第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』008
アルルの眼前に現れた、その光輝く盾は。アルルの左手で操作ができる様で、手を握ると閉じ。開くと、また展開される。
「な、何とかなっ……た。ーーのか?」
目をしばたき、展開された輝く盾を二度見。小さな英雄は、いまいち事態の理解に至らない。
後ろを振り返り、街の安否を確認をした事で、ようやく胸を撫で下ろす。
アルルの理解としては、結果さえ確認できれば、理屈はどうでも良い。
ーー大事なのは、そこじゃない。
小さな英雄は顔を上げた。
《遠き理想と英雄の盾》
英雄や勇者に許された、特別な概念武装なのだが。アルルには、もちろん知る由もない。
この盾は、発動後あらゆる悪意のある攻撃を、無効化。および解消をして、どんな攻撃も完全に防ぐ。
しかし、発動条件は厳しく。条件が一つでも揃わなければ、発動しない。
そして、その条件を全て、アルルが把握する事は難しいだろう。検証できる環境が、とても作りにくいからだ。今を除いては。
だがアルルは、そんな事よりも現実的な対処の方を優先する。
邪神レメギスは今起こった現実に、もう一度恐慌状態に入りそうになるが、踏みとどまった。
もはや、この小さき人間を滅する事は諦めて。その代わり、街を破壊し尽くそうと、邪神は主旨を切り替えてしまう。
アルルを見遣り、不意に真逆を向く。
反対方向に、あの闇の波動を撃つ為、また四つん這いになって、口を大きく開ける。
ただの人間の都合で。堕とされ、名を変えられ、形までも変えられた憎悪を、ただただ吐き出すだけの存在になろうと。邪神は初心を思い出す。
破壊があればいいのだと、そこのみに思考を集中した。
「《暗黒超光弾》!」
それは、街を。人を。一直線に完膚なきまでに消滅させる。
はずだった……
アルルは、疾風怒濤。邪神の射線上に、すでに飛び込んでいた。
その脚力だけを見ても、驚嘆に値する事なのだが。兎に角、攻撃を防ぐという事にのみ一意専心し、それだけに集中した結果。
邪神の動く様だけを見て、予測し、素早く行動に移し。先回りをしたのだ。
単純かつ、常人離れした身体能力あっての離れ技である。
闇の波動は、光輝く盾によって解消。
アルルは、着地と同時にまた駆ける。
邪神は首を90度曲げて、闇の波動を撃つ。
それにも追いつく小さな英雄。
今度は、体を大きく逸らし、真後ろに放つ。
そこにも追いつく。
小さな英雄は、神経が研ぎ澄まされて、もう予測の範疇を超えてきている。
もはやそれは、予知に近い。
三度、四度。
闇の波動は悉く、防がれる。
同じことが繰り返され。
アルルもただ防ぐ。
しかし、ここで徐々にだが、変化が生まれてきていた。
邪神の体が、段々と変わってきているのだ。
邪神は、アルルと同じく。目的を一つに絞って、それだけを渇望するあまり。クラスチェンジを果たす。
邪神レメギスは、破壊神へと種族分岐の権利を得て、それを行使したのだ。
破壊だけに、全てを賭けた存在に成り上がった。
思考も、意識も全て。
破壊衝動に変換させたが故に。破壊神として、生まれ変わる。
体の形態変化がどんどんと進む中、撃っては防いでの攻防も並行して行なわれていた。
アルルは、その邪神の変化に気づいてはいるが、防ぐのみで対処はできない。
邪神の手や足は、四つん這いの状態から、木が根っこを生やすように、地面と融合していっている。
頭と体の境目が、どんどんと曖昧になっていき。羊と鬼を混ぜた様な相貌は、口や鼻が前に突出してきていて、狼の顎の様にも、大砲の発射口の様にも見える。
二つあった目玉は、一つに混ざり不気味さをさらに増幅させた。
それは、城に設置された巨大な鉄砲の様にアルルには映る。
