第二部 1章『陽光あらずんば、貴族足り得るか』004
転がるジャガイモ。細く尖った人参。その他根菜がころころと地面を転がる。
膜屋に入ってきた女性が買ってきたであろう、食材たちが何かを言いたそうにころころと。
叫んだ女性は、明らかにゆらゆらと憤怒の炎が目に宿っている。
そしてその視線の先には、赤髪の吸血姫ゾンビがいるように思われた。
カツサムは口をあんぐり開けて、青ざめている。
少しの静寂。
「カツ君、この女誰ぇ……。あ、だめ。涙出てきた……うぅぅ、うえぇ〜ん」
堪えることができず、女性の目から大粒の涙がどんどんと溢れる。それを拭うが、後から後から出てきて止めどない。
カツサムはそこで我に帰って、女性に近づき肩を抱いて慌ててフォローに入った。
「ミカー、違う! ち、違うって! 泣くなよミカー、ほんとに違うんだって」
「違うって何がぁ〜?」
まだ涙はぼろぼろと出ている。
「アハー、そうですヨー。浮気とかじゃないでスヨー。ちょっとカツサムさんの立ち小便を見ちゃっただけで。そだよね、アイー?」
「そうですぅ、そうですぅ」
いらん事を言うルビーとアイーニャ。
アルルが待ったをかける前に、女性は声を張り上げる。
「なんでカツ君の立ち小便を見るのよぉ〜〜、ううぅうえぇん」
ますます涙は止まらない。
「ミカ! ミカー! お、落ち着けっ。説明するから〜、頼むから落ち着け」
その後、カツサムは頑張ってミカと呼んだ女性をなだめつつ、これまでの経緯を言って聞かせる。
女性の方も段々と冷静さを取り戻し、涙は乾いていったし肩の震えも小さくなっていく。
その間のアルル達は、ただただその様子を見守るだけであった。
「あの、ごめんなさい。ミカの早とちりだったみたいで、お騒がせしちゃって」
ミカと名乗った女性は、まだ目の腫れが引かないままに素直にそう謝罪する。
「そうだぞ、ミカー。そういう所だぞ。おっちょこちょいなんだから、まったくもう」
「え、ちょっとカツ君。今ミカはちゃんと謝ってるのにそんな追い討ちみたいの、ヒドくない? カツ君だってこの間っ」
「あぁっ、ゴメン! 嘘、言いすぎた! ごめんって……」
「じゃあ、取り敢えず食材買ってきたミカにありがとって言って」
「うん。ミカありがとう」
「どういたしまして」
と、そこでミカはアルル達に向き直った。
「夫のカツサムと、妻のミカです。ルビーさんにアルル君にアイーニャちゃん……で、いいのよね?」
依然、目は腫れたままだが。そんな事はなかったかの様に振る舞うミカ。
「あ、はい。アルルでいいですよミカさん」
「ワタシもルビーでいいですヨー」
「アイーでも、アイーニャでもぉ」
何とか再び、話を続けられる運びになった。
どうやらカツサムとミカは、夫婦で傭兵稼業をして生計を立てているらしい事や。ここら辺のキャンプ地が、主な下っ端傭兵達の駐屯場所として自由に使えるらしい事。それと自分達の経緯を手短に話す。
「あのー、ここの壁ってなんで入り口がないんでしょう?」
アルルはついでに、疑問に思った事を聞いてみる。
「ああ、それは結構昔の話になるな。いや、俺も人から聞いた話だから良くは知らないんだけど」
カツサムはふぅと間を置いて。
「なんでも、ひと昔前にここら辺にそれは凶暴な新種の魔物が出たらしくてな。それが喋る魔物だったらしく、幸い死人こそ出なかったが喋る魔物はそりゃー危険だからさ。それを防ぐ為の壁を共和国連邦総出で作ったらしいんだ。それ以降、その新種の魔物の姿を見たものはいないんだけど……それで気付いちゃったみたいだな」
「気付いちゃった……?」
アルルは合いの手を入れる。
「ああ、そうなんだ。……よく考えたら、ここより北の方角には誰も用事がないってな」
「用事がない……?」
「ああ、そうだ。誰も死の森なんて呼ばれる所に入りたがらんし。その先超えても、霊峰シヴィルオという険しい山脈。……な? ここ100年で誰も北の方に出てった記録がないんだよ。ーーだから出入り口要らなくね?ってな」
「な、なるほど……」
もしかしてその新種の魔物は、横にいるルビーかもしれないなと。頭によぎったアルルは、話がややこしくなりそうなので黙っておくことにする。
