第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』006
カツサム達が居たキャンプ地より、第四外区スーリヤ・ナンまでは特に舗装された道があるわけでは無い。カツサムが持つコンパスを指針に、一行はただまっすぐに歩く。
途中、茂みに隠れていた赤狼が(この地域に比較的多く見られる肉食の獣、夜行性で3匹前後で行動する)アルル達目掛けて、飛び掛かる。
カツサムは剣の腕前は中々のもので、びっくりしつつも危なげなく斬り伏せた。
アルルやルビーは、一瞬の瞬きもさせずに斬ったり裂いたり。
あまりにも早いその攻撃は、目の前の獣を相手にしながらのカツサムには捉えられるものでは無く。自分の獲物を斬った後に、アルル達を見ても、まさか遥かに早く倒されていたとは思わない。
おお、アルルも子供ながら結構やるな。ぐらいに思っているのだ。
ミカはというと、カツサムしか見ていない。切り伏せたカツサムにきゃーきゃーと黄色い声を送っている。
そんな遭遇戦闘が3回に達した時だろうか。
「ええ〜? なんか今日はやけに魔物に遭遇するな……なぁミカ?」
「ねぇ〜! こんな事なかったのに。赤狼って夜にしか行動しないんじゃないの〜?」
「そうだよな……、こんな日中から出くわす事なんて今までなかった」
カツサムとミカはそう会話して、首を傾げる。
「ああ、そうなんですね……。何かあったんでしょうか?」
「いや、繁殖期にはまだ早いしな……うーん」
この場の誰も知らない。亡国の英雄アルルすらも、知らない事象がある。
亡国の英雄のバッドステータスーー因果改変:不利益や因果改変:誘致のせいである事を。
「まあ、そんなに驚異的な獣では無いし……注意しながら進めば大丈夫だろう。しかし、アルル。中々戦えるようだな」
「あ、ほんとですか? ありがとうございます」
カツサムは素直にアルルを褒めた。年を重ねていないと、それなりに戦闘能力が低いのが当たり前だが。
やはり例外もある事は、自身でもよく知っている。
カツサムの中で、アルルは天才と呼ばれる部類の者なのだろうと、そう認識をした。
それすらも、この亡国の英雄にしたら過小評価ではあるが。
カツサムの指揮のもと、陣形を組んで一同はまた歩き出す。
前衛をカツサム。中盤にアルルとミカとアイーニャを置いて、後衛にルビーを。
「アハー、あれはなんでしょうネー?」
後衛のルビーがいまいち気の抜けた声をあげる。
一同は止まって、促す先を見る。
ここから、1Kmくらい離れているだろうか。
何かの土埃。否、何かが土埃を巻き起こすぐらいの速度で走っている。
アルル達一行に向かって、来ている様にも思われた。
アルルは目を凝らしてその先を見つめる。
砂埃の合間を縫って見えたものを口に出す。
「なんか、緑の小さいおじさんみたいな。……小人じゃないな。というよりかは子供ぐらい?」
「えっ!? まじっ!? それは……まさかゴブリン?」
「ええ〜あり得ないよカツ君! ゴブリンはめっちゃ前に連邦全体で討伐されたよ〜」
ーーゴブリン? あれが?
