第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』006
アルルと邪神レメギスとの距離は、数百m。お互いに睨み合う。
ここで倒さなくてはいけない。と、いう認識が両者の中で、奇妙に一致している。
夜の冷たい風が流れた。
いつの間にか上空に、暗雲が渦を巻いていて、不吉な影を落とす。
ぽつり。
また、ぽつり。
雨季の季節以外は、雨が降りにくい地方のはずだったが。
今、雨が降り出した。
そして、アルルと邪神を静かに打つ。
短く呼吸し、走り出すアルル。
ほぼ同時に邪神レメギスも動き、右腕を剣の刀身に変化させていく。
始まりの合図は無いが、ここでもまた奇妙な同調が生まれた。
数百mあった、両者の距離は瞬く間に縮まり、肉薄する。
振りかぶった右腕の剣を、アルル目掛けて振り下ろす。
巨体とは思えないその剣速に、切り裂かれた大気が悲鳴の様な音を出す。
そして、小さな人間の子供に迫る巨大な凶刃。
アルルは、常人離れした疾走の中、信じられない動体視力でソレを見切る。
命中する瞬間に、躱し、飛んだのだ。
派手な音を立てて、その振り下ろした邪神の一撃は、地面にめり込み。
まるで、爆散したかの様に、土という土は弾けた。
そこにはまるで構う様子も無く。勢いそのままに、邪神の剣の腹に着地し駆けて行くアルル。
右腕から、右肩へ。邪神レメギスの顔面に向かって駆け上る。
まずは頭部を、仮想の弱点と見込んで破壊を試みるのだ。
駆け上がる速度も尋常では無い。
邪神の大ぶり後の隙もあるだろう。
邪神の肩口まで来て、跳躍。
アルルの速度と膂力が合わさったパンチは、邪神の顔面を捉える。
ごがっ。と、邪神レメギスの顔の半分が消し飛んだ。
「やったか!?」
アルルは空中で思わず口にする。
邪神レメギスの残った方の目が、ぎょろりとアルルに向いた。
瞬間、邪神の左拳が今度は、アルルを捉える。
「ぐっ!」
空中で、攻撃を避ける術を持ってはいないアルルだが、スンデのところで防御はできた。
しかし、踏ん張れる所も空中には無い。
大きく地面に向かい、吹き飛ばされてめり込む。
アルルには打撃耐性がある。
そして、尋常じゃない身体能力を支える為の肉体強度も。当然として備わっているので、ダメージはほぼ無いといって良い。
少し口が切れたぐらいで、めり込んだ地面から早くも立ち上がる。
邪神においても。吹き飛んだはずの、顔面半分は早々に再生していく。
「……まじかー。えー、くそぉ。どうしよう……」
アルルは口についた血を、手で拭いながらこの先を考える。考えるが、何も思い浮かばない。
単純な彼我の戦力差で言えば、邪神レメギスはアルルに及ばない。だが、邪神の超再生のスキルと、実際的な体積の部分で、アルルは圧倒的に不利になってしまう。
大きさが違いすぎて。アルルの攻撃範囲を、邪神の再生力が若干上回ってしまうのだ。
ただただ長引くだろう事は、想像に難くない。
両者の間に、また数百mの距離ができている。
と、いうよりは。邪神レメギスが、距離を取らせたと考えるのが正しい。
ある種の緊張感を、覚え難いアルル(レベル差による格下への油断という、隠れバッドステータス)と違い。邪神の方は、格下ゆえの危機感は絶えず感じている。
アルルは無自覚ながら、しっかりと邪神レメギスを追い詰めてはいるのだ。
そしてその事も、ーー因果改変:不利益が相まって。手負いの虎が危険であるように。意図せず、邪神レメギスの能力の底上げをしてしまう。
「ぐごぉがぁぁぁああああーーーー!」
大気を揺るがす咆哮をし、今度は邪神がアルル目掛けて走る。
100mを超える巨体の全力疾走は、ライライローの街全体を揺らすかの様な、地震を彷彿とさせた。
右腕の剣を、振りかぶりつつ。どんどんと、距離を詰めくる邪神。
アルルは、それを真っ向から迎え撃つ気で、構える。
レベル差で言う所の。格上としては、その選択は間違いでは無いだろう。
が、しかし。どちらかと言えば、やはり戦闘初心者としてのアルルを浮き立たせた。
巨大すぎる相手の突進に、迎え撃つ構えは。控えめに言って馬鹿のそれだろう。
邪神は、剣の射程に入るや否や。振りかぶった右腕を、打ち下ろす。
アルルは、それを紙一重で見切って躱し、先ほどの攻防をなぞるが如く。剣の腹を駆け上がる。
ーー今度は、もっと多く、早く。顔をっ! 顔に叩き込む!
