第二部 1章『陽光あたらずんば、貴族足り得るか』003
アルル達は立ち小便の男に、話し合う為の場所へと案内される。お茶でも軽く飲めそうな、喫茶店など周囲には無い。
遠くに街らしきものはあるにせよ、見渡す限りは膜屋がまばらに点在しているだけだからだ。
キャンプ地として機能している土地なのだろうと、アルルは考える。
人通りという程の人流は無い。
戦士なのか兵士なのかわからない者達(軽装も重装も含め、何かの武具を装備しているので認識としては間違いではない)は、屈伸や柔軟をしている。
そして一行は、設営されている膜屋らを右に左に進んでいく。先を行く立ち小便の男に、案内されるがままに。
男は通りすがりに挨拶したりされたりしていて、ここら辺では周知の人物だろう事は想像に難くない。
「なんだかんだ、ついて行ってるけどいいのかな?」
アルルはひそひそと、前を行く男に聞こえないようにルビーに耳打ちをする。
「アハー、アイーはどう思います?」
「わからないですぅ」
アイーニャの言葉を聞いて、ルビーは肩をすぼめ。両手を広げて、戯けた顔でオーウと言った。
ーー顔が腹たつー。
「おいおい、怪しいのはどっちかと言いうとお前らだぞ?」
前を行く男は聞こえたらしく、確かな正論を言う。
「確かニー」
ルビーは再びオーウと言って、ジェスチャーをアルルに送る。
「それまじでイラつくからやめろ」
ルビーはアイーニャに同じジェスチャーを送る。アイーニャは親指をぐっと立てて微笑んだ。
ーーなんか、アイーニャも面倒くせーかも。アルルはいつもよりも、もっと真顔になった。
「ただ……お前ら。なんかよく分かんないけど、……なんか大丈夫そうな気がしたから、俺らのベースキャンプに案内するんだからな? ちゃんとそこで話は聞かせてもらうよ? いいよね? ……その、暴れたりしないよね?」
「あ、はい。すいません。もちろんそんな気はないです」
ぱたぱたと手を振るアルル。
男はどうやら、自分達(他にも仲間がいるのだろう)のベースキャンプに連れて行ってくれるらしい。
所々に見せる立ち小便の男の、何とも言えない悪い人じゃない感じは、アルルには好ましく思えた。
この世界に来て、エルフと育てのハロックを抜けば、ちゃんとした人間に初めて触れた事になる。
できるだけ穏便に行動したいという気持ちはあるし、何なら仲良くなりたいとも願う。
立ち小便の男のベースキャンプ内。一行はそれぞれ男の用意してくれた簡易的な椅子に腰をかける。
「うーん、じゃあ一応自己紹介しとくか……俺はカツサム。ここらへんのキャンプ地では夜明けのカツサムで通っている」
立ち小便の男は、アルル達に椅子を促した後に丁寧にも、まず自らが名乗った。
「ええと、僕は……アルル=エルセフォイと言う者です」
一瞬、元いた世界での自身の名前を言いそうになったが、何とか抑えるアルル。
「オホー、二つ名ですカー? アハハーいいですね! ……ではワタシもそれに習い。ーー赤き真紅のルビー=ペインバッカーとお呼びください! ビシッ。ーー忘れるな、この痛み……」
ルビーはまるで、舞台のカーテンコールのような大袈裟な振る舞いでそう名乗った。
赤きと真紅で意味が被っている気がするし、その後のペインバッカーに合わせた、よく考えると意味不明な名言風なパンチラインも謎だったから。
アルルはルビーを、ーーきっとすごく馬鹿なんだろうな。と思ったし、そんな馬鹿にいちいち腹を立てていた自分を少し恥じる。
「今は亡きエル・フィーエル妖精国より。アイーニャ・レレア=フィーエルですぅ。アルル様の従順な性奴隷ですぅ」
ここで場が凍る。
「え? 何言ってるのアイーニャ?」
アルルは凍った体を必死に叩き起こして、それだけを絞り出した。
カツサムは凍ったままだ。
「イェイ、アイー!」
ルビーはアイーニャとハイタッチ。アイーニャはハニカミながら、もじもじしてアルルに目配せ。ならぬ、ウィンクをする。
「おいゾンビ。お前アイーニャに何を吹き込んだ」
アルルは眼光を鋭くさせ、ルビーの顎を掴む。強めに。
「アハヒュオ〜、アリュリュしゃーん……もごっ、も。冗談ですショー、ニャハハー」
またぞろしまったとアルルは思った。こんな馬鹿げた茶番を人に見せてどう思われるか。ーーあ、そういえば何を見せてはまずいんだっけ? なんでここにいるんだっけ? あれ?
