第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』011
闇夜に蠢く影が二つ。それは軽快に建物の屋上から屋上へ。次から次と飛び移っている。
宿屋の三階のバルコニーより、アルルとルビーは、ソレを目で追う。
「ねぇ、ゾンビ。あれって……」
「アハー、アルルさーん。どうなんでショウー、アハハー」
アルルの肩に乗っている猫のマーコは、大きな欠伸をした。
「アハー、どうしますカー?」
「うーん、そうだなぁ。行ってみる?」
「アハー、いいですヨー」
ルビーは自身の能力で黒い翼を創造する。
アルルは猫を抱き上げ、隣の。ルビー達の部屋のバルコニーに飛び移り、猫をその部屋に放す。
「ちょっと行ってくるから、アイーニャと留守番しててくれるかな、マーコ」
マーコはにゃあと鳴いて、アイーニャのベッドに潜り込んだ。
本当に頭の良い猫だ。
ルビーはアルルの手を握り、夜の闇に翼を広げ空中に飛び出す。
第四外区の塀を飛んだ時より速度が出ている。一人分だと、楽に飛行できる様だ。
飛び立ってアルルは気付く。飛んでいる所を誰かに見られたら、騒ぎになるかもしれない、と。
しかし、もう飛び立っている。
ーー闇夜に紛れてくれるかな。と、そんな希望的観測をして気にしない事にした。
「ちょっと、きゃっ。カツくーん、早いよ〜」
二つある内の黒い影の一つは、建物と建物の間を頑張って跳ぶ。が若干、苦しそうだ。
「おいぃ、ミカー。だからお前は待ってろって言ったじゃんかー」
「えええ、でもだって〜。カツ君ばかりにやらせられないよ〜」
二つの黒い影はカツサムとミカの夫婦だった。
昼間の傭兵然とした格好は微塵も無く。黒一色で、鋭敏さに特化させた様な装束を着込んでいる。暗殺者を彷彿とさせる装いで、夫婦は建物の屋上を渡っているのだった。
「アハー、やっぱりカツとミカでしたネー、アルルさん」
「その様だね。カツさんミカさん、こんばんわ」
突如、空の方向から声がして振り向くカツとミカ。ルビーが翼を解除して、同じ建物の屋上に降り立つ。
「え、ちょっ! ええぇーーっ」
カツとミカは驚く。目を見開き(一応、口元はマフラーらしき物で覆われている)驚く夫婦。
それは、空から既知の友人が降り立った事でなのか。明らかに人目を忍んで行動しているのに、それがバレた事なのか。アルル側では判断が難しい所だ。
「すみません、なんか見かけたので追って来てしまいました」
「アルル……見かけたって、こんな闇夜でか」
「アハー、夜目が聞くんですヨー、ワタシ達は。アハハー」
「ちょっとルビー! しぃ〜」
ミカが人差し指を口に当てて、ルビーの声の大きさに注意をする。
「あ、やばいか。とにかく二人とも一回伏せてくれ」
カツサムはそうアルルとルビーに促して、自身は屋上のへりに身を隠しつつちょこんと頭を出して、下を覗く。
「あはぁっ、見失ったぁ〜」
カツサムは頭を抱えて、目に見えて落胆する。口元を覆ったマフラーらしき物を手で下げ、頭をごしごしと掻く。
「あ、なんか。……もしかして僕ら邪魔しちゃいました?」
「ん、あ〜いや、いいんだ。今日は失敗に終わっただけで……というか、お前らに見つかってる時点で俺らの落ち度だわ。くぅ〜」
「カツ君大丈夫。次は絶対にくるから」
「……そうだな、ミカ。その通りだ」
アルルとルビーは二人見合って肩を窄め、あちゃーと手振りで反省を示す。
カツサムは取り敢えず冷静になったのか、二人にどう説明したものか迷っている様子。
「くぅ〜。アルルもルビーも取り敢えず俺らの隠れ家に来てくれ。そこで説明させてもらうわ」
「あ、カツ君。お茶っぱ買ってないよミカ、……どうしよう〜」
「いや、いらんだろミカー! ……いや、俺が言うのは違うか。ーーいや、そういう事じゃなくてっ」
「カツさん、全然お構いなく……大丈夫ですから」
「アハー、そうそう。そうだよカツー」
「二人とも。……くぅ〜」
アルルとルビーは、黒の装束を纏うカツミカ夫妻に連れられ、隠れ家と呼ばれる場所に移動するのだった。
ライライローの街並みは都会らしく、洗練された建物が建ち並ぶ。
