第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』019
『せっ、戦争ぉ〜っ!?』
カツサムとミカは、ルビーの推理に素っ頓狂な声を出す。
「ちょっ!? ルビー、何を言ってるんだっ! ええぇ〜!?」
驚愕の表情を並べるカツとミカをよそに、ルビーは真紅の探偵とやらの推理を披露する。
「アハー、劇団と麻薬、麻薬と宗教、宗教と国。そして、蠢く陰謀……それはつまり……、国同士の戦争でしょう! そこらへんが並んじゃうトー。アハハー」
推理もへったくれもない探偵も居たもんだ。
「ええ〜!? ま、待ってくれ。ちょっ……えっ! ……はぁ、ん? そう言うことか?」
何がそう言うことなのか。カツサムは、手を顎に当てて思案する。
「もしかして……そういう事なのかルビー?」
「フッフッフ……そういう事なんですヨー、カツー」
どういう事なのだろうかと、アルルは思った。
思ったが、取り敢えずは流れに任せる能力が発動している為、特に気にせず猫のマーコを撫でる。
みゃぁ〜と、気持ちよさそうに喉を鳴らすマーコ。
「分かった……そうなんだな。そうかぁ……くぅぅ」
そう呟くと、カツサムは目頭を抑える。
「え、ちょっとカツ君。ミカは全然わかんないだけど?」
ミカのその言葉は、アルルも言いたかった。
が、取り敢えずマーコを引き続き撫でておく。
「ミカ……貴族足り得るに、陰陽が必須と欲するは? ……そういう事だミカー?」
「え、カツ君……まさかそういう事!? ……え〜やだぁ、ミカは惚れ直す次第であります〜」
ミカはそう言って、敬礼の形に額に手を添える。
貴族足り得るに、陰陽が必須と欲するは? とは?
何となく自身で理屈をつけようと、アルルは頑張ってみるが。何とも難しい。
ーー得るに……必須と欲するは? ん? わ? ……ちょっと、何言ってるかわからないな。
ふぅとひっそりと溜息をつくアルル。
全くついて行けないなと思う。
マーコを撫でつつ聞き耳は立てていたが、もはやついて行けない自分が悪いと、思う事にした。
ふとアイーニャに目を遣ると、アイーニャは自身の髪の毛の先っぽを、くるくると巻いたり、それを外したり。
いかにも暇そうだった。
「アイーニャ……もう一杯いいかな?」
アルルはついつい、お茶のおかわりを頼んでしまった。何か出来る事が生まれて、アイーニャは嬉しそうだったから、良かったなぁとアルルは思う。
何かしらが、万事上手くいったのだろうか。ルビーにカツにミカは、鉄火場の様に熱い意思を灯して、盛り上がっている。
アルルから見ると、無意味に盛り上がっている様にしか見えないが……
「アハー、それじゃー今から行きますカー。何故ならば、鉄は熱いうちに……?」
『うつぅ〜!』
カツとミカが同時に言う。ーー急にどうしたどうした。と、アルルは心で言って、目を見開く。
そして、視線をテーブルの上に持っていくと。酒の瓶が置かれていた。
ーー酒を飲んでいる……。酒を飲んでいる……?
いつの間に酒を飲み出したのか、全く分からない。アルルは、アイーニャが出したお茶を飲んでいるとばかり思っていたのだ。
やはり、三人の手元にはお茶を飲む用のカップが置いてあるのみである。
アイーニャに目線を移すアルル。
「あ、そうですぅ。お酒の方がルビー様はいいかなと思ってぇ……そしたら、カツミカにもお酒の方がいいかなぁなんて思ったんですぅ」
アイーニャのカツミカ呼びにも気になったが、しれっとお酒を黙って出すあたり、アイーニャの気遣いの才能が目覚めたのかもしれない。
危険な才能かもしれなかった。
なんとなく熱く盛り上がって、さらにカップの酒を煽る。空になり次第、アイーニャがいそいそとテーブルの上の酒の瓶を持って、それを継ぎ足していた。
流れに身を任せすぎて、何も見ていなかった事をアルルは反省する。
膝の上のマーコは、我関せずと欠伸をしている始末だ。
ルビーにカツミカは、無体と思われる会話を続け。酔いの興奮度はどんどんと上がっている様に思われる。
「そう、そうなんだ! そこで俺は言ってやったわけだ……それはスマートじゃないな。ってな」
「ええ〜! うそぉ、カツ君かっこいい〜、あははは」
「アハー、カツは男だネー、アハハー」
乾杯ー。と、何回目かも判らない乾杯をし、また一気に酒を煽る三人。
時刻で言えば、どの位なのだろうか。
ーー帰ってきたのは、夕食どきを過ぎた辺りだから……今は大体、午前0時は過ぎてない位か?
