第二部 1章『陽光あらずんば、貴族足り得るか』009
小さな英雄の少年アルルは、一晩考えた。自身が助けた猫の名前を一晩かけて考えてしまったのだ。
その名もマーコ。
「アハー、何それクサー。誰の名前ですカー? ねっねっ。誰の名前ですカー? アハハー」
アルルは、くっと拳を握る。ルビーになど話すんじゃなかったと、ひたすら後悔した。
アルル達は支度をして、宿屋を後にする。次の中継地点の、第一外区スーリヤ・ナンを目指す為。
第四外区を出て歩を進める途中。カツサムが思い出したように、アルルに向いて喋る。
「おう、そうだアルル。……昨日貰った宿代なんだが」
「あ、はい。何でしょう?」
「あれな、アルゼリア金貨って言ってな。金の純度が高い上級金貨なんだけど、流通通貨とはまた別なんだよな」
「あぁ、そうなんですね……流通通貨。宿代にならなかったって事ですか?」
「ああ、まあ。ーーいや、いいんだ。何が言いたいかって言うと、この金貨使う為には、換金しないとなんだ」
「ああ、なるほど」
どうやらこのアルゼリア金貨を換金する換金所は、主に各国の主要都市にしか無いという事だった。
そこまでの旅費は、カツサムが立て替えると言う。
ーーうーん。カツさんにはお世話になりっぱなしだな。
アルルは申し訳無い気持ちと、育ててくれたおじいさんを思う。どうやら、アルルが受け継いだアルゼリア金貨は200枚程あるが。全部を換金すると、ひと財産ぐらいの価値があるらしい。
改めて、ずきんと心が締め付けられる。
一行は順調に旅路を進めた。もちろん亡国の英雄による、バッドステータスーー因果改変:誘致と因果改変:不利益により、相当数の魔物に遭遇戦闘するが、主にアルルとルビーがいれば問題が無い。
カツサムも剣の腕前はかなりのもので、それなりの活躍はする。
ミカとアイーニャは主に賑やかしに徹して。否、応援をした。
マーコと名付けられた猫は、アルル以外にもだんだんと、パーティに慣れていった様で、戦闘になるとアイーニャかミカに預けられる。
第一外区で一泊。そして、そこからさらに南西のパエル・ダート共和国に入る為、関所(確かにカツサムの言うように、傭兵パーティとしての身分は有効だった)を通る。
ルビーは関所の憲兵に、その都度冒険者を見なかったかと聞いて回った。
「ルビー……その。いらない誤解を招くからさ。それ聞き回るのやめてくれ〜」
カツサムは切に、お願いをする。あからさまに肩を落とすルビー。
「アハー、異世界に来た意味……アハー」
関所にある馬屋にて、馬車を手配しそこで一泊。
そこからは馬車に揺られながらの旅路になる。寝食と馬の休憩を兼ねて、道中幾つかの旅籠に寄った。
アルルは元の世界のサービスエリアを思い出して、ルビーとそんな話題で盛り上がったが。またぞろ知らない単語にアイーニャが食いつくが。もちろん、二人は流した。
馬車移動4日目にして、ようやく目的のウシロロ・ダート共和国。その首都、ライライローの街に到着する。
ウシロロ・ダート共和国、首都ライライロー。
首都というだけあって、豪奢な建物が立ち並ぶし。よく整備された、石畳も印象的だ。
街ゆく人々も、どこか垢抜けた雰囲気を放ち、まさしく都会というに相応しい街だと言えるだろう。
「ああー、やっとかぁ。ふー」
カツサムは、縮こまった筋肉をほぐす様に伸びをする。ここまでの馬車の御者をカツサムはしてくれたのだから、疲れは相当溜まっているだろう。
「カツさん、お疲れ様です。ありがとう御座います」
「アハー、カツはいい仕事しましター」
「ありがとう御座いますぅ」
「カツ君ありがと。流石、ミカの旦那様は頼りになる〜」
各々、感謝の意を述べる。
「いや、いいんだ。それより、ここからはアルル達は長く居るつもりなんだろ? 長期で泊まれる宿を探さなくちゃな。ーーあ〜、あと換金所か。ミカー、アルル達頼めるか? 俺はちょっと、この馬車を処分して傭兵ギルドに顔を出してくる」
「うん、ミカに任されたし!」
ミカはどんと胸を張る。
「え、カツさん馬車処分するんですか?」
