第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』007
ルビーは、カツサムとミカを宿屋へと連れ帰った。
正面玄関からではなく、飛んできたのでバルコニーから入る。
「アハー、この二人をお願いできますか、アイー?」
寝たら起きないタイプのミカに、泥酔からのグロッキー状態のカツサムを、それぞれ片手で持ちつつ。
寝ずに待っててくれたアイーニャに、介抱を頼むべく二人を部屋に下ろす。
ルビー達は、雨の中を飛んでいたので、かなり濡れている。
「はーい、ルビー様ぁ。……あのぅ、アルル様……わぁ?」
淡いグリーンの瞳のエルフの少女は、軽く首を傾げて疑問を投げかけた。
「アハー」
その答えを持ちあせてはいないルビー。
ふと、先程まで自分がいた屋敷の方向を、部屋の窓越しに見遣る。
遠くて、はっきりとは分からない。だが、黒色の稲光らしきものが、夜空に二発。三発放たれるのを見た。
「アウーン、……マズそうかナー」
大気は揺れていたし、遠く離れていても地響きは感じる。
飛んで宿屋に戻ってくる最中でも、かなりの数の住人が、何事かと外に出だしているのを、ルビーは確認していた。
アイーニャは、タオルと毛布を準備して、濡れ鼠になっているカツサムとミカを拭いてあげながら、心配そうな瞳でルビーを見る。
酔っ払い夫婦は、うんうんと唸りつつ。
「くぅぅ、すまぬぅ……世界がまわりゅぅう」
「むにゃ……カツ君うるさぃ、よぉ〜むにゅ」
カツサムとミカは、取り敢えずは大丈夫そうかと、ルビーはアイーニャに目線を合わせ。
「アハー、ちょっとアルルさんのとこ行ってくるね、アイー?」
「はーい! ……行ってらっしゃいませぇ、ルビー様ぁ」
アイーニャは、満面の笑みでルビーに応える。口には出さないが、心配なのはエルフの少女も同じなのだろう。
それを見て、吸血鬼らしい犬歯を覗かせながら口角を上げ、親指をグッと立てた。
アイーニャも、親指をグッと立てて。それからしゅっと、敬礼のポーズをする。
「アイー、可愛いよアイー。アハハハー」
そんな事を言いながらルビーは、漆黒の翼を展開させて夜の闇へと飛んで行く。
残されたアイーニャはカツミカの介抱と。いずれ帰ってくるであろう、優しい小さな英雄と赤髪の吸血姫の為に。
腕によりをかけて、美味しい料理を作ろうと。気合を入れて袖を捲った。
猫のマーコはベッドの上で、にゃごにゃごと寝息を立てている。
外はまだまだ止みそうにない雨が、しとしとと降り注ぐ。
アルルは、拳を強く握り走り出す。
混乱と恐慌状態に陥り、暴走している邪神レメギスを止める為。
口から吐かれる黒い波動が、これ以上この街を破壊する前に。アイーニャやマーコ、カツサムやミカがいるこの街を、これ以上壊される前に、と。疾風の勢いで駆ける。
体はあちこちが焼け爛れて、鈍痛が続く。
「うあぁぁぁぁっ!」
喉も焼けて、声は出しづらいが。アルルは、なりふりを構わず邪神レメギスに突込んでいく。
屋敷の広い敷地内は、今やもう荒れ放題だ。邪神の攻撃による部分が、大半ではあるが。降り続く雨もまた、土を泥に変えて戦場の足場を悪くする。
その上を、物凄い速度で駆けていくので。アルルの通る端から、泥水が巻き上がって線を成す。
瞬間で邪神の足元に肉薄し、怒涛のパンチの連打を浴びせる。
自分の何百倍もある足を、アルルはどんどんと削り吹き飛ばしていく。
何とか再生をされる前に。
「ぎゃがぁあ“あ”あ“ぁぁぁあぐぁあ!」
邪神レメギスは、痛みと片足のバランスを欠き、仰向きに倒れ込む。
100mの巨体が、ずずんと巨大な音を立てて地面を割る。
足の方は、すでに再生を始めていた。
アルルは、未だ何処を攻撃すればいいのか分からない。
だが、数十mを一気に跳躍して、邪神の頭部を攻撃する。
とにかくそこを破壊しなければと考えていた。
ーーあの黒い波をもう撃たせてはダメなんだ!