酒の飲めないサラリーマンが会社の飲み会で、いつ帰ろうかと頃合いを見計らう気分を、少し体験したような気がしたアルル。
しかし、ここは自分の部屋なので、何処にも帰れない。
マーコを膝から下ろす。まだ膝に乗っていたかったと言わんばかりの、非難的な目をアルルに向ける。
それには特に気にした様子も無く、アルルはバルコニーに向かった。
窓を開けて、バルコニーに出る。
夜風は涼やかに吹いて、アルルの髪を揺らした。
バルコニーの欄干に身をもたげて夜の街並みを、それとなく見つめる。
小高い丘に位置する宿なので、その三階からの景色はそれなりに美しい夜景として、巷では隠れた名宿屋であると、ミカが言っていたのを思い出す。
アルルはふと最近、彼女の事を、思い出す時間が減っている事に気付く。
ふるふると頭を振って、そんな事は無いと自分に言い聞かせる。
色々な物事が、単純に今。一極化して、思い出す暇が無いだけだ。そんなふうに自分に言い聞かせる。
頭の片隅には、いつも想っていると。
アルルは目を瞑り、あの頃を必死に思い出そうとするが。特に気にしない時には、何でもない事柄がトリガーになって、わっとあの時が湧いて来るのに。
今は何故か、中々思い出せない。
もう一度頭を振って、目頭に手を当てて揉み解す。
しかし、色褪せた灰色の家や、その帰り道。木とか、アスファルトだったり。どうでもいい事が、それでも断片的に頭に浮かぶ。
今まさに思い出したい、彼女の鮮明な立ち姿が無い。
無理に思い出しても、それが本当に本物の記憶なのか疑ってしまう程、今のアルルには嘘くさく感じてしまう。
また頭を振って、もっと鮮明に思い出す様に集中する。
集中した所で、それは遮られる。
酔っ払い達に遮られるのだった。
「アルル〜、いいか行くぞぉ〜!」
カツサムはバルコニーに体を乗り出して、いきなりそう告げる。
「カツさん……、行くって何処にですか?」
「アルル〜、決まってるらろ〜。レメギス教団の本部だじょ〜」
「あはは〜、カツ君。だじょ〜って、だじょ〜ってかわいいねぇ〜。もっかい言って〜、あっはっは〜」
ミカもぺろんぺろんになっている様子。
「アハー、それではみんなで行きますカー、アハハー」
ルビーは酔っている様子は無い。ゾンビは酔わない的な事を言っていた気もする。なんでも「すでに世界に酔っているから」なんだそうだ。
いつもふざけた奴なので、無視の構えだったが酔ってないのなら、と。カツとミカを一緒に説得して貰おうとアルルは考えた。
こんな夜更けに、しかも酔った状態で危険と思われる場所に行けるはずが無いんだと。
そう言い掛けたが、そこでアルルははたと気付く。
ゾンビはいつもふざけた奴だった。
ルビーは、黒々とした翼を具現化する。この部屋で。
「おいゾンビ。何考えてる⁉︎」
アルルは嫌な予感しかしない。
と、その瞬間。
ルビーは、バルコニーに体を乗り出すカツとミカを、両手で捕まえ。
そのままのスピードで、その先にいるアルル目掛けて突っ込んだ。
バルコニーの欄干をぶっ壊して、そのまま空へと駆け上がる。三人を捕まえたまま。
アルルは避ける事はできたが、カツミカが捕まったままだったので、避ける事を止めて、また流れに身を任せた。
「おい、ゾンビ……どうすんだよこれ……」
機嫌悪くアルルはルビーに問いかける。
「アハー、大丈夫ですヨー。スキルが上がったので、三人くらい余裕で飛べそうですネー、アハハー」
いや、そこじゃねぇよ。と、言いかけてカツとミカが声を上げる。
「おお〜、これは何さ〜? 体が飛んでるみたいなのら〜」
「あははっ、カツ君! なのら〜、なのら〜ってかわい過ぎてミカ辛いよ〜、あははは〜」
ルビーは、両手を巨大な鉤爪状にしている。今回は切り裂く目的では無く、三人を物理的に運ぶ為の面積を必要としたからだろう。
「アハー、虎穴に入ってしまえば怖くないですネー、アハハ。いざ! レメギス教団本部へー」
「おおう、行くぞぉ〜! あっちの方かな〜多分〜」
カツサムは酔ったまま指を刺す。その方向は本当に大丈夫なのだろうか。
アルルは夜空を飛ばされつつ、ただただ不安だなとしか思わない。
「アハー、いざレメギス本部へー」
「どういう話でそうなったのかマジで分からないから。あとレメギス教団本部って何? どうなってるの?」
変な形の空中遊泳。四人はその本部と思われる所に飛んでいく。ここから始まる長い夜を。この時には誰も思ってはいない。
何故なら夜は、いつかは明けるものだから。長い夜になるなどとは、思いもしないのだった。




