてな。なんで、突如現れた巨人を、俺達パーティで倒したってゆう事にしてある……いやははっ」
カツサムは、歯切れが悪くそんな事を言う。
ーーなるほど……話をややこしくしない為の処置なのかな。カツさんには感謝だなぁ、毎回……。
カツサムは、酔っ払って何も覚えてないと報告できなかった。との、考えにはアルルは至らない。
そこでふわっと、一部の記憶が蘇る。
「あ、そう言えばあそこでゴブリン見ました……多分」
「「ええっ!」」
カツサムとミカは同時に驚く。
ルビーは「アハー」などと、いつも通りに戯ける。
「はい、……あのゴブリンの死体に。……多分、あの麻薬工場で見た草が生えてました」
「あの……草、を……?」
カツサムとミカは、より一層色めき立つ。
少しの沈黙。
「あぁ、そのーアルル……その話はちょっと、こっちに持ち帰らせてくれないかな。いいかな? それと、他言は無しでお願いしたい」
「え、はい。カツさんがそう言うなら……」
急に、連邦捜査官の顔になるカツサム。
「ルビーもいいか?」
「アハー、いいですヨー。しかし……なるほどネー。アハハー」
カツサムは、眉間に皺を寄せて何事かを考えている。
ーーなるほどねって、また何かゾンビはわかってる風を出すなぁ。と、アルルは思って口にしない。
そして猫のマーコを撫でた。ごろごろと喉を鳴らす音を、その手に感じて。
そして、小さな英雄は約三日ぶりに食事をするのであった。