が、しかし。
仰向けに倒れた邪神は、アルルを視認して。
「《暗黒超光弾》」
再び闇の光弾を、アルルに放つ。
射線は上空を向いていたので、夜空へと消えていった。
「ーーっ!」
アルルは数十m吹き飛ばされて、四度目の死に至る。
ーー食いしばりLv.5の発動。ここで、闇属性の耐性をアルルは得た。しかし、邪神の攻撃には、防御力貫通が付いているので、あまり意味は無い。
何度も全身が焼けて、酷い痛みの中。アルルの意識は途切れつつあった。
隠れスキルのーー自由を手にし者が、発動の兆しを見せる。
広域殲滅魔法であれば、すべからく満遍に全てを灰にできるだろう。
どくんと、心臓が跳ねる。
「だ……、駄目だ……」
瀕死のまま、アルルはよろよろと立ち上がった。
泥に塗れ、傷付いた体を引きずり。服は所々が破れてボロボロだ。
エルフの国での破壊の記憶が、蘇る。
ーー駄目だ駄目だ! あれをもう繰り返しては、駄目なんだっ……
密集した街での、広域殲滅魔法。その被害は、想像するだに恐ろしい。
アルルは殊更に、頭の回転数を上げて意識を繋ぎ止め。
自由を手にし者の発動を妨げる。
それは単純に、根性と呼ばれるモノであった。
アルルはボロボロになりながらも、根性で立っているのだ。
邪神レメギスは、上半身を起こし。再び、脅威の敵であるアルルを見遣る。しかし、邪神は暴走状態の最中だというのに、薄く笑った。
獣の相貌で、陵辱的に歯を剥き出して、心胆寒からしめる程の邪悪さで笑う。
「ぎょぼぉぎょぼぉぎょぼぉぉぉっ」
アルルの行動から、弱点を推察してしまったのだ。
すでに、混乱と恐慌状態は沈静していた。
邪神レメギスは、体を起こしつつ、そのまま四つん這いになる。顔を突き出し、力を溜めて撃つ気なのだ。
アルルに向けて、アルルに合わせて。
低く水平に、口をあんぐりと開けた。
「ーーっな!」
瀕死ながら、アルルにとって避けるのは容易い。が、しかしアルルは気付く。
ーーこの方向、街を狙っている!?
避ける訳にはいかない。アルルの後ろには、もしかしたらアイーニャ達の宿屋があるかもしれないし。それ以外の多くも当然、破壊されるからだ。
もう撃つ態勢に入っている。流石にアルルの速度でも間に合わない。
「ーーっ!」
アルルは覚悟を決め、両腕を大きく横に広げた。
もう、黒い波動を自分自身で受け止めて、弾き返すか消し去るしか無いのだと。
ーーもう……できるかできないじゃなくて、それしか無いっ!
アルルは何となく、走馬灯の様にルビーを思い出す。
知らない間に、色々とこの世界に馴染んで、スキルとかいうのを身につけている赤髪のゾンビを。
「アハー、出来ると思えば出来ますヨー。アルルさーん」そんな風に戯けるあいつを。思い出というよりは、それがアルルの脳内に再生された。
実際は、アルルに取れる最善な策など、何も無いのだ。
あるとすれば、街を見捨てて邪神に攻撃を浴びせ続ける。避けては攻撃してを繰り返すのが、唯一の道なのである。邪神の超再生の限界を越えるまで。
「《暗黒超光弾》!」
放たれた闇の波動は、真っ直ぐにアルルに向かっていく。その後ろの街諸共を、射線に捉えて。
アルルは兎に角、頭の中で言葉を繰り返しながら力を絞り出す。全力で。
ーー弾くか消しとばす、弾くか消しとばす、弾くか消しとばす、弾くか消しとばす、弾くか消しとばすっ!
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁあっーー!」
力の限りにアルルは叫んだ。
そして、天与賜物ーー亡国の英雄より、条件を満たした為の特別スキルを、アルルは獲得する。
条件1ーー自由を手にし者の自力での否定。
条件2ーー瀕死である事。
条件3ーー危機的状況にあって、利他の為に自己の危険を顧みない事。
《遠き理想と英雄の盾》
光輝くエネルギーに満ちたその盾は、迫り来る闇の光弾を、悉く解消していった。