全身で、破壊だけを追及した存在なのだと。そう思わせる迫力があった。
そこから放たれる、闇の波動も破壊力が上がっている。
全てを解消するはずのアルルの盾が、少しだが欠けたのだ。
「ーーっ!?」
驚きを隠せないアルル。
破壊神は大地に固定されているので、二足歩行だった時の様な、狙える角度は限られている。
しかし、それを犠牲にして破壊だけを求めた結果。解消妨害を獲得。
アルルの盾ーー全てを解消する効能。を、阻害する効能を得たのだった。
それ故にアルルの《遠き理想と英雄の盾》は、徐々にだが破壊されていく。
「ぐっ……マジかよっ」
アルルの中で、焦りが積み重なる。じわりじわりと。
破壊神は、もはやニヤリともしない。そんな意識をも捨て去ったのだ。
ただただ無機質に、闇の波動を撃つ。
力を溜めて。
闇の波動を撃つ。
アルルはそれを先回りして防ぐ。
その度に、エネルギーの塊のはずの盾は、徐々に少しづつ欠ける。そして、ひび割れていく。
もう何回目の攻防か分からない。
発射しては、先回りをして防ぐ。
それに比例して、焦りもアルルをじわりじわりと追い詰める。
ーーくそっくそっくそっ! このままじゃジリ貧じゃないか。
未だ雨が止まず、泥水の中を泥だらけで走り回るアルル。
時折、泥に足を取られそうになり。挫けそうになるアルル。
しかし挫けて諦めたら、確実にこの街は滅ぶし。
もしかしたら国にも及ぶかも知れない。
アイーニャや、カツサムやミカ。猫のマーコ達の顔が浮かんでは、アルルは奮い立つ。
瀕死であるにも関わらず。
アルルは、失いたくないという精神力だけで戦っているのだ。
それが何を意味するか。は、この時の小さな英雄は、まだ気付いていない。
ーー駄目だ。駄目だっ! このままじゃ! ……どうする? 逃げる? 無い! それは無いぃ。苦しい……、どうすれば。くそっ! ぁぁぁあああ“……
「あぁぁぁぁぁぁぁっーー」
アルルは、無意識に叫んでいた。もはや、それは慟哭と呼ばれるものに近い。
その瞬間……
「全・宇宙っ! イ・ナ・ズ・マァー蹴ぇりぃぃぃぃファイナルー!」
と、唐突に巫山戯た声がして。黒い何かがまるで流星の様に、破壊神の頭だった所に突っ込んだ。
否、空中からの飛び蹴りを喰らわした。
ソレは、かなりの威力だったらしく、破壊神の頭部を貫通して、地面につき刺さる。
「アハー、ごめんなさいアルルさーん。ちょっと遅れちゃいましたネー。アハハー」
アルルもよく知る、その赤髪の吸血姫ゾンビは、片足を地面にめり込ませたまま、呑気に笑った。
迷探偵ルビー=ペインバッカー。
アルルは、すぅっと胸が軽くなるのを感じる。
無意識に笑みが溢れた。
破壊神の頭部はもう再生しつつある様だが、次弾の闇の波動を撃つには至っていない。再生中には、力は溜められない事を示唆している。
これは、アルル達には朗報だろう。
だが、それも。アルルとルビーとの、邂逅の余韻に浸らせてくれる程では無い。
ルビーの登場などお構いなしで、また闇の波動を街に向け撃つ。
「っのおぉ!」
すかさずアルルは、それを防ぐ。
「ワハー、アルルさん何そレー? カッコ良さゲー」
「ゾンビ! ーーこの盾は、どんどん崩れるっ! ーー防ぐからそっちでどうにかやれないかっ!」
数十m離れたルビーに、アルルは大声で。しかも、次弾に備える為、説明も詳しく喋れない。
「アハー、了解ー了解ー!」
ルビーはすぐにアルルの意を汲む。
またアルルは、自身も気付かず口角を上げた。
ーー不思議だ……体が軽くなってる。
体はボロボロで、瀕死の状態。
それでも、力が湧いてくるのをアルルは感じる。
「まだ、やれる」
それだけを、ぼそっと呟き破壊神を見据えて、次の動作に入った。




