第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』004
地下一階。
間抜けな声を上げた教祖の額には、一筋の汗が流れる。
一瞬にして、自分が育てた精鋭がやられたのだ。無理もない。
「な……なんだ、貴様は……」
このあたり一辺倒で月並みな驚嘆も、アルルを目の前にしては、もはやしょうがない様式美と化している。
「あのー、悪い事してるんですよね? 大人しく、捕まったらいいと思いますよ。……情状酌量があるかもしれませんし」
アルルは、適当な事を言ってしまう。情状酌量の精神が、この世界にあるかはアルルは知らない。
「き、貴様はどこでここを嗅ぎつけたっ!? 捜査機関はどこまで知っているっ!」
「えっ……、あぁ。勘、です。……僕の勘です」
ーー捜査機関はちょっと分からないなぁ。
どう言えばいいのか分からず、またいい加減な事を言うアルル。
「勘っ!? ……だと? そんなまさかっ! いや、そもそも貴様はどこから来たのだっ?」
「あぁー、それは空からですよ。……ああ、ほら。あそこの穴が空いてるじゃないですか」
アルルが落ち続けた時に、貫通しまくっていた穴がフロアの端に見える。
それを指差し、これには明確に答えられるなと、アルルはちゃんと教えてあげた。
「あれを……だと!? あ、あれは迫撃砲の攻撃ではないだと……?」
教祖は、混乱に混乱を重ねる。
迫撃砲の一撃(だと思っていた音)に、蜂の巣を叩いた様な騒ぎになり、状況を掴むべく偵察を出していた。それと同時に正面玄関からの、なぞの襲撃者。
とり急ぎ信者を、ここの礼拝堂に集め、さらなる情報収集の予定であったのだが。
そういえば、一応の様子を見に行かせるべく。最深部のゴブリン畑に送った部下達が、戻ってきていない。
教祖の頭の中には、何故が渦巻く。そして、何かしらの理不尽が、自身の身に迫っている事をも、男は感じる。
「何なのだ……一体何が……」
喉が必要以上に乾く。上に行かせた者達は、現在どうなっているのかも、この教祖には分からない。
上から、未だ報告に現れる者がいないのは、見ての通りだ。
何かヤバイことが同時に起こっている。
教祖の男は、ひしひしとその焦燥が嵩んでいき、汗が止まらない。
「あのー、じゃあ大人しく捕まってくれるという事でいいですか?」
アルルは特に、何も感情を込めず、平坦にそう言った。
教祖の男には、それがますます恐怖に映り、心が締め付けられる。
何が何だか分からず足が震えている事を、この時に気付く。
「ええいっ! 何なのだっ……! ーーこれはぁぁあ!」
足の震えを、手で押さえて絶叫する教祖の男。
ーーなんなんだろうこれは……? アルルは、男からの問いに自分なりに考えた。
「いやぁ、そうですねぇ。……何だと言われても……ちょっと、僕にもよく分かんないです」
手をぱたぱたと左右に振って、アルルは答える。答えになってはいない答えを。
そんな、普通に街中で会った知り合いに、世間話でも話す様な調子で言ってくるアルルを見て。男は再度、恐怖する。
「ぐぅわ……はっ、はっ、は。……ぐぬぅ」
動悸が上がって、手で胸を抑える。横目でちらりと、自分が端正を込めて集めた、信者達が目に入る。麻薬が効いていて、一様に皆、目を虚に、だらしなく呆けていた。
「お、お、お、……そうだ! こいつらが、私にはこいつらが居たぁ……」
教祖は不気味で、やらしい笑みを溢す。
「こいつらを使って……邪神を、レメギス様を召喚できれば……」
手に持つ香に再度火をつけ、また煙を拡散させる教祖。
劇場で見たような。大袈裟で、大仰な動き。
狂気の炎を瞳に宿らせて、何かが壊れたような表情で踊る。
ゴブリンの死骸に、呪術による呪いを付与して植生させた草を。さらに、精製して作り出す特製の麻薬は。人に、魔の属性を少しづつだが、上書きをする効力があった。
そんな魔薬を、教祖は自らの魔力を配合させて、その場の信者に注ぐ。
「……ん?」
アルルは、おかしくなった教祖を見ている。急に大人が狂い出す(踊り出す)様子に、少し恐怖を覚えたからだ。
ーーえ……怖い、怖い。何っ!? 何なの?
