第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』005
カツサムとミカの膜屋内、アルルは、一人今後を思案する。
ふと今は何時くらいかと思い、アルルは外に出た。
ーー昼時はゆうに超えているかな。何時ごろに出たのかシュバルツさんに確認しとけばよかったなぁ……
たまたまなのか、近くを歩く重装備の大男が話しかけてきた。背中には大男でも隠れられそうな盾を背負っている。
「おい、そこの坊主。夜明けのカツサムんとこの新しいのか?」
「え、……はい。そうーですかね?」
なんとも説明が難しいので曖昧な返答になる。
「なんだその変な返しは。ーーまあいい。カツに言っといてくれよ。また夫婦喧嘩か?って。ミカの泣き声がよく届いたぞってな。夫婦喧嘩は小鬼だって拾わねーぞってな! ハハハハハァー」
笑いながらその場を去っていく大男。
ーー夫婦喧嘩は犬も喰わないみたいな感じかな。ゴブリン?
アルルは空を仰ぎ見る。もう程なくして日が落ちるだろう空を。
「夫婦喧嘩かぁ……」
そうアルルは独りごちた。
アルルが膜屋内に戻ると、女性陣は夕飯の支度に取り掛かっている様子だ。
そんなに長く外に居たつもりはなかったのだが。
「おう、アルル。取り敢えずはもう遅いから、今日はここに泊まってってくれ。夕飯も用意してるから。んで明日からウシロロまで案内する支度をしよう」
「あ、えっと。そんな……そこまでいいんですか? カツサムさん」
「カツでいいよ。まあ、ここから第四外区まで今からだと流石に遅い。アルルやアイーニャみたいな子供に、夜道歩かす訳にはイカンだろう。なぁミカ?」
「そうそう、ここらへんは治安が良いって言っても、それなりに魔物は出るのよ。そんなに豪勢じゃないけど、ご飯も温かいの食べてってよー」
今日会ったばかりで、申し訳無さだけが増えていく。
「カツさんミカさん、ありがとう御座います。お言葉に甘えます」
アルルはぺこりとお辞儀をする。
「アハー、アルルさーん。手狭ですがどうぞ、ゆっくりしてて下さいネー」
「ちょっとルビー、狭いって言わないで! ゆっくりもミカの台詞ー!」
あははと、笑い合うルビーとミカ。
ーー仲良くなるの早くない? 早すぎない? と、アルルは思ったが、ルビーが異常なのかミカが異常なのか、はたまたその二つか。
「アルル様ー、私も腕によりをかけますぅ。食材はまあまあしょぼいんですけどぉ」
アイーニャも中々に言う。
「こらアイー、しょぼいは言い過ぎー。せめてちょっと安物とかにしてー。まあ変わらないか、あはは」
えへへと、笑い合う。アイーニャもなんか溶け込んでいる様だ。確かにアイーニャの料理の腕は確かだろう。アルルは二年余りアイーニャに料理を作ってもらっていたから分かる。アイーニャは料理が上手い。
「ごめんな、アルル。ミカはいつも誰に対してもあんな感じなんだ。ルビーとアイーもそれに慣れてくれて助かるよ」
「あ、全然。僕も良かったです」
何が良かったのか、特に考えてはいない。しかし、ミカのその他人に垣根を作らない感じは、カツサムもそうだよなとアルルは思った。
似た者夫婦なのだろうと。
静謐な空気が、そうっとアルルの鼻腔をくすぐった。
朝だろうかと、目を覚ます。
昨日は夕飯を食べた後、カツサムとミカはお酒を飲み出し。それにルビーも混ざって僅かばかりな宴となったが、アルルとアイーニャはお酒を飲ましては貰えなかった。
「流石に子供はダメだよ」と、カツサムに言われれば仕方がない。
それは世界が変わっても変わらない事なのかもしれないので、アルルは飲みたいなぁと思ったが、黙ってお茶を飲んだ。
「おはようございます、カツさん」
アルルは伸びでもしようかと外に出たが、カツサムが先に外で体を動かしていた。
「おお、アルル。おはよう。よく眠れたか?」
「はい、おかげさまで」
「ルビーの姿が無いようだけど、アルルは分かる?」
「ああ、ゾンビは多分寝る必要がないんで、もしかしたらここら辺をなんか探索したりしてるのかもしれません」