そんな事を思い、アルルは顔面へと距離を詰めていく。
なぞるが如く、肩口で跳躍。
「はぁああああっ!」
アルルはこの世界に来て、初めて気合を入れて拳を繰り出す。
ーーっ!?
目の前の邪神が笑った気がした……
「《暗黒超光弾!》」
暗く黒い力ある言葉と共に、邪神の口より放たれた。禍々しい闇の波動。
その波が。同じ事を考えもなしに、二度してしまったアルルに襲いかかる。
「くっ、ああぁーーーーーーっ!?」
闇の属性を持った波動は、容赦なくアルルを焼く。
邪神のその攻撃は、因果改変:不利益による運ステータスの改竄を受けて。
防御力貫通の効能を、奇跡的に獲得してしまっている。
故に、格上であるアルルにも、有効にダメージを与えた。
「うあああああああっーー!?」
腹を、内臓を傷つけられる痛みとは違い、全身が焼かれる痛みは、想像を絶している。
アルルは苦痛に顔が歪み、叫んでしまう。
黒い光弾は、そのまま上空の暗雲を割いて、夜空の向こうへと飛んで行く。
ーーな、……なんだこれ……?
薄れそうな意識。死亡する程のダメージでは無い。
だが、アルルは瀕死の状態にされる。
瀕死時におけるパッシブスキル。ーー逆境Lv.5・逆転Lv.5が発動した。
ステータス上昇に、ダメージ量増加をアルルは得る。
そして、アルルは地に落ちていった。
無防備に落下して、無惨に叩きつけられた小さな英雄は。
落下ダメージにより死亡する。
ーー食いしばりLv.5が発動。12回までの死を回避して、体力を瀕死にまで戻し、全耐性値を一段階上げる。
邪神レメギスにとっては、驚愕の一言に尽きるだろう。
完全に、勝ったと確信する一撃だったはずが、瀕死とはいえ生きているのだ。
アルルのスキルが、目には見えないのだから、当然と言えば当然ではあるが。邪神レメギスは、さらに恐怖を倍増させた。
地面に倒れ伏しているアルルに向かって、二発目の闇の光弾を放つ。
「《暗黒超光弾!》」
容赦の無い、その咆哮。その光弾は、アルルを直撃する。
ーー食いしばりLv.5が発動。アルルは、二度目の死を迎え、二度目の瀕死状態に。
放たれた、闇の光弾は勢いを保ったまま。
大地を焼き切りながら、一直線にライライローの街の遥か彼方まで破壊して飛んで行った。
「なっ……」
アルルは、瀕死ながらそれを目の端で捉え、その破壊の爪痕に驚愕する。
そして、同じく邪神も驚愕し。さらに、恐怖が高まり振り切れた。
なんで生きているのか。
精神異常に耐性があるはずの邪神レメギスは、混乱と恐慌状態に陥る。
邪な神が、精神に異常をきたしたのだ。
「ぎぃやゃぁあ“あ”あ“あ”亜“ーーーーーーあ“あ“ぁあっ!」
その慟哭はもはや、子供の駄々の様でもあった。
邪神レメギスは、暴走している。
狙いが定まっていない、闇の光弾が二発、三発と空に放たれ。
暗雲を貫き虚空の彼方に、消え去った。
アルルは、ここでようやく邪神のヤバさに気付く。
隠れバッドステータスがあったにせよ。遅まきながらようやく、気付いたのだ。
瀕死の状態で立ち上がる、小さな英雄アルル=エルセフォイ。
「すぐ……、今すぐこいつを……」ーー倒さなければ……
力強く拳を握って、邪神を見据えた。




