第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』012
隠れ家より帰って、アイーニャとマーコの安否を確認したら。アルルはすぐにベッドに潜った。
あちらの部屋から連れて来た猫のマーコは、もぞもぞとアルルの布団に入ってくる。そして、アルルの腕に無理やり入り込もうと、頭でごりごり押す。
アルルは途切れそうな意識の中、ふと思う。マーコはトイレは何処でしているのか。元の世界で猫を飼っていた友人を思い出す。猫トイレなるものがあった気がしたが。もしかして、そこら辺にしているのだろうか。それなら宿の人に謝らないといけないのでは? ーーっ。
……
…
アルルの意識は、そこで深い眠りの海へと船を漕ぎ出した。
朝が来たようだ。カーテンは閉まっているが、流石に遮光性はイマイチなので日の光が、アルルの瞼に差し掛かり目を覚ます。
ふと横を見ると、何故かアイーニャがベッドの端に体育座りをしている。
「うわっ、びっくりした! アイーニャ! なんでここにいるの!?」
眠気は吹き飛ぶ。
「アハー、どうしてもってアイーに言われましテネー。外のバルコニーは開いてたんで連れてきちゃいましター。アハハ」
「いや、ゾンビもいたのかよ……まぁ。いいけど。……どうしたのアイーニャ?」
「アルル様すいません。私のせいで色々迷惑かけてしまってぇ」
アイーニャは幾分、顔色は良くなった様だ。体育座りしたまま目を潤ませて、申し訳無さそうにそう言った。
「いや、大丈夫。こっちこそごめんね。気付かずに」
「そんなぁ。私の方ですぅぅ」
アイーニャはやはり、初めて見るものばかり(もちろん楽しくて興奮していたのもあるだろう)で、かなりの消耗をしていたと認めた。しかし、この旅はどうか着いて行かせてくれと、殊更目に涙を浮かべてアルルは懇願される。
「うん、わかった。でもこれだけは約束させてよアイーニャ。疲れたら気兼ねなく言っていいし、無理もしない。いい?」
こくりとアイーニャは頷く。
朝食を終えて、アルルは自室で歯を磨く。歯を磨きながら、今日の予定をぼんやりと頭の中で整理する。
「カツさん達と会って……で、どうするんだっけ」
水をコップに入れて、口を濯ぐ。
「アハー、アルルさん。何かしらの作戦会議って感じじゃなかったですカー?」
ルビーは壁にもたれながらそう言った。
「ん? ゾンビか……うーん、作戦会議か。あれ……アイーニャは?」
先ほどアルルが朝食の為に部屋を出た時には、ルビーとアイーニャは自室に戻った筈だったが。
「アア、一応まだ復調では無いんだしと言ったんですガネー。アルルさんと自分の服の洗濯をしに行きまシター」
「えっ、ほんと? ……そんな事をしないで、休んでいていいんだけどな」
アイーニャは、エルフの国に居た時もそうだったが、アルルの食事から洗濯や掃除など、多岐に渡りサポートしてくれるのだった。
アイーニャが程なく戻ってきて、アルルとルビーは今日の予定を話す。これから指定された広場に行く事や、カツサムやミカに会う事を。
アイーニャは洗った洗濯物を干したり、掃除をすると言った。
「アルル様もルビー様も、心置きなく出掛けてください。私はお留守番してますからぁ。あぁ、もちろんマーコも面倒見てますぅ」
アルルはありがとうと言って、何かあれば使っていいよ。と、換金した紙幣を何枚か置いておく。
昼前の広場は人がまばらであるようで、待ち人を探せないという様な事は無い。
ちらほら、踊りなのか歌なのかを、練習している人々が目につく。
そして、アルルとルビーが着いた時にはもう、カツサムとミカは広場の中央の噴水付近に立っていた。
「すいません、待たせちゃいましたか?」
「ん、おお! アルル。いや、俺らも今しがた来た所ー」
「やっほ〜、アルルにルビー。昨日ぶりよね〜」
甕を持った聖女(多分そうだと思われる)の噴水の近く、四人は合流する。
「昨日の続きをと思ったんだけど、アルルは図書館はいいのか?」
「ああ、そうですね。……あ、でもいいですよ。カツさん達の事情もあるでしょうから、そちら優先で」
特に急ぐ必要も感じていなかった。急がば回れと、ハロックに言われたのを思い出す。
「そ、そうか……うーん。じゃあこうしよう! 道すがら続きを話すから、どうせなら図書館まで案内するよ。一挙両得だろうその方が」
「あ、ほんとですかー? じゃあ……それで行きましょう。なんか、すいません」
「アハー、ウィンウィンて奴ですネー」
「ウィンウィン?」と、カツとミカは首を傾げる。アルルは説明するか、惚けて有耶無耶にするか迷ったが。迷ってる間に一行は歩き出す。
まじかぁ、と思いつつアルルは後に続いた。
「何処まで話したっけなぁ」
「この国に麻薬がって所でした、確か」
「あぁ、あぁそうか」
「あ、でも。誰かに聞かれてもいいんですか? こんな危ない話……」
「え?……小さめに喋れば大丈夫だろ〜。歩きながらの会話なんて、誰も聞いてやしないって。ははっ」
ーーえ……そうなのかな? うーん……?
