第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』013
舞台上だけが、ランプの灯りで煌々と照らし出されている。客席は暗く保たれていて、ちょっとやそっと動いた位では目立つ事は無いだろう。
「カツさん、変ですここの空間。それだけは分かります」
声を最大限に絞って、隣のカツにそう告げるアルル。
「あ、だよなぁやっぱり。俺もミカに連れて来られた時に、初めはそう感じたんたが、見てると気にならなくなるんだよ。不思議でさぁ」
声を最大限に絞っていても、周りが静かすぎてどうしても空気を振動させてしまう。ちょっとの動きは分かり難いが、ちょっとの音声は他に打ち消す音波が無い分良く届く。
「内容もあんまり良く分からないんだけどさぁ、なんていうのか。流行ってるものってさぁ、アルルはわかるかぁ?」
「ああ、なるほど。流行りには敏感になっちゃいますよねぇ」
二人は最大限に絞った声を、頑張ってひそひそと続けている。
「えっ、何!? ちょっと、カツ君! カーツー君っやだぁ、えっ何〜」
ミカが急に慌てて、カツサムの肩をばんばんと叩く。
それと同時にアルルとカツは、はっとして息を飲む。
舞台上の演者は歌や踊りを止めて、立っていた。
全ての演者が。
舞台に立って、静止してこちらをじっと見ている。
そして、今まで死んだ様に動かなかった観客達も、首を後ろに曲げて一斉にアルル達を見た。
劇場内の全ての人が。
心なしか、観客達の目は赤く光っている様に見える。
一様に不気味で異様な光景。それに気付いたから、はっと息を飲んだ。
「ええっ!? 何? こわっ! ちょっ、何ぃ〜〜?」
カツサムは堪らず声を上げる。
「カツ君怖いよ! えっえっ、何なの〜!?」
「オットット、なんとまあ分かり易い。アハー」
じっとまんじりもせず、こちらを見る観客。否、もはやその集団といった方が正確か。は、まばたきを惜しんでアルル達を凝視する。
否、まばたきをしていないのだ。まるで人形が動いているかの様な、無気味の谷を感じたアルル。
歌も踊りも無くなった空間に、三十人からなる集団が無言を貫き通している。
「えーと、どうしますカツさん?」
「え……ど、どうしよ」
「ミカ、こーゆーの本当に駄目なんだから〜。カツ君行こう! もう出よう」
ミカはあからさまに動揺した。カツサムの袖をこれでもかと引っ張っている。カツサムの服(流石に日中から、鎧や黒装束を身に付ける訳では無いらしく。簡素な服で纏めている)を、破けるんじゃ無いかという位に。
ミカー、ミカー、や、やめろよ~。や、破ける。破けるってぇ~。と、言って右に左に右往左往している。
「逃すと思うか? 夜明けのカツサム」
舞台の端に居た、黒づくめ三角目出し帽がそう言った。
「何っ!?」
カツサムは驚きの声を上げる。まさか調べる側の自分が、相手に知られていたのだ。
「アハー、カツは隠密には向かない様ですネー、アハハー」
三角目出し帽の号令が劇場に響く。すると、一斉にその場を立つ観客達。
観客だと思われた物達。
糸で操られた様に、歪に立ち上がった。
「あ、ちゃんと人形だったのか……そうか」
アルルは落ち着いた声色で呟く。目が光ったのも人形だからか。などと、考えている。
「いや〜、無理無理。もっと無理〜! 怖すぎ〜」
ミカは逆に、よりぎゃあぎゃあと忙しい。
「人形使いだと?」
カツサムは驚愕したようにそう呟く。
「オホーなかなか胸踊る単語ですネー、アハハハー」
ゾンビは喜ぶ。
「カツサム、貴様は少し目障りなので消させてもらう。行けぇーーい! 我が人形よ!」
三角目出し帽が再び号令。
それに合わせ人形達が一斉にアルル達に襲いかかる。
迫り来る人形達。
何体かは劇場に用意された椅子に引っ掛かり、もつれて転ぶ。
それにはお構いなしで突っ込んでくるその他の人形達。
狭い劇場内、数十体の人形が押し寄せる。
あるものはそのまま突撃し、あるものは跳躍し。劇場の一番後ろ。壁を背にしたアルル達に襲い掛かった。
アルルはすっと短く息を整える。
ロングソードは無い。日中の街での帯刀に気を遣ったからだ。
一番乗りの人形が、鋭くなった指でカツサム目掛け手刀を繰り出す。
左手でカツサムを引き、右手で人形を払う。
容易く人形は吹き飛んでばらばらに砕ける。
木材で形作られている様な感触。
