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第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』017



 階段を降りた所で、鉄の扉が現れる。古びた錆の匂いが微かに漂う。

 当然鍵は掛かっていた。


「アハー、鍵が閉まってますネー。どうしますカー」

「どうするって……鍵掛かってるなら、鍵探さないとじゃない? さっきの奴が持ってないかな」

「アルルさーん、力一杯引っ張って見たらどうでスー?」

「ん、力一杯? ……鉄の扉だし無理でしょ」

 アルルは扉の取手を掴み、思いっきり引っ張ってみた。


 がごんと大きな音と共に、取手がひしゃげて扉から離れる。アルルの右手に無惨な取手だけが残り。そして、鉄の扉は取手部分から引っ張っられて、まるで折紙のようにくの字に曲がったままになった。


「なんかこの前も思ったけど、この世界のものは意外と脆いよね」

「アハー、そうですネー。必要以上に脆いのかもしれませんネー。アハハー」

 くの字に曲がった扉。向こう側を見ることはできるが、流石に人が通れる程ではない。


「な、なんだなんだ!」

 扉の奥より、何人かの足音と声が近づいてくる。

 ルビーは急に霧状になって、壊れた扉の隙間から向こう側へ行く。

「あ、それがあるのかゾンビは……」

 なんでも有りじゃないかとアルルが言いかけた時には、ルビーはもう隣にはいない。


 そして少しの間を置いて。ぐっ、とか。がっ、などと人の呻き声が聞こえる。


「アハー、アルルさーん。こちらは一応片付けたんで、この扉全部外せますカー?」

 扉の向こうよりルビーがそう言ってきたので、アルルはくの字に曲がった扉を持って引っ張ってみた。

「あ、意外と軽い」

 すぐに取れた扉を、壁に立て掛けて二人は合流する。

 

