第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』002
アルルが見たものは、大量のゴブリンの死骸であった。
大きなフロアに、所狭しと並べられている。匂いに関しては、特にしない。死骸はどれも腐っているように見えるのだが、腐敗臭などは全くないのだ。
また、アルルが身を隠した物は、大きな四角い箱で。
フロア内に、所々置かれている。その中には、ほぼ白骨と化したゴブリンの骨が、これまた所狭しと山積していてる。
そして、方々並べられた死骸には、妙な草がゴブリンを苗床として、植生している様に見受けられた。
ーーあの草は、昨日の変な工場で見た草だな……。
アルルはここで、この屋敷はクロだと断定し。犯罪にはならないかもしれないと、少し安堵する。
「侵入者ー、侵入者がいるぞ!」
上の階から来ただろう、この屋敷の者が声高に呼ばわった。ざっざっと複数の音もする。
劇場で見た、全身黒ずくめの、三角目出し帽の風体だ。
ちらりとその姿を確認し、劇場からの繋がりも見て取れたので。一層安心を深めるアルル。
すっと、物陰に隠れるのをやめて立ち上がった。
「あなた達は、何者ですか?」
実に凛とした瞳でアルルは、三角目出し帽の輩に問いかける。
三角目出し帽の他に、武器(身の丈を越す槍斧)を持った筋骨たくましい男が三人。最近よく出くわす、繰り人形が十数体。横にずらっと並んでいる。
「「「「お前が、何者だっ!」」」」
輩四人に、一斉に突っ込みを受けるアルル。
「……っう!?」
確かに、侵入者の分際で<何者ですか?>は、少し変だったと。アルルは思ってしまって、たじろいでしまう。
「ぼ、僕は……アルルー」
迂闊に名前を言っていいものか逡巡するが、出てしまってもいるので、ちくしょうと思いながら言い切る。
「だっ!」
「……アルルーダ? 聞かん名だ……他はどうだ?」
三角目出し帽が、槍斧を持つ男達に聞いてみるが、その男達も首を傾げた。
アルルは、微妙に偽名を名乗る事に成功する。意味はないのだが。
「と、とにかく……あなた方の犯罪は、連邦捜査官が見逃しませんよ。大人しくお縄について下さい」
ーーお縄につくって、初めて使ったなぁ。お縄っ……。と、内心で自嘲気味に反復する。
「連邦捜査官だとっ!? ……貴様がそうだというのか? ……ふっふっふ」
嘲りが混じった、含み笑いを零して。三角目出し帽の男は続ける。
「それがどうしたぁ! ここで貴様を殺せば、問題は何も無い! どうやって、ここまで嗅ぎつけたかは知らんが、詰めが甘かった様だな。我々の壮大な計画の邪魔はさせん! 行けぇっい人形よ! 人形操作」
力ある言葉と共に、ずらっと並んだ人形が一斉に、アルルに襲いかかる。
槍斧の男三人は、三角目出し帽を守るように展開。
言い方的に、自分が連邦捜査官だと思われているが、まあいいかと。アルルは身構える。剣を持ってはないので、素手で構えた。
「アヒャヒャヒャ、馬鹿め! 素手だとー、アヒャヒャー。人形どもよ、八つ裂きにしろー!」
迫る人形。その数、十三体。
ーー何がそんなにおかしいんだろうか。
一直線に、十三体の人形の一斉攻撃。
迫る近くの人形を右手の手刀で、胴を薙ぐ。
左手で、もう一体に掌底を。
右脚で、突き蹴り。
引き戻す反動で、そのまま左脚の回し蹴り。
遠心力で体を戻し、右手の正拳突きでまた一体。
左手で人形を掴み、他の人形にぶつける。まとめて二体。
そして、右脚で蹴り上げ。
左足で逆蹴り。
右肘で打突。
左手の手刀で真っ二つにし。
短めにジャンプ。
右脚でボレーシュートよろしく、人形を人形にぶっつけて吹っ飛ばす。
十三秒に満たない間の刹那の出来事だ。十三体からの人形は、全てが破壊された。
ばらばらに。
そしてアルルは、地面に転がるゴブリンの死骸を踏まないように気を付けつつ、男達に向き直る。
「なっなっ、……な、何んだ貴様はぁーーー!?」
三角目出し帽は、絶叫した。
アルルは別段、格闘の才能があるわけでは無い。レベル依存の身体能力が高すぎるが故に、出来そうだなと思える事は、ただ出来てしまうだけなのだ。