「だもんで、塞がってしまったここらへんは、連邦で言う所のいらない土地みたいになってな。俺らみたいな下っ端傭兵らに貸し与えられたってわけ」
「なるほど。すみませんカツサムさん、逆にこっちが情報を聞けた感じになっちゃって」
「カツでいいよ、アルル。いやぁ、俺らも大分恥ずかしい所見られちゃったからなぁ、はは。まあいいさ。……それよりお前らは結局、連邦の内地に行こうと思ってんだろ?」
「そうですね。元の場所に戻る為の情報があればどこでもいいんですが……」
「うーん、そうなぁ。ミカはなんかわかる?」
「ええー、なんだろ。ウシロロにでっかい図書館があるからそことかかなぁ。ミカは行った事ないけど」
「ウシロロ……ってなんです?」
カツサムとミカは、どうやら一応の警戒を解いてくれたのか、随分と気さくに話してくれる。
その間、話に入ってこないルビーとアイーニャ。おかしいなと思い、アルルはちらりとそちらに目を向く。
二人で遊んでいた。
アイーニャはルビーの片腕に捕まって、上がったり下がったりと子供がやる遊びみたいな事をしてもらっている。
ーーいや、お前らもなんか話に入ってこい。
「おうそうか、知らないのか。ウシロロは、スーリヤ・ナンから一旦、第一外区まで行って。そこから南西に行くとあるリン・ダート内の共和国の一つなんだ。ーーウシロロ・ダート共和国」
「なるほど……そこは遠いんですか?」
「そうだなぁ、まあ遠いは遠いよ。リン・ダート自体が五つの国からできてるからなぁ」
「そうですか……そんなにデカいんですね。はぁ」
アルルはいまいちデカさの想像はできてはいないが、カツサムの言葉を鵜呑みにする。
ルビーとアイーニャに、いつの間にかミカが合流して何かを話している模様。
「観光案内みたいのってありますかね?」
「観光?ウシロロの都市内にはあると思うが、どうしてだ?」
今度はミカがアイーニャの代わりに、ルビーの腕に掴まって上下に揺れて遊んでいる。ええーー、すごぉぉいーー。力すごーーーい。などとミカは随分楽しそうな感じだ。
「あっいえ、ここからどうやって、そのウシロロという所に行こうかなと思いまして」
「ああ、それなら俺らが案内してやるよ」
「え……いいんですか?その、今日あったばかりなのに」
「いやいや気にしなくていいよ、ははっ。実は俺らもウシロロに行こうと思ってたんだ……って、ミカー! うるさいよ、何してんの」
ワーだとかキャーだとか、かなりミカは楽しんでいるようで。カツ君もこれ見てよー、すごいんだからー。などとカツサムを呼ばわった為、会話は中断されてカツサムはルビー達の所へ行ってしまう。
「すごいって何がよ」
「ルビーってすごい力持ちなんだよ! ミカびっくりしちゃったー!」
ルビーは、なんなくミカを片手で持ち上げる。
「アハー、こんなの軽い軽いですヨー、アハハ」
「ちょっとルビー、軽いはいいけど。ーーこんなのはひどいから」
「アハハー、そうですね。ごめんねミカー」
「うん、いいよー。あっ、カツ君見てみて、すごくない?」
「え、まじ? ルビーそれ、魔法とか使ってない?」
「使ってませんヨー、アハハー」
いつの間にか、ルビーはミカと仲良くなっている。というより、全体的にみんなは仲良さげだった。
ーーえっもしかして、オレってすごくコミュ障……なのか? 君も……そう思っていた、のか……?
アルルの記憶に去来する、彼女の面影。届かないとは分かってても、アルルは心の中でその面影に問いかける。
「えっ! 何これすごー! えええぇ、やばー! 何これ筋力? ええーやばー」
カツサムが今度は、ルビーの腕に掴まり上下して遊ぶ。身長の差は流石にあるので、体を丸めて掴まっている。
「え、え、ちょっと待って、カツ君可愛いー。ええー、かわいいぃあはははっいやーん」
ワーキャーしている喧騒をぼんやりと見る、亡国の英雄アルル。
ーーいや、大丈夫。違う違う。あの輪に入りたいだなんて事はない。そんな事、1ミリも思ってない。……ましてや楽しそうだなんて全然思わない。
オレは大丈夫だと心に言い聞かせ、二の腕をぽりぽりと掻いた。