アルルは驚いて、聞いてしまう。
「ああ、そもそもそうゆう契約で馬車を手配したからな。馬車屋は、馬車屋同士で提携してる事が多いからな。結果的には、それで割と安く馬車を使える様になっているんだ」
カツサムはアルルが分からないだろうと思ったのか、丁寧に説明してくれる。
「……なるほど。レンタカーみたいな感じかぁ」
『れんたかー?』
ぽつりと呟いた筈が、カツとミカとアイーニャが同時に首を傾げた。
カツとミカも首を傾げるので、無視する訳にもいかず。あせあせしながら、アルルは何とか誤魔化す。
全然なんてことないんです、気にしないでください。なんて、下手な言い訳をして。
アルル達はミカに連れられるまま、ライライローの街を歩く。
垢抜けた人々。軽やかに歩く人々。
ここまでの間に見た、スーリヤ・ナンや道途中に寄った旅籠だったり。人の多さは一目瞭然で違った。
若い人達は、もはや道端で踊っている。
「流石は都市部なのかな。人は多いね」
「アハー確かにー」
「アルル様、ルビー様。人が多すぎて、私ちょっと酔ったかもですぅ」
アイーニャは、何となく顔が青白い。人の多さに酔ったのだろう。
おもむろに両手を結び、何か聞き取れない言葉をもごもごと口にする。
口にした瞬間に、石畳は割れて木の根っこみたいなものが出現した。
「えっ!?」
アルルはアイーニャの横を歩いていたから、すぐに気付いて声をあげる。幸いという所か、その根っこは激しく石畳を割ったのではなく。微妙に小規模に石畳を割っただけだった。
と、そこでアイーニャは唐突に倒れる。
急に倒れたアイーニャの方が、道ゆく人の注意を引いたぐらい。割れてむき出しの謎の木の根っこはささやかであるが。それよりもアルル達は、急いでアイーニャを担ぎ上げその場を素早く離脱する。
ミカがすでに決めていたらしい宿に、アイーニャを担ぎながらアルル達は逃げる様に駆け込んだ。
「アルル様、ルビー様。ごめんなさいぃ。なんか、気持ちが悪くなっちゃってぇ」
着いた宿の、ロビーの長椅子に横たわらせて貰ったアイーニャは弱々しくそう言った。
「いや、いいよそんな。体調悪かったら、言っていいんだよアイーニャ」
アルルは、横たわるアイーニャの額を触って熱を見る。
「ひゃっ!? アルル……様ぁ、ごめんなさいぃ」
顔を赤らめるアイーニャ。
猫のマーコはアルルの頭上に器用に立っている。横たわるエルフの少女の額に、手を当てる少年の頭の上には。何故か、珍しい猫が立っているという謎の構図だ。
その謎の構図に、他の客は二度見してしまう。
「アハー、ごめんーアイー! 気付かなかったヨー、ごめんヨー」
「ミカもごめんなさい、全然気が効かなくって〜ほんとに」
ミカもルビーもしょんぼりとして、アイーニャに謝った。
ーーそうか、アイーニャは無理をしていたのか。エルフの国を出てから……きっと。ずっと、頑張ってオレらに合わせてくれていたのかもしれない。
アルルは思っても無い出来事に、大いに反省をした。
アイーニャは生まれてからずっと、エルフの国から出た事がなかったのだ。だから、倒れてから思い至る。急激な生活の変化に体がついてこなかったのだと。
宿屋の従業員が、気を利かせて部屋を速やかに用意してくれた。
アルルはアイーニャを抱えて部屋のベットに寝かせる。
「心配しなくていいから、アイーニャは寝ていいよ」
「ごめん……なさいぃ。アルル様ぁ」
「いいよ、ほんと。オレらも気付けずごめんねアイーニャ」
アイーニャはすうっと、意識を失う様に眠った。
再び宿のロビーに集まる、アルルにルビーにミカ。
なんだかんだ、すぐに宿に来てしまったから、その前に行くはずだった換金所に行っていない。
「アイーは大丈夫そう?」
ミカは心配そうな顔で聞く。
「横になってすぐに寝てしまいました」
「そっか〜。どうしよ、アルルの換金しなくちゃだもんね」
「アハー、それはもうお二人で行ってきちゃっていいですヨー。ワタシがアイーを見てるのデー」
ルビーが建設的な事を言ってくれる。
アルルとミカは、アイーニャをルビーに任せて換金所に向かう事にした。