まあいいかと、結局アルルは流してしまう。そして、歩きながら続きを語り出すカツサムは。幾分ひそひそと喋りだす。
……
…
ここ最近の麻薬の流行は、昨日飯屋の客引きなどの変な歌や踊り(ミュージカル調)にも関係しているという。
流行の始まりの時期を遡ると、どうやら時期が同じ位らしいのだ。
麻薬の流行と、大衆演劇劇場の乱立。それがどうやら結びついてるのではないか。そうカツサムが睨んだ経緯は、実はミカがその大衆演劇が好きで、度々一緒に行かされていたかららしいのだ。
そこから何となく気になって、気まぐれに一人調査を始めると。その劇場の成り立ちからしてとても怪しい。
劇場設立の経緯や、その資金源をどれだけ調べてもわからなかったし、背後で何かの新興宗教的な組織もちらほらと散見される。
宗教絡みとなった時点で、カツサムはミカを説得し、危ないから劇場に通うのを辞めさせた。それはそれで一悶着(夫婦喧嘩)あったみたいだが。
劇場に足繁く通う客も増えては減って、増えては減ってを繰り返す。
国の軍警察に相談もしたが、一般市民からの情報には反応がすこぶる悪い。
それから何処となく身の危険を感じる出来事もあって、第四外区のキャンプ地にほとぼりを覚ます為、移り住んで半年。
そろそろウシロロ・ダートに戻ろうとの算段をしている時に、アルル達に出会ったという事らしい。そして、昨日目星を付けた人物を尾行して、なんだかんだ失敗して今に至る。
「はーい、ここがその図書館ねぇ。道はわかったアルル?」
ミカは手を上げて、元気に図書館を紹介してくれた。
「あ、……はい。大丈夫……です」
正直、道など覚えてはいなかった。説明を聞きながら、道も覚えるスキルはアルルには無かったが、大丈夫と言ってしまう。
ーーまあ、いいか。地図でまた確認だな。
「と、まあ。ここら辺までの大体のあらましは大丈夫か?」
カツサムはそういうと、図書館のちょうど真反対の建物を指差す。
「で、あそこがその劇場の内の一つなんだが。実は潜入を試みようと思っててな。昨日チケットを買ってみたんだ。四枚な……どう思う?」
きらりと、カツサムの目が光る。
「アハー、いいですね。ワタシも潜入したいですネー。潜入ー、アハハー」
一も二もなく、ルビーは楽しそうにそう言った。
が、アルルは少し考え。
「危険はないんですか? カツさん」
「いや、真昼間だし大丈夫じゃないか? ははっ」
ーー軽いな……大丈夫かな……。うーん……図書館はいつでもいいもんなぁ。心配なら、ついてった方がいいか?
「カツさん、ボクも行きますよ……なんとなく気になるので」
「よし! 多分、もうすぐ昼の部がやるはずだから並んでみよう。何か見てて気付いたら教えてくれるか二人とも?」
無言で頷き、一行はその劇場に入っていく。
そこは二十人から三十人程の観客を収容できる小劇場であった。舞台上には特に舞台装置など無く簡素。
昼時だというのに満席であった。むしろ満席だったから、アルル達は客席の一番後ろでの立ち見である。
劇が始まる。特に何かの合図があった訳では無い。
急に始まる演劇。
歌や踊り。
話の内容は、ここら辺の地域の古い伝承か何かなのだろうか。昔々の聖母がうんたらかんたらという導入部だった。
アルルは演劇には詳しくない。元の世界でも観に行った事は一度も無かった。
一度も無いが、気になる事が溢れてくる。
其の一、出てくる演者の右腕に漏れなく円形の何か。記号とかでは無い、異様な模様の入れ墨が見える事。
其の二、舞台の端に全身黒づくめの人物(顔すら黒い三角頭巾で覆って目の部分に穴が開いて目出し帽になっている)が立っている。黒子かとも思ったが、明らかにルックが変だし、なんなら客席を見張っている様でもある。
其の三、満席にも関わらずお客は誰一人として、拍手も笑い声も聞こえない。それどころか、全員みじろぎすらしない。いや、これは普通なのか?
アルルは初めて見るものに、そんなに違和感を覚えたりしないし、いちゃもんを付けたりもしない。
しないが、これは何かが異常だとアルルは感じる。
日中ながらひんやりとした場内。
どこか変に調子っぱずれな歌。
何をどう表現しているのか不明な踊り。
謎の黒ずくめの人物。
死んだように舞台を見ている観客。
全てが何かが変だった。それだけは分かる。