違う人形が今度はミカを狙う。
それをルビーが薙ぎ払った。
目で合図を送るアルル。ルビーは、片目を瞑って返答する。
この間は刹那に満たない。
あ互いが、カツとミカを守るように陣形をとる。
眼前からくる人形。
その上。
跳躍して襲い来る人形。
二体同時。
左手で眼前の人形を弾き、跳びつつ空中の人形の胴体を掴み投げる。
投げた人形は後続の人形数体に激しくぶつかり、共々に四散した。
ルビーは鉤爪状の両手でもって、交互に迫り来る人形を薙いでいく。
カツとミカは何が起こっているのか、よくは分からないだろう。
瞬きのうちに、人形はその数を減らす。
カツサムは後に今回の事をこう語った。ーー何が何やらよくわかんないんだけど、全てが遅くなった様に感じたんだよなぁ。あれはほんと何だっただろう。兎に角二人は凄かったよ。
動く人形が全て破壊されるのに、さしたる時間は掛からなかった。
「なっ、何だと……!?」
ただただ驚愕の事実に、それだけをやっとの事で吐き出す三角目出し帽の男。
今やもう木片の瓦礫だらけの劇場内、埃と共にその中心に立つ二つの影。
亡国の英雄に、赤髪の吸血姫ゾンビがそこに立っている。
男は腰を抜かし後ろに倒れた。
ルビーは黒い霧となって、男の背後に現れて両手を取って拘束。
「アハー、捕まえたー。色々聞かせてもらうヨー」
男は暴れるが、びくともしない。ルビーは、拘束している両手を少し捻り上げる。
「うぐぅぅっ!」
男は悲痛な声を出した。
「おい、ゾンビ。やりすぎだぞ」
アルルは慌てて止めに入る。
「イヤー、明らかに悪党ぽいのでいいかなーなんて。アハハー」
「いやいや、獣とかじゃ無いんだから。行き過ぎた暴力はやめてくれ」
イヤイヤ、アルルさんがそれを言うのクサーと、ルビーは皮肉を投げる。かなり心臓にグサリと来たが、アルルは努めて平静を装った。
「おーい、アルルー! ルビー」
カツとミカがこちらへ近づいてくる。
「カツさん達……怪我はないですかー?」
先ほどのルビーの皮肉は、まだまだアルルの心に刺さってはいるが、カツ達の状況を確認する。
「いや、俺たちは大丈夫だ。なぁミカ?」
「うん、そうそう! それにしても二人ともほんとにすごいんだね〜。びっくり!」
「や〜ほんとだよなぁ。いや、改めてお前らって何者なんだよ、ははは」
笑い事で済ましてくれるカツサムとミカは、意外と大物なのかも知れなかった。
そんな最中に突如、三角目出し帽の男が激しく痙攣を起こす。
拘束を逃れようとする様な動きではない。もっと別の……
一種、異様な動きであった。
「……ぐ、ぐほっ、ぐ、ぐぼぉ!」
三角目出し帽の男は吐血をする。赤黒い血が床を汚した。
カツサムは、寄ってきて男の顔を覗き込む。
「……し、死んでる。くそっ、奥歯に毒を仕込んでいたのか」
カツサムは、苦々しくそう呟き。男の口腔内に手を突っ込んでいる。
毒が入っていたであろう、カプセルを取り出し。舌打ちをして、床に投げる。
男は、自害した。
何も言わずに、男は死んでしまったのだ。世を儚む辞世の句も無く、吐き捨てる様な呪いの言葉も無く、愛するひとへの言伝も無く。
男は死んだ。
アルル達は無言で固まっている。
「アハー、なるほどナー。なるほどなるほど……」
もう、男の両手を拘束する必要の無くなったルビーは。腕を組んで、うんうんと何かしらを理解したかのように振る舞う。
「え、ルビー。どうした? えっ、ど……どうした?」
「ンフー、カツー。アッハッハー、いやいや。分かったという程ではないんですがネー」
ルビーは人差し指を立てて、ちっちっちと自慢げに指を振って見せる。
腹の立つ顔だった。
「イヤー、なるほどと言うのはですネー。今の所、状況だけで判断できる部分と、ワタシ達にとっての有利に働く部分。と言う所なんですヨー。アハハー」
状況だけで判断できる所と、有利に働く所?
「いや、勿体ぶらなくていいから」
アルルはルビーを促す。
「アハー、アルルさんはせっかちですネー。おませさん」
ーーくぅぅ、うざい。うざいよゾンビ。と、心で思ったが我慢するアルル。
「アハー、それでは……真紅の探偵ルビー・ペインバッカーの推理を皆様に」
大仰に手を広げ、ゆっくりと。丁寧にお辞儀する。
「聞かせてあげまショウー」
ーーうっざ。流石にうっざ。
アルルは、もはやその真紅の探偵の推理に興味は薄れるばかりであった。