アルルは口に手を当てて、ぎょっとしている。自身が人からどう見えるかを、棚に置いて。踊り狂う大の大人を、ただただ怖いと思っていた。
「在りし日、その名。響くは、彼の名。居ませ居ませ、幽玄の狭間」
教祖は呪文を唱える。
アルルはますます怖くなる。
ーー何か言ってる? ……えぇぇぇぇ、怖い、怖い! どうしたのこの人ー!?
ぞぞぞと鳥肌が立つのは。この場の空気が、悪き方向へ変わっているからなのか。単純に、狂っていく大人を目の当たりにして、怖気が走るからなのか。
アルルは、後者だと思っている。
教祖は、着々と呪文を完成に近づけた。
アルルはどうしたらいいのか迷って、きょろきょろとしてしまう。
「ええぇ……、まじどうしたら……」
ふとこんな時に、頼んでも居ないのに説明してくれるルビーが居たらな。と、思ってしまった。
「腐る、大地。豊穣はいく先知れず。我が訴えに、応え、求め、顕現せり。アーオ・リ・ラムー。ハー・レメギスッ!」
古き神を召喚する為の、呪文が今完成する。
焚いた香の煙が、あからさまに不自然な動きを見せて。周囲にいる、百数名の信者がばたばたと、その場に倒れて死ぬ。
アルルが吹き飛ばし、気絶させた精鋭達も。
体を震わせて、やがて絶命をする。
「っ? ……な、何?」
呆然と、何が起こったのか分からないアルル。人が倒れただけで、死んでいるか生きているか、判断するスキルなどもちろん持っていない。
教祖は、呪術による《生贄の術》を発動。
対象は、この部屋にいる信者と部下だ。
捧げられた人々の魂が、魔力に変換される。そして、この部屋いっぱいに、魔法陣が展開されていく。
上位冠8位ーー《邪の召喚》を実行した。
本来であれば、上位冠程度の魔法の行使で、邪神の召喚などできるはずは無い。
教祖もそれは、分かってはいた。その為に、ゆっくりと時間を掛けて、麻薬を作り、それで信者を増やして、いつかは自身が崇める邪神レメギスの復活に、必要な人柱を集めようと計画をしていたのだ。
しかしここで、亡国の英雄のバッドステータスが大きく関わってしまう。
どうしようもなく干渉してしまって、計画は早まってしまうのだった。
教祖の意図に反して。
ーー因果改変:不利益。この効果により、半径3km圏内の運ステータスが改竄されていく。それが、本来なら召喚されるはずのない、邪神レメギスの召喚を成功させてしまった。
今、古の神(健全な信仰を失い、邪神に堕とされた鬼神)が。幾星霜ぶりに、現世に顕現する。
魔法陣より、まずは頭が出現する。
羊のような相貌に、鬼の様な邪悪さを含む頭部。それだけで軽く10mはゆうに超えていた。
全てを憎み、陵辱せんとするかのごとく。ぎょろぎょろと、二つの目玉は辺りを見回す。
「……なっ!?」
今度は、アルルがただ驚愕を口にし、佇む。
教祖は、高笑いをあげている。
「あは、あはははははははははは……ひゃ、アヒャハハハハーーーー! ついにっ、ついに我が悲願がぁあああ、あはははーーー」
ついで、魔法陣から体。そして腕。
腕が出た時点で、邪神レメギスは焦ったいとばかりに、強引に魔法陣から体を引き抜こうとする。
10mもの頭部が付いた体なのだ。必然的に巨大である事は窺えるが、それが体を引き抜く為、やたらめったらに動く。
到底、この場のフロアの大きさでは賄えない。
壁に、天井に。邪神レメギスは壊しながら、顕現していく。
崩壊する天井の破片が、邪神レメギスの下に居た教祖を踏み潰す。
教祖は、死んだ。
名前を名乗ることも無く。この教団の目的も話すこと無く。そして、誰か第三者に自身の野望が、利用されているという事実すら、知ること無く。
レメギス教団の、名もなき教祖は人生の幕を閉じられた。
もし、彼にとっての幸いを探すならば。
古き神を、深く信仰していた者達の末裔である彼が、最終的に目指した所の。邪神復活が果たせた事くらいであろう。




