第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』003
アルルは階段を上がる。今しがた、自身の人生について考え、気落ちをしたままに階段を一段。またひと段と上がっていく。
古い曲が、なぜか頭に鳴っている。
ーー階段に刺激されたのか? ……まさか天国に続く階段じゃないと思うけど。
名曲は忘れないんだな。と、アルルは自嘲した。
階段の途中には、ここの教団のシンボルと思わしき、旗が掲げられていて。
そのマークは、劇場で見た演者の腕に彫られた刺青と形が酷似している。
「宗教とゴブリン……」
ルビーよろしく、アルルも自分なりに推理をしようと思考してみた。
しかし、全く何も関連づかず、一つも推理は進まない。
ーーまあ、無理だよな。と、アルルはすぐに推理を諦める。
上がった先は、先程の広いワンフロアではなく。
小部屋が無数にあるフロアだった。どれも木の扉が付いていて、宿泊施設かの様に、理路整然と部屋が並ぶ。
そして、人の気配はしない。
「何だろう……ここは本当に」
そう独りごちて、アルルは何の躊躇いも無く扉を開けて、部屋の中を見る。
咽せ返るような甘い匂いが、まず最初に来た。
腕を顔に押し付け、匂いを防ぐ。それから、部屋の中を観察する。
先程階段で見た紋様が、置き物として部屋の正面奥に飾られている。他は、二段ベッドが左右にあって、ぼんやりとランプが点いていた。
先程まで、ここに誰かが居た痕跡も散見される。
そして、隣の部屋もついでに覗くアルル。
そこは、ふた部屋がぶち抜きになっていて、トレーニングルームを彷彿とさせる作りだ。体を鍛えるための器具や、武器などが数種類置いてある。
一応で、あと何部屋かアルルは覗いたが、どこも変わらない。トレーニングルームに、居住スペースといった具合で。
どこを覗いても、人は見当たらない。
ここの階層は、どことなく奇妙な空間だった。息苦しく、何らかの圧を感じる。
ーー換気とかどうなっているんだろう……?
アルルは、やたらと空調やら換気が気になってしまう。
そして、ここには誰も居なそうだと、結論づけたアルルは。次の階段を見つけ、それを上がる。やはり途中に、変な模様の旗が貼り付けられていた。
上がると、そこには先程見た、変な模様が彫刻された、3メートル級の両扉が聳え立つ。
「……何だろう。開けていいのかな……。まぁいいか開けよう」
特に何も考えないままに、アルルはその両扉を内側へと押し開ける。
みしみしと音を立てる扉。それもそのはず、内開きではないのだから。
そして、子供一人に開けられる扉でもない。
何せ、鉄製なのだから。
そんな事は委細構わず、強引に鉄の両扉を押し広げた。
否、押し壊した。
扉は本来開かない方向に、無理矢理に開けられたものだから、派手な音を立てて壁が崩れて、それに付いていた扉も無惨に折れ曲がり、床に転がる。
ーーああ、そうか。鍵がかかってるだけだと思ったけど、この扉は引くのか。うわぁ、なんか恥ずかしい。
もちろん扉の取手部分を見れば、大体は予測できる作りではある。
中は、かなりの広さを有していた。そして、何処となく礼拝堂の様な雰囲気で、中央奥には、もはや見慣れた模様の大きな彫刻が存在感を放って鎮座している。
そんな礼拝堂には、先程とは打って変わって、数百人にのぼる数の人間が居た。
もちろん、かなり派手な音を立てて登場したアルルを、数百人は一様に見ている。
驚きの表情と共に。
「あ、あのー……連邦捜査官です」
アルルはもう、そう名乗ってしまった。嘘も方便と、自分にいい聞かせつつ。
一瞬でその場は、弾けたように騒がしくなる。数百人がいるのだ。しょうがない事ではあった。
「ええーい! 鎮まれぇぇいっ! 皆のもの!」
ひときわ大きな声で叫ぶ男が前に出る。全身を白で覆われた、高貴そうな法衣に身を包み。
何やら手元で香を焚きながら、持っている扇子で、焚いた煙を拡散させている。
その煙が広がるにつれて、だんだんと静かになっていく。静かにというよりは、力無くその場にしゃがみ込むのだ。数百人がだんだんと。
そして、神により海が真っ二つに割られるかのように、数百人の波が二つに分かれて道を作り。その白い男はつかつかとそこを通り、アルルの方向に歩いてくる。
