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第二部 2章『陰に日向に、人たるは何ぞや』001


 2章 『陰に日向に、人たるは何ぞや』



 酔っ払いの空中遊泳。深夜のライライローの街の上空には、そんな珍事が発生している。


 夜は遅いし、夜は暗い。視界の悪さは発見される確率を減らすだろう。

 仮に真夜中の散歩を嗜む街人が居たとしても、まさか街の上空を飛んでいる者がいると思う確率も、また低い。


 ルビーは、新たに飛行スキルを取得したとして。第四外区の高い塀を、アルルとアイーニャを持って飛んだ時よりは、数段の安定感を獲得している。


 次いで、自身の両手を鉤爪状にして、面積を確保していた為。

 アルル達は並びで寝っ転がれた。

 ぱっと見は、三人で乗れる大きいハングライダーという様相だろうか。

 


「ルビ〜、あっちら〜。あっちに本部があるら〜」

 カツサムは、酔っ払いそのものの呂律が怪しい感じで、方向を指し示す。

「アハー、オーキードーキー」

 ふざけた掛け声で以って、ルビーは示された方向へ舵を切る。


「カツ君、ちょっと待って。ミカ寒い〜、えっ!? ちょっと待って吐きそう〜」

「ミカー、大丈夫か〜。吐いたら駄目らぞ〜。がんられ〜」

 ミカの背中を摩るカツサム。

「ちょっ、ちょっとやめてっ、吐く吐く〜」

 ミカは何とか吐くのを我慢して、代わりに隣のカツサムをばんばんと叩く。


 アルルはというと、冷静に上空からの街並みを観察している。

 どの位の距離を飛行したのだろうか。


「おい、ゾンビー。目的の場所って何処なんだよ結局」

「アハー、一応大体は部屋にいる時に伺ったんですがネー。あとはさっきのカツの示した方向と、聞いていた外観を頼りにですかネー。アハハー」

 何ともアバウトだった。アバウトすぎた。

 しかし、もう何も言うまいとアルルは決めていたし、今更どうのこうのと言っても栓なき事なのは一目瞭然である。


 ちらりと横を見ると、酔っ払いが酔っ払いを介抱していたし。ルビーはルビーで、やはりどこかフザケているしで。

 はふぅと、アルルはただ溜息をつくのだった。


「あっ、……アイーニャ大丈夫かな。マーコもびっくりしただろうな」

 唐突に思い出す。そして、ついでに部屋の欄干も壊して出てきたことも思い出す。

 一層がくりと項垂(うなだ)れる。


 夜空の空中遊泳は、それこそさっきまでの一連の流れがなかったら、最高だと言って差し支えない経験ではあるだろう。

 アルルは、それを少し残念に思っていた。

 状況がこれを楽しむ事を、許してくれない事に。


「アハー、あれかなぁ……聞いた外観には合うなー、アレー」

 ルビーはぼそぼそと呟く。

 アルルはルビーが見ているであろう場所を、自身も見遣る。

 そこには、一段とでかい豪奢な屋敷が見えた。

 