 男が二人ほど足元に倒れているが、白目を剥いてぴくぴくとしているので、気にせずアルルは辺りを観察した。

 思った以上に、この地下部分は広いのかもしれない。

 壊した扉の先は突き当たりで、左右に長く伸びる廊下になっている。

 どちらを見ても先は暗くて、何があるのかがイマイチ判別できない。


「どっちに行ったら良いんだろう……」

「アハー、良いですねぇなんカー、ダンジョンぽくなってきましター。ワクワク! 取り敢えず王道に乗っ取って、右はどうでスー?」

「右だと王道なの?」

「アハー、何言ってるんですアルルさん。初級のダンジョンなら、遊びやすさを重視して、多数派だろう右利きの、選び易い右に正解を配置するもんでショウー」

 ルビーは、胸を逸らして高笑いを上げる。

「へぇ、そういうもんなんだ……正解ってなんだよ。ーーまぁ特にオレはどっちでも良いんだけど……」

「アハー、それにこの男たちが右から来たっぽいのもありますガネー」

「なんだよ。じゃあ右じゃないか」

 ルビーは「ヘッヘッヘー」と、(おど)けた顔をした。

 ーー腹立つ顔だなぁ。と、無視をするアルル。


 二人は、右の廊下を選択し歩き出す。幅は大人が三人程は通れる広さだろうか。所々にランプの灯りは灯ってはいるが、十全に照らしているとは言い難い。

 少し歩いた所で行き止まりになる。左には鉄の扉と、さっきの男たちが居ただろう、椅子と机も置かれていた。

 彼らはここで、見張りでもしていたのだろう。そのような痕跡が見られる。


「また扉……どうするゾンビ?」

「アハー、また壊しましょうカー、アハハー」

 ーーここまで来たしなぁ。などとアルルは思って、今度は全部うまく外せる様に、腕を捲ってどう取るかを思考した。

 と、その時。後ろからアルル達を呼ばわる声がする。


「あ、いたいた。こっちで良かったか。おーいアルルー」

 後ろを向くと、そこには追ってきたらしいカツサムが手を振っていた。

「いや〜なんか、動きないし大丈夫そうかなと思って、こっち来ちゃった。どうよ、守備は?」

「カツさん……そうですねぇ。今この扉をどうにかしようと思っていた所です」

「ほお〜、そうか。鍵でも掛かってるのか?」

 カツサムがそう言って、扉の取手を引くと扉は開く。

 どうやら鍵は掛かっていなかった様だ。

「なんだ〜、開くじゃん扉。あっはっは〜」

 アルルはそっと、捲った袖を元に戻す。


 アルル一行は、扉を開けて次の場所へと進む。些か不用心ではあったかもしれないが、一行は委細構わずといった風で、ずかずかと進入した。


 そこは、端的に言うならば麻薬工場と、呼ばれる所になるのだろう。

 やっぱりなと、入るなりカツサムがガッツポーズをしたので、間違いない。


 広い空間の部屋(地下一階であるはずだが、やけに天井も高い)に、何かの釜やそれに連なるパイプなど、なんとなく研究所を彷彿とさせる様な作りに、アルルには感じられた。

 そして目に見える範囲で、麻薬の原料なのだと思われる謎の草が、雑然と束ねられて置かれている。


「な、なんだ貴様らぁー!?」

 明らかに武装した人間が数人、非武装の人間が数人、アルル達の突然の訪問に色めき立つ。

 合わせて、十数人の男の一斉の怒号。普通の人間であったなら、怯むのに十分な迫力ではあっただろう。三対十数人で対峙すれば()()()、怯んで仕方なし。

 しかし、小さき英雄と赤髪の吸血姫には通じない。

 かのエルフ達(エルフは種族として、人間の上位にあたる種族として位置付けられている)が小便を漏らす程の恐怖を、二人は意にも介さなかった実績があるのだから、当然の事だった。


 だがカツサムは、当然ながら怯む。

「ええっへぇっ!?」

 緊張感の無いアルルとルビーに挟まれて、緊張感を感じ辛いのは。もはや、やむを得ない事であった。

 カツサムはやっぱり、普通の人間なのだ。


 しかし、そんな恐怖を圧してカツサムは自身を奮い立たせる様に、声高に叫ぶ。


「連邦捜査官のカツサム・イトゥヌだ! ーー連邦法における、第一条四項。何人(なんぴと)も共和国民の生活を阻害してはならない。それに基づく反共和国的行いを禁ず!」

 カツサムは、懐からいつの間にか出した札(木札なのか、皮の手帳なのかは判然としない)を、手に持って十数人の男達にこれ見よがしに突きつける。


「連邦……の捜査官!?」

 十数人の内の一人がそう言葉を漏らす。


「……連邦捜査官?」

 アルルも思わず言葉を漏らす。

「アハー、へぇー……アハッ。なるほどなぁ」

 ルビーは分かったかのように、しげしげと頷いている。


「貴様らは、著しく連邦国内を乱した罪に該当する。非常に重い罪と認識し、大人しく罪に服せば酌量の余地を考える用意が、こちらにはある!」

 カツサムは強く声を張った。

 張ったはいいが、男達には響かない。


「れ、連邦がなんだ! ーーこ、こちらには邪神レメギス様の加護がある! お前らぁー、こいつらを生かして帰すなぁぁー!」

 男達はさらに血気を上げて、雄叫びと共に各々の武器を構えて、アルル一行目掛けて突進を開始する。

「ああ、はっ!? ちょっ、やば〜! 駄目だぁ、やばぁ!」

 カツサムは何かの紋所よろしく、この場を平定する為の切り札的なものを出したのに、止まらない男達の圧に後ずさる。


「なぁゾンビ……」

「アハー、ワタシは左に」

「じゃあオレは右ね。一応聞くけど……」

「アハー、大丈夫でスー。殺しませんヨー」

「うん」


 アルルは迫り来る十数人の右側に、走り寄る。

 剣は抜かない。

 なるべく掌底だけで気絶させられたらいいなと考えた。

 考えたが、どうしたら人間が気絶するのか分からない。

 この世界は、人間は勿論の事、鉄すらも脆い様なので、アルルは常に加減に関して慎重に考える。

 ゆっくり走る男達の、脇腹らへんを狙って掌底を。

 なるべく優しく当てた。

 ぐふっと、体がくの字に曲がって吹っ飛ぶ男。

 やり過ぎたかと、アルルは一瞬冷や汗を感じる。

 迫り来るもう一人には、さっきよりも弱めの掌底を、再度脇腹に。

 さっきの男よりも、吹っ飛ばずにくず折れる様を見てから、この位の力の入れ方なのかと学ぶ。


 アルルはふと思い出す。

 その力の調節具合の難しさが、温泉に行った時に友達と遊んだ卓球(全然やった事のない球技だった)と同じ感覚だなぁと。

 ふと思い出した。


 ーー卓球初心者に、卓球経験者って容赦ないよな。気持ちいいだろうけどさ。

 そんな事を考えながら、頑張って最小の力で迫り来る男達を、何とか殺さずにぴくぴくする程度を目指して、アルルは掌底を繰り出す。


 左を任せたルビーは、それは器用に男達を気絶させている。

 

 

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