「大人しく、お縄に……た、逮捕。します」
ーー言い慣れないから、ちょっと恥ずかしいな。
エルフの国を救ったあの魔法を使えば、それこそ一瞬で根こそぎだったろうが。アルルはそれを自身で封印している。破壊力で見ても、街中で使うのに適してはいない。
何より強烈な心的外傷で、怖くて使えないのだ。
「お、お前らっ……殺せ! あの餓鬼を殺せーーー!」
三角目出し帽は、自身の前衛の男達に号令を叫ぶ。
槍斧を持った男達は、怖気付いてはいるものの、上からの命令には逆らえないのか、もはや絶叫に近い怒鳴り声を張り上げ。
アルルに突進をかける。
「うおおおおおおおおぉおーー!」
ーーやっぱりそうなるのね……。
アルルは短めの溜息を吐き、鋭く息を吸う。
一人が槍斧を大上段に振りかぶる。
アルルは一瞬で間合いを詰め、上段より来る槍斧を躱しつつ。
握り手の部分を、右手で掴んで止め。
男の顎に左手で、加減した掌底を喰らわす。
そして、男が崩れ落ちるのを待たず、右と左の残る二人。
まずは左に詰め寄る。
振りかぶろうかと、モーションに入る男の腕を、左手で掴み止め。
右肘を顎に当てた。
そのまま返す体で、右の男の顎に右手の裏拳を当てる。
どささっと、ほぼ同時に武器を持った男達は、その場に崩れ落ちた。
三角目出し帽には全く同時に、三人がやられたと映った事だろう。
そのぐらい、瞬きする間の出来事だ。さっきも今も。
男達の手から落ちた槍斧が、虚しい音をフロアの床と奏でた。
「なっ……な、なっ……」
もはや絶句。恐怖のあまり声が出ない三角目出し帽。
アルルはゆっくり近づき。
こつんと、頭をこづく。
目出し帽のせいで、顎がどこかよく分からなかったからだ。
こてんと転がる男。
三角目出し帽をアルルは取って、顔を確認する。
しっかり白目を剥いて気絶しているのを確かめて、一息をついた。
「ここからは……どうすんだろ。取り敢えず、上を目指せばいいのかな……」
誰も答えれる者はいない。
ふうと、嘆息を漏らして、一旦その場に腰を掛けるアルル。
ーー喧嘩なんてした事なかったのに……オレ自身、この世界にどんどん慣れていくな。いいのか、悪いのか。
アルルは体も心も、この世界に馴染んで来ているのを感じた。暴力が、そこかしこに溢れるこの世界に。
ーーやっぱりそれはダメだ。慣れては駄目なんだ。彼女にまた会う時に、それじゃあ駄目だ。慣れちゃ駄目なんだ……。
再び深い、嘆息を吐く。
あの頃を思い出す。うっすらとして、もうどちらが現実なのか、判然としないのだけれど。
帰りたい場所なのは、間違いないのだから。
彼女と手を繋いだ感覚を思い出そうと、必死に目を瞑る。
しかしそれは、ぼんやりとしか感じられない。
「くそっ……」
しょうがないから、アルルは立ち上がり。取り敢えず上階を目指す為に、歩き出すのである。
ルビーとカツサムは、屋敷の正面から堂々と侵入を試みていた。
否、酔ったカツサムは無敵の状態に移行して、ただ突っ走って正面からの突入になっただけである。
「アハー、カツは男ですネー。正面突破とは、アハハー」
「おおい、ルビー。何言ってるら〜? 悪はどこらよ〜」
「あっちの方角ではー? アハハ」
無意味に、適当に指し示すルビーに促され、カツサムは千鳥足で、だばだばとそちらの方向に進んで行く。
「な、何だ貴様らは!?」
当然の如く、屋敷に常駐している警護の者に見つかり、笛を鳴らされる。
それを聞き入れた、他の者も続々と集まってくるようだ。
「出たな悪めぇ〜。このカチュサム・イトゥヌ連邦捜しゃ官が、きたじょ〜」
かみかみのままカツサムは、無謀にも突撃を図る。
だばだばと。
一通りの装備をしているはずの屋敷の者達は、次々に倒される。
丸腰で向かってくる、酔っ払いのカツサムにでは無い。
カツサムの背後に、体を霧状と化したルビーがまとわりついて、襲い来る屋敷の者達を、右に左に殴り倒しているのだ。
まとわりついた霧を、でかい拳の様に創造して。
屋敷の者達には、さぞ恐怖と映ったことだろう。