「カツー、あれでいいのかナー?」

「ほえ? なんなら〜? ……あ、ああ。ああ。あそこ……だおなミカ〜?」

「う〜ん、気持ち悪〜。う、うん? あ、あそこかも〜。お空からだから、ミカ自信無いけど〜。あの屋根は印象的、うっぷ」

 酔っ払いは、また酔っ払いの背中を摩る。

「か、カツく〜ん。さするのやめて〜、まじくる。逆にくる」

「なに言ってんらミカー。はははぁ〜」


「アハー、じゃああそこと言う事デー。行きますカー」

 何をどうするのか、一切が不明であった。

 が、しかしその次にルビーが取った行動はアルルにとっては、さらに意味不明だっただろう。


 ルビーは、片方の鉤爪の手でアルルを掴んで投げたのだ。

「はっ!? ちょっ」

 豪奢な屋敷の屋根を目掛けて、アルルは投げられた。

 それはかなりの速度を伴って、飛んでいく。落下していくとも言う。

 その屋敷の真上に来た時の出来事だ。


「ゾンビぃぃぃぃぃぃぃぃ、覚えてろよぉぉぉっぉ!」

 そんな声が、このライライローの夜空にこだました。

 おぉんおぉぉんと、ドップラー効果を伴って離れていく小さな英雄の少年アルル。

 小さき英雄はそのまま、屋敷の屋根を突き破っていった。


「アハー、アルルさんなら大丈夫ですよネー、きっトー」

「ああぁ〜、ぁははっ、アルルが飛んれったぁ〜、はははっ」

「う〜ん、寒い〜。ルビー寒いよミカは〜」


 カツサムは酔うと陽気になるタチの様だ。

 ミカは、夜空の空気の冷たさに、体がかなり冷えている様で。このままでは急性のアルコール中毒もあり得るかもしれない。

 ルビーは、エルフの国で自身が投げられた事への意趣返しを、ここで果たした。


 そして、大きな音を出して屋敷の屋根に()()()()()()()()()アルルを見届けて、満足そうに頷く。

「アハー、アルルさんが敵の目を惹きつけてくれている内に、ワタシ達は静かに、降りましょうカー」


 ルビーとカツミカは、敷地を広い範囲でぐるっと囲む塀の近く。木が立ち並ぶ植え込みに、闇に紛れてそっと降り立つ。


 降り立つと同時に、ルビーは土を掘る。

「アハー、ミカ待っててネー。今布団を用意しますのデー」

「ええ〜、ルビー超優しい〜。ありがと〜」

 震えつつ酔ってもいるから、もはやなんでもいいのだろう。

 ルビーは、土をその自前の鉤爪でざくざくと掘り出し、人ひとりが入れる穴を掘る。


 そこにミカを寝かせ、土を被せた。

 息ができる様に、顔の目鼻口だけは残して。

「うう〜ん、ありがとルビー。あったかいよ〜、……うみゅ〜」

 一瞬で眠るミカ。


 それは海辺の砂浜で行う分には、違和感は無いのかもしれない。無いのかもしれないが、これはどうなのだろうか。

 今のこの場で、それを判断できる者はいない。


「あはぁっ〜、ミカー。うぷぅ、プフぅ〜なんらそれミカー」

 カツサムの上戸には入ったらしい。

「アハー、まあこれで一応大丈夫でしょう。ワタシ達は、アルルさんを追っかけて屋敷に潜入しますよカツー」

「おおう、待ってたらす〜。ルビー行くぞぉ〜。ミカー待ってろよ〜、悪を倒してくるらよ〜」

 へろへろなカツサムと赤髪の吸血姫ゾンビは、小さき英雄とは別ルートでの潜入となってしまった。これは偶然なのか、それとも果たして……




 豪奢な屋敷の屋根を突き抜け、なおも勢いは止まらない。ルビーにぶん投げられた慣性が未だ続いている。

 そしてそれは、落下のスピードと相まって御し切れるものでは無い。

 制御はできないが、アルルは迫り来る障害物を素手で凌ぐ。


 屋根にぶつかる瞬間に合わせて、パンチを放ったりしたのだが。諸々の推進力が物体の反作用を軽く凌駕している為に、軽々と突き抜けて尚且つ勢いは止まらない。


 ようやく止まったのは、何階だろうか。

 止まったというよりは、止めたが正しい。流石にもう止まれと、体を丸めて、両足を勢いよく出した所でちょうど止まったのだった。

 石造りの床は、波紋状にひび割れて、足はめり込んでいる。


 外観から見るに、あっても三階建て。それ以上は感覚的にはぶち抜いているので、地下の方にまで来てしまっているのだろうと、アルルは予測する。

 ーー地下? こんだけ広いのに地下があるのか? ……いや、この世界の金持ちなら普通なのか?


 色々、頭の中を逡巡したが、まずは周りを把握しなくてはと見回すアルル。

「くそぉ、ゾンビめ。後で覚えてろよ」

 若干キレ気味で、辺りを見回す。否、かなりキレ気味で。


 そこは薄暗く、何が何やら判別がつき難い。

 何かしらの物があるのはわかるが。そこから上を見上げると、アルルが突き破って開けた穴が何重にもなっている。

 そこから覗く空は、かなり遠くに見えた。

 各階層で、徐々に灯りが灯るのを確認できる。


「そりゃそうか……、派手な音もしたしな」

 ここの住人が何事かと、起きているのだろう。しかも、続々と。

 ーーこんなに広い屋敷に、一体何人の人間がいるもんなんだろう。くぅぅ、もし普通のお金持ちだったら犯罪だよなぁ……多分。


 アルルのいるフロアにも灯りが灯され、アルルは咄嗟に物陰に隠れる。

 そして、照らし出されたモノが、アルルの目に届く。

 

 

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