「ねー、ゾンビはあれ見える?」
後衛を守っているルビーにアルルは聞く。
「アハー、見えますよー。確かにゴブリンと言えばそう言えなくもないカナー」
「見たことあるの?」
「アハー、いやいや。何となくのイメージに近いといえば近いってだけで、ワタシも見た事ないですネー。アハハハー」
それはどんどんとアルル達の方向に近寄ってくる。
近寄ってくる事で、カツサム達も視認できたようだ。
「ゴブリンだ! みんな固まれ!」
今までの呑気な空気が一変、カツサムは怒気を孕んだ号令を出す。
緊張がパーティ内に走る。
かに思われたが、アルルはさらにゴブリン(多分4から5匹程)の前を走る何かに気付いた。
「ゴブリンが何かを追っている……?」
「アハー、見えますネー……ああ、あれは猫かもしれまセーン」
「猫?」
アルルもその何かを視認する。
それは確かに猫だ。猫がゴブリンの群れから必死に逃げていた。
「ゾンビ、出るよ。あとよろしく」
「アイアイサー」
アルルは言い終わる前には駆け出していた。それは目にも止まらない速さで。
「え、ちょっ! アルルっ!? アルルーーーーー!?」
カツサムの声はすでに遠くに追いやられていた。
アルルは地を蹴る。
みるみるとゴブリン達との距離が縮まっていく。
ほんの一息。
あちらも進み、こちらも進み。で、相対的に詰まる距離は、早くはなるだろうが。それよりも疾くアルルは猫の元に。
ざんっと音を鳴らして、猫を一息に掻っ攫う。
車に轢かれそうな子供を、車の方を止めようとするよりも。子供を素早く捕まえて、危機の無い所に連れ出す方が安全ではある。安全ではあるが、それは車の進行方向の縦に対して、十字の横方向で連れ出せればの話だ。
アルルは、直進しているし。ゴブリンや猫も直進している。
縦と縦。
普通は事故だろう。誰が見ても。
アルルは猫をサッと、小脇に抱えながら地を蹴る。
襲い来るゴブリンの群れ。その頭上に跳ぶ。
特に体を捻って、華麗に着地。
とは、いかなかった。
いかなかったが、普通に走って、普通に走りながら小動物を小脇に抱え、普通にジャンプし、普通にさっと着地したのだ。
当たり前のように、それをやってのける。
ゴブリン達は目で追いながらも、体が反応できる訳はなく。
急激にブレーキをかける事になったから、ごろごろと転がりながらも何とか止まった様子。
アルルに小脇に抱えられた猫は、びっくりしすぎて固まっている。
一瞬、心臓発作にでもなってたらどうしようかとアルルは怖くなったが、身震いをしてにゃあにゃあと鳴くので安堵したが。体はそれでも小刻みに震えている。
「さて……どうしようかな」
ゴブリン達はアルルを囲むようにじりじりと詰めて来ている。
「このゴブリンは倒していいのかなぁ」
何とも聞き取れない声で、喋っているのか鳴いているのか。アルルには判別はつかないが、二足歩行の子供大の大きさ。目や口、鼻など分かり易い形で表れているなど、やはり人との共通点が多すぎて、どうにも気持ちが悪い。
などと、アルルが考えているその時。
「アハー、アルルさーん。ゴブリンなんて人権無いんですから、いいんですヨー。ヤっちゃってー」
そう言って、いきなりゴブリンの後方から現れるルビー。
自身の手を、デカくて黒い鉤爪のようにして、一瞬でゴブリンを切り裂く。
そして二体目。
「ギイ…!」
何が何やらわからないまま、地に伏せるゴブリン。
それを残りの3匹のゴブリンは目の当たりにして、後ずさる。
「アルルさーん。多分ここで逃したら、人に危害が及ぶ可能性高いですヨー。ゴブリンってそういうもんですからねー。キットー」
ーー人に危害……。人に危害。
アルルは、はぁと息を吐いた。
得体の知れないゾンビに恐怖を覚え、後ずさったゴブリン3匹を。
アルルは斬った。
腰に差したロングソードで。
猫を小脇に抱えながら。
片手のみで疾く素早く。
ゴブリン達は本当に、何が何やら分からなかっただろう。
「ゾンビは、猿とか見た事ないの?」
「エ? ありますケド? 動物園デー」
「手足あって、二足歩行で、目と口と鼻。ほぼ特徴で行ったら猿だよ? ゾンビはそんな躊躇なく殺せるの?」
アルルは自分を棚に上げて、そうルビーを問い詰める。
「エ、殺せますヨー。山の猿とかも害獣認定されたら、猟友会とか警察に殺されるじゃないでスカー」
「ん? ……確かに。いやいや動物園の猿の話だよ」
「動物園の猿は殺しませんヨー、アハハー。何言ってるんですかアルルさーん」
ぐうの音も出なかった。何を言ってるだと恥ずかしくなるアルル。何故こんな事を聞いてしまったのか。
心でめちゃくちゃアルルは悔いた。何を言いたいかちゃんとまとめてから話さないとな、と。
腕の中の猫は、怯えから幾分脱したようで、つぶらな瞳でアルルを見ている。
ような気がアルルにはしただけで、実際はまだまだ震えて縮こまっていた。
少しの間があって、カツサム達が駆け寄ってくる。