しかし、逆に言えばそれは。同じような作りの建物がただただ判然と並ぶ、面白みに欠けるという事実は回避し難い。
その面白みに欠ける建物の内の一棟。一階裏の隠し扉を抜けて、案内された場所がカツサムやミカが使っている隠れ家となっているらしかった。
最低限必要なものしか無い、殺風景な部屋の二対のソファーに。テーブルを挟んで対面で座る一同。
「まあ、そのー。何から説明したものか。なぁ、ミカ?」
振られたミカは、ええぇ、ミカには無理。ミカには無理。と、頭を振って説明を放棄する。
「アハー、カツ達は泥棒さんなんですカー?」
見かねて、ルビーが聞き役に回ってくれた様だ。
「いや、泥棒ではない。って言っても説得力はないか……この格好じゃな」
カツサムは自虐を交え自嘲する。
「実はなぁ、今この国はかなり大変な事になっててな……そのぅ」
「カツさん達が何かをしようというのなら、僕らも力になりますよ」
「アルル早ぁ……早いって、アルル。まだ何も話してないから〜」
「ああ、いえ。カツさん達が泥棒なんて思ってないですよ。流石にそれくらいの時間は一緒に過ごしましたしね。困ってる人がいたら助けるのが当たり前……ですよね?」
アルルは、カツサムが前に語った言葉を引用して微笑む。
「アルル……お前」
不思議と彼の人柄には、無条件に信頼を寄せてしまう何かがある。
カツサムはぽつりぽつりと、自分たちやこの国についてを語りだす。
……
…
カツサムとミカ。この夫婦の表の顔は傭兵ギルドに登録をしている、主に傭兵稼業を生業としたフリーランスの共和国民であるという事。それはもちろんアルル達が知っている事でもあるが。
表があるのだから裏がある。
「実は俺たちはな……義賊なんだ」
カツサムは神妙な面持ちでそう言うのであった。
「ぎ、義賊……?」
ごくりと喉を鳴らして、ぎこちなく応答するアルル。
ーー義賊って自分で名乗るものなのか? その疑問は胸にしまう。
「アハー、義賊いいですネー。響きだけでカッコいいよカツー。響きだけデー」
「はっはっは、そうだろルビー! だからな俺らは、義賊として法律では捌けない悪を探してるんだよ」
ーー探してたんだー。見つけてから活動するんじゃないんだー。
アルルは心の中で、突っ込みを入れる。否、ちゃんと心の声はだだ漏れていた。しっかりと。
変な間が流れる。
「あ、いや……すみませんタメ口使っちゃって……」
慌てて、変な方向に謝罪をしてしまうアルルに。隣でルビーが、「ブフっ!」と、吹き出す。
「それがな、アルル。最近になって巨悪を見つけたんだよ俺たちは」
カツサムは、おもむろに神妙な顔をして言う。変な間などは、お構いなしの様だ。
乾いた空気が流れている。
ーーここは確か地下の筈だけど、そういえば空調ってどうなっているんだろう。そんな事をアルルは考えてしまった。
カツサムは話を続ける。
ここ数年でウシロロ・ダート共和国内にて麻薬が流行っているらしい事。
それが原因で、ゆっくりとだが確実にウシロロの国が乱れてきているという事。
その麻薬は、気付いた時には市民に広まっていて、誰が広めているのかが分からないという事。
「実はとうとう、その麻薬の売人の情報を掴んだんだ……それで今夜、そいつを尾行してたって訳だ」
カツサムは、一通り話し終えたのか。ふぅと、一息つく。
ミカが、お疲れ様と言ってカツサムの肩をぽんぽんと叩く。
話を聞いて、おおよそは把握するアルルだが。
「なるほど……。その、麻薬の出所を暴く為の調査中に、僕らが邪魔しちゃったんですね……その、すいませんでした」
再度、ちゃんと謝った。
「アハー、でも知らなかったんだからしょうがないですヨーアルルさーん! アハハハー」
『お前が言うな』
アルルとカツとミカの、綺麗にハモったツッコミが地下の隠れ家に静かに響く。
そして、今日の所は夜も遅いので解散し。また明日、今後の作戦を考えようという事になった。
ーーカツさんとミカさんとは、もうしばらく行動を共にできるのか。
と、アルルは思う。
ーーそういえば、ゾンビとアイーニャにカツさん達からの別れの事は何も言ってなかったな。忘れてた……けど、結果オーライだな。
と、心の中で言い訳をした。