いかにも、教祖と信者という印象をアルルは受ける。
「連邦捜査官と……言ったね君は?」
年のころは五十歳前後だろう。鋭い吊り目が特徴の、白髪の男はアルルに問う。
「あー、はい。……そう、です」
嘘も方便、嘘も方便と心の中で繰り返すアルル。
「なるほど……幼いながら、物怖じしない胆力と。どうやったかは知らんが、鉄の扉を破壊できる術を持つ。……確かに連邦の捜査官に相応しい」
どうやらアルルの言を信じたらしい教祖は、殊更に目尻を吊り上げて続ける。
「ならば覚悟はできていよう。邪神レメギス様の復活を止めさせる事はできぬぞ? 連邦の犬……出合えぇ者ども!」
そう教祖が呼ばわると、天井から複数の武器を持つ者が降りて来た。
一様に、戦闘訓練を受けている身のこなし。手には大小様々な武器を装備している。
ーー邪神レメギスの復活……。またよくわからない言葉が出てきたなぁ。
アルルは、天井からの刺客に囲まれつつも、緊張感は皆無の様子で、頬をぽりぽりと掻く。
「まぁ、やる事は変わらないか……」
アルルは、心の中で呟く。殺さない、破壊しないと、彼女に誓う。いつか帰った時の為に。
それから、短く息を吸う。
数百人の信者は中央に固まっていて、力無く天を仰ぐ。
天井からの刺客は、信者は避けて左右からアルルを包囲すべく、にじり寄る。
アルルは待つ。
だらんと腕を下げて、自然体に。
その気配は、まるで伝説級の格闘家の雰囲気を醸し出す。
醸し出している様に、刺客には映る。
「……うっ」
隙があるようで、隙の無いその佇まいに、思わず刺客の一人は生唾を飲む。
とはいえ、じりじりとその間合いを、ゆっくりと詰めていく刺客達。
実際のアルルは、襲って来たらしょうがないよね。と、いう体を取りたいだけで、ただただ攻撃がし易い様に、何も考えずにだらりとしているだけなのだが。
何かが噛み合って、お互いが見合っている状態が続く。
「くしゅんっ」
アルルは、教祖の炊く香の。甘ったるい香りについついくしゃみをしてしまう。
ただぼうっと立っていただけなので、それはさもありなん。
それを合図に、好機と見た刺客は一斉にアルル目掛けて飛び掛かる。
「「「「でぇあぁぁぁぁ!」」」」
裂帛の気合いと共に。
一叩き、二叩き、三叩き。
飛び掛かっている最中に、アルルによってビンタをされ、三人が吹っ飛ぶ。
その余韻も感じられないまま、後続の刺客も叩かれ、飛んでいく。
離れて見ていた教祖にしてみたら、自身の部下が子供に襲い掛かったと思った瞬間。
ぴょんぴょんと弾き飛ばされているように見えただろう。
「へぇっ……?」
教祖は、おそらく自身が生きてきた中で一番の、間抜けな声を出す。
口と鼻で、その間抜けな声を出したので、鼻水も若干出てしまっていた。
カツサムは酔いのままに、だばだばと走る。足に力が入らないので、左右にふらふらと。ゆっくりと、走っている。
一階正面から入ったが、屋敷がまあ広い。そして、出てくる出てくる。警護の者だったり、何人もいるらしい人形使いがわらわらと湧いて。何十人、何十体の人やら、人形やらが、カツサム目掛けて攻撃を仕掛けてくる。
しかし、カツサムの背後に纏わり付いた影。もとい、ルビーが、創り出したデカく黒い拳が、容赦なく迎撃にあたった。
人形は、粉々に。人間は、加減して吹っ飛ばす。
「アハー、カツいいですネー、アハハー。面白い面白いですヨー。アハハハ」
「なんらルビ〜? よく聞こえないらす〜」
「アハ、いやいやカツはそのままでいいんでらすヨー。なんか屋敷も壊しちゃおっかな。アハハー」
ルビーはそんな物騒な事を言いつつ、人形を砕き、人を吹っ飛ばし、たまに柱や壁をどんどんと壊す。
誰も何も後先を考えない、アルルパーティ。そもそもが自由に動きすぎている。
だがしかし、そのお陰か。
本来、アルルの方向に流れる敵の勢力は、一階のルビーとカツサムに集中する事になった為、アルルは楽を出来たとする見方もできるし。結果的に、陽動と挟撃を合わせた、ハイレベルな戦術が展開されたと見る事もできる。
そんな事を俯瞰で見て。分析をできる者は誰もいない。敵すらも。
そして、庭に埋められて静かに寝息を立てるミカは、気持ち良さそうに夢を見る。
「カツ君〜、もうそんなに食べれないよ〜ミカはぁ。むにゃむにゃ」