「ああ、なるほど。……しかしそういえばあれがほんとにゾンビなのか? 俺の知ってるのと大分違う気がするんだが」
「僕もよくは分からないんですけど、会った最初はゾンビって感じでした。でも、吸血鬼になってからはあんな感じですね」
「まあ、危害を加える魔物には見えないもんなぁ。しかし、ルビーは強いな。どうやったらあんな強くなれるんだ?」
「強い……ですか? 僕はあんまりそこらへんは分からないんですが……」
「ん、あぁ。いい、いい。大丈夫。……俺にもあの位の力があればなって……はは」
どこか遠い目をするカツサムに。アルルは何の事かと、敢えて聞かず。朝の光を浴びて伸びをした。
準備の為、カツサムとミカが膜屋内を整理整頓、掃除をする。
それはしばらく帰って来ないかのような感じの整理の仕方に見えた。
掃除しながら(もちろんアルルやルビーやアイーニャも手伝っている)カツサムはこれからの道程を説明してくれる。
まずは第四外区スーリヤ・ナンに行って、傭兵ギルドなる所でアルル達を登録するという事らしい。
「一応、面倒臭いやり取りを省く為、アルル達は一旦俺らの傭兵パーティに入って貰うんだがいいかな? もちろん、便宜上の事だから、その後は自由に行動してもらって構わない」
もちろんそれに異論がある訳もなく、アルルはそれに首肯する。
ルビーは何故か、目を輝かせてカツサムに「冒険者ギルドは? 冒険者ギルドはあるのか?」と、興奮して聞いた。
「冒険者ギルド? 冒険者がギルドに入って何するんだ? 冒険したいならそのまま、何処かに冒険に出かければいいんじゃないか?」
まあ、もっとも進んで前人未到の場所を、冒険したいって奴なんて見た事も聞いた事も無いけどな。生きるのに必死なんだ皆。そう結ぶカツサム。
あからさまに肩を落とすルビー。
そんなに落ち込む様は初めて見たので新鮮だった。
傭兵ギルドに登録している、傭兵パーティは身分が保証されているという事で、国ごとの関所を通るのに些か時短になるとの事。
そして、第四外区で一泊。
そこから第一外区を目指して、パエル・ダート共和国を横切り、目的のウシロロ・ダート共和国に入るという算段で。なんだかんだ順調に行って一週間ほどの道のりらしい。
思ったよりも長い道のりに、ここでカツサム達に出会えたのは結構な幸運なのではないか。と、改めて心で感謝をするアルル。
一行は、最初の目的地。第四外区スーリヤ・ナンに向けて出立をする。
「おーい、カツー!」
誰かがカツサムを呼ばわったので、一行は声のする方に一斉に向く。
「はぁ、はぁ。それじゃカツよー。お前らの膜屋使わせて貰うけど、そういえば家賃の事を交渉してなかったと思ってよー」
男は、若干息を切らしながらそう言った。
「ああ、その事か。……まぁ今度は、俺らはいつ戻ってくるか分からないからなぁ。サンちゃんが自由に使っちゃってよ」
「カツ……まさか、戻らない気か?」
「はは、いやいや。ほんとにいつ戻れるか見当がつかないだけなんだ。その間、あそこを使ってくれるだけでありがたい。傷んじゃうからな使わないと。だから金はいらないって」
「カツー、そうか。……すまんな」
「サンちゃんの所、三人目が生まれたって? 奥さんに良いものでも食べさせてやりなよ」
「カツ……」
頭を下げる男を後に。
アルル一行はスーリヤ・ナンに歩を進める。
「カツさん、良いんですかあのお家?」
「ああ、良いんだ。……ここら辺てな、所謂貧困層がな。多いんだ。ーー国にも、外区にも家を持てない人が、ここの外れまでやってくる。もちろん、まともな職なんてつけないから、傭兵に入って何とかって人が多い。そして、あの膜屋ですら、大きいものは政府やギルドに金を払わないと駄目なんだ」
カツサムは少し寂しそうな顔をした。
「あの家はあげるんですね?」
「はは、建前上はそんなんじゃないよ。……まぁ、なんつーか。はは」
ミカがときめいた様な眼差しでカツサムを見ている。
きっと、色々な事があったのだろう。
そう解釈して、アルルは歩く。




