第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』008
傭兵ギルド一階の広間にて、カツサムを待つアルル達と。一匹。
もうすでに営業時間は過ぎているらしい。アルル達以外、誰もいない。
営業時間が何時だかは誰も知らないが。今は、夕刻は過ぎている。
傭兵ギルド内は、何かしらの力(魔法の力によってだろう。およそ燃料によって明かりを灯しているとは思えない光量で、煌々と明るいランプ)によって、それなりの明るさを担保されている。
相対的に外が暗くなればその明るさも、逆に不自然な光となって、そこにいる人を照らし出す。煌々と。
待っていた時間はそんなに長くは無いだろう。異国の地での目新しさがそうさせたのか。各々、それなりに楽しんでいた証でもあるのかもしれない。
「あれぇ? ミカの予約した宿に、先に行っててよかったのに」
どうやら、ここのギルド長と話をつけたらしいカツサムは、広間にやってくるなりそんな事を言うのであった。
「いや、カツさん。……よく考えたら僕ら、ミカさんが何処にいるのか教えてもらってなかったです」
「ん? ーーああ、そうか。ごめんー! 説明した気でいたわ。ーー宿屋の掲示板をお前らは知らないのか……そうか。すまん」
その日に空いている宿屋は、宿屋掲示板と呼ばれる場所で調べられるそうで。そこに行けば、ミカが何かしらのサインをその掲示板に書いてるので、それを見てミカの指定する宿屋に行けばいいということらしかった。
「すまんー、そうか知らなかったのかぁ」
そうカツサムは締める。
そして一行は、その掲示板を見に行く。
街の中央にある広場にあった掲示板を、皆で確認して、そしてミカ指定の宿屋を探す。
「そういえば、アルルはお金はどうしてるんだ?」
「あぁ、はい。一応、おじいさんに貰ったものがあります」
自身のサイドポーチに入っているお金を、取り出そうとするアルルだが。カツサムはそれを素早く制す。
「あ、いい、いいー。こんな道すがら聞いた俺が悪い。そうゆうのはあまり路上で出すもんじゃない」
自分が悪いとすぐに謝るカツサム。しかし、これは一つアルルを試したのだろう。アルルの危機管理能力の確認と、その是正。
アルルは久しぶりにまともな大人に会った気がして、少しじんと来る。
あたりはもうすっかり闇に包まれていて、街灯が煌々と路面の石畳を照らしていた。
治安は良いと聞かされてはいたが、日中に限った事なのは良くある話なのだろう。見渡しても、人の影は無い。いや、一人二人くらいにはすれ違ったが、確かに堅気の雰囲気はしなかった。
「ああ〜、遅いよカツ君!」
宿屋に着いて、部屋に案内されて開口一番。ミカはかなりの時間を待ったのだろう。不機嫌さを隠さずにそう言った。
「ああ、ごめん。ちょっとゴブリンの件がなぁ。色々大変そうだわ。またあとで話すけど。ミカ、お腹は?」
「めっちゃ空いたよー」
「おし、じゃあ荷物置いて、さっさと食堂でメシ食うか〜。いいよな三人とも?」
カツサムは、アルル達に話しかける。
「ええ、全然構いませんよ、カツさん」
「はーい。私もお腹空きましたぁ」
「アハー、ワタシはお腹は空きませんが、お酒飲みたいですナー。意外とイケる事に気付いてしまったノデー。アハハ」
アルルにルビー、アイーニャは口々に賛成の意を示す。
「あ、この猫も何か貰えたりするんですかね?」
ずっとアルルの肩に乗ったままの、器用な猫の頭を撫でながら、そう言った。
「ああ、多分大丈夫じゃないかな。……多分、いや〜分かんなけど! 聞いてみよう」
宿屋併設の食堂、そこに五人と一匹は席を取る。
他には二組、同じ宿泊客なのだろう。見た感じはやはり、傭兵とかの部類だろうか。流石に鎧などは着込んでは無いが、テーブルには剣が立て掛けてある。
「もうやだ〜、めっちゃお腹空いたぁ。ねぇねぇみんなは何食べる?」
ミカが主導権を握って、みんなに注文を取り出した。そして、あれも食べたい、これも食べたいと、カツサムやアイーニャとわいわいとメニューを決めていく。ルビーは食わなくても平気らしいので、ひたすら酒の項目を目で追っている。いや、多分字が読めないので、当てずっぽうでどれにしようか悩んでいるのだろう。