アルルはこの世界に馴染んできている自分を感じて、少し恐怖する。
「いや、いちいち濃いってぇお前らー。もうなんか……色々聞きたい事があった気がするんだけど。なんかどうでも良くなるわぁ」
カツサムと名乗る元立ち小便の男はくぅっ、と顔をしかめて苦々しく呟いた。
「……すいません」
アルルは何ともいえない表情で、額に一筋の汗をかいている。
「そのー、カツサムさん? ……ええと。このアイーニャの言う事は気にしないで下さい。このゾンビのせいでちょっとおかしいっていうかぁ……おかしくなっていっているというか」
アルルは今更、自身の弁明をする。
「あ、いや……いいんだ。そこは別に疑ってないよ少年。少年だよ、な……? ーーアルルだっけか? そのー、ゾンビの女性と、エルフの娘は確かにおかしいとは俺も思ってるから、ははっ。……それよりゾンビって方が遥かに気になるねぇ。エルフもだけど。……それこそ話に聞くは聞くが、実際見たのは始めてだ。二つとも」
これをどう説明したものか、アルルは悩んだ。
アルル自身も、ゾンビとエルフをどう説明したものか分からない。
分からないと言うのは、エルフもゾンビもいない世界に住んでいたアルルと、どうやらいる事はいると知っているが、今まで見たことは無い人。
その認識の違いまでを含めて、どう説明するのが正しいのかアルル自身で自問自答した故に頭がこんがらがった。どうにも答えは出ない。
「えっとー、カツサムさん。長くなるんですが聞いてもらえますか?」
もう自分が覚えている範囲で、最初から全部話そうとアルルは思った。
「ああ、いいよ。……聞くよ。あと、カツサムさんなんて長いからカツでいいよ少年。アルルって読んでいいか?」
カツサムはふぅと笑って言う。
「え、……全然。大丈夫、です」
アルルは、久しぶりに人と話した気がして、少し嬉しくなる。
そこからは、覚えている範囲の自身の思い出。もしくは自身の知りうる範囲の境遇を、会ったばかりのカツサムに話した。
説明したかっただけなので、1分ほどで説明できれば良かったが。
アルルには無理だった。
………
……
…
どの位が経っただろうか。
アルルは自身の生きた人生を話した。この14年間に限らず、ここでは無い何処かの世界の話までもしてしまう。
必要以上の事を、つい喋ってしまったのは。口が滑ったのもあるだろう。久しぶりに、まともそうな人間に会えた。と、いう所もあるだろう。
あせあせと頑張ってアルルは話す。
訪れる沈黙。
「うーーーーーん。……ごめんよくわかんなかった!」
カツサムは腕を組んで、うんうんとちゃんと聞いていた様な素振りではあったが、清々しくそう言い放った。
「ですよねー」
アルルはなんとか今の現状を説明できないか試みる為、努力した。
努力したが自分でも、途中から何を言っているのか。
カツサムのその清々しいまでのその言葉は、確かにそうだよなという感情しか湧かなかったから、不思議と落胆はない。
早く終わらないかなぁみたいな顔のルビーにも、寝息を立てて気持ちよさそうにルビーに寄りかかっているアイーニャにも、別に腹は立たなかった。
と、そこで誰かが、膜屋の中に入ってきた。
「ただいまー! カツくーん、食料買ってきたよー。ああーもう、疲れたぁ。ほんともう疲れた、カツく……ん?」
栗色の長い髪に、軽装鎧。腰に短剣を差した女性だ。
「……」
その女性は、ルビーやアイーニャを目で捉え。そして、アルルやルビーやアイーニャをもう一度見る。二度見とかではなく、二往復。順繰りに、アルルやルビーやアイーニャを見た。
「えっ? 何っ!? ーー何なの!? カツ君、この女、誰ー? え、浮気? ええーーーー! カツ君、浮気ーーーーー?」
女性は買ってきたらしい何かを盛大に地面に落とす。
それらは食材の様だ。転がり広がっていくそれらを、この場の全員がただ目で追った。