「あ、僕は何でもいいので、ミカさん食べたいの優先して下さい。みんなでシェアしたら、種類をそれなりに食べれるでしょうから」
「ええ、いいの〜アルルー。やさしい〜、ねぇカツ君?」
「何だよ、いいから早く決めろよミカー」
わいわいと注文が決まっていく。注文ついでに店員に聞くと、別で猫用の焼き魚を用意してくれるらしい。
運ばれて来た食事を、みんなで食べてひと段落。猫も自分用の焼き魚をぺろりと平らげた。もう怯えや警戒は無い様に見える。みんなが自分に敵意が無いことがわかっているのか、後ろ足で自身の耳の裏をさっさっさと掻いている。頭の良い猫だった。
「ゴブリンの事だが、一応調査をすると向こうが言ってきた。いらない混乱を招く可能性があるから、あまり口外するなと言われた。みんなにもそれはお願いできるか?」
カツサムはみんなの食事が、ほぼほぼ済んだであろう頃合いを見計らってそう切り出す。
異論は特に無い様で、各々がそれに首肯する。
「アハー、そういえばこの猫ちゃんどうするんデスー? アルルさーん」
「うーん、そうねぇ。……どうしようかな」
酒をがばがばと飲んでいる割には、特に酔った風も無いルビー。アルルは手を顎に当てて考えつつ、近くでくつろいでいる猫を見た。
「ええー飼っちゃえばいいじゃん、アルルが」
ミカはまだ少し残っていたサラダを、口に放り込みながら言う。
「飼う……ですか?」
「おい、ミカー。軽々しくそんな事を言うもんじゃないぞ?」
「ええ〜、だってどうするのよさ。このまま放り出すの? 可哀想じゃん!」
「んくっ、そりゃ……そうだけど。しかしなぁ……飼うって言っても、旅をしてる奴に無理じゃないか? なぁ、アルル?」
カツサムとミカは交互に、各々の考えを口にする。
「んー、どうしたらいいんでしょうねぇ。……お前はどうしたいんだろうねぇ」
アルルは指で猫の頭をかりかりと撫でてあげながら、猫にそう問いかけた。気持ち良さげに猫は目を瞑って、その指に神経を集中させている様だったが、ふとテーブルから立って、アルルの肩に飛び乗る。
「ええ〜、めっちゃ可愛いい! もう、アルルのとこから離れたく無いって」
ミカはそんな事を言う。
「いや、猫語わかんのかよミカー。はは」
カツサムは笑って、少しミカを揶揄した言い方をする。
「ええ〜、絶対にそうでしょ。見てたらわかるからミカは」
「アハー、動物に好かれる系のアルルさんはもはや無敵ですヨー。アハハハー」
「アルル様なら、猫の1匹2匹大丈夫ですよぉ」
口々に無責任なことを言うなと、アルルは思ったが。猫は嫌いではない。それに放逐するわけにもいかない事は分かっていた。
「一応、猫を飼ってくれる信頼できる人を探すまでは、面倒見ます」
アルルの本懐は元の世界に戻る事だが、それに猫の飼い主探し。が足される形なる。
アルルは、猫好きだった彼女を思いだす。
ーーもし、あのまま一緒に暮らせてたら……猫を飼うって事にもなったのかな。
そんな事を考えて、少し寂しさを感じ。もう一度、猫の頭を撫でる。
「アハー、じゃあまずは名前を決めないとですネー。じゃあワタシは……ネコムスメ! は、どうでスー?」
ルビーは何故か勝手に、名前を決め出した。
「いや、何だそれ。駄目だろ。しかも、メスかどうか分からない……」
猫を持ち上げてみるアルル。
「……メスですね」
どうやら確認が済んだらしい。
「ええ〜、ミカも考えたい! 楽しそう〜。じゃあ、えっとねぇ……カツ君からとってぇ、カツミ! カツミはどう!?」
「いや、勝手に俺の名前使うなよ。しかもミって、ミカも入ってんじゃねぇか!」
「ええ〜、あはははっ。いいじゃん可愛いじゃないさ〜」
「いや、もっと高貴な感じがいいってミカー。そうだな……エレオノール! これだっ!」
カツサムも名前決めに混じってきた。
「ちょっと、カツ君。その女誰?」
「えっ? 誰って……俺の考えた名前だよ、猫の」
「いや、嘘よ。誰? その女。昔の女?」
すぐ噴火する活火山のように、カツサムとミカがまたぞろ夫婦喧嘩を始めた所で、この食堂の閉店が告げられた。
ーー名前か。どうしよう……もしかしたらすぐに飼い主が見つかって離れるかも知れないのに。
アルルはその事をずっと考えたまま、今日の所は眠りに入る